0-2 わたしの今日に至るまで

「……こうして、氷川良哉殺人事件は幕を開けます。それに対して、新進気鋭の高校生探偵であるわたしが奮闘する、そういう流れでいかがでしょうか!」

 わたしは嬉々として完成したプロット案の一部を読み上げた。文芸部の部室は今、このわたしの新作によって感動の渦に巻かれているはず。わたしは読み上げたノートをパタン、と閉じ、観客である部長と先生を見た。

「うん、まあ、すごいね、浜井さん」

 思ったより反応が薄い。ちょっと刺激が強かっただろうか。なんといってもこのわたしの小説はアクションなサスペンスが見どころだ。部長は今、わたしの物語に飲まれて反応が遅れているに違いない。

「そうね。それに、浜井さん、小説書くの初めてでしょう?」

「はい! もちろんです!」

 先生の問いに元気に答える。先生の困った顔は消えない。不思議だ。

「で、犯人は結局誰なんですか、殺人事件の」

 部長は微笑みながら言う。否、気のせいか、苦笑いにも見える。

「いやいや、部長、そんなに焦らないでください」

 わたしはさっと後ろを向いて表情を見られないようにした。部長にあそこまで真っすぐ見つめられると、つい顔が熱くなってしまう。目を合わせるなんてとんでもない。

「確かに、とりあえずあらすじというか、プロットを聞かせてって言った僕も悪いけど」

「でも、この殺人事件を語るには、いろいろと準備が必要なんです」

「うん、まあ、そうだとは思うけど。でも、わたし達、急に概要から聞かされてるので……」

 先生が戸惑いを含んだ声を上げる。

「それはごめんなさい。楽しんでほしくて」

「できれば順を追って聞かせてほしいな。だって、ミステリーでしょ?」

 推理したいじゃん、と部長は続けた。うーん、部長が言うなら仕方ない。

「じゃあ、読んでもらった方が早いでしょう」

 わたしは、手の中のノートの束からそれぞれを見比べる。十冊を超えている。どれから読もう。ぼろぼろで年代物風になってしまったものから、ぴかぴかの一冊まで。わたしは思案した。部長たちは目を輝かせ、否、少し不安げだろうか。ともかく、わたしの作品を聞きたがっている。うーん、まあ、なんでもいいか。

「プロットってよくわか難ないですが、とりあえずもう全部書いちゃったんで、読んでください」

「え、書いちゃったんだ」部長が言う。

 なんでそんなに不安げなんだろう。しかし、気にしてもしょうがない。わたしはノートの束を部長へ突き出した。ありがとう、と部長はそれを受け取ると、上からめくった。

 その様子、やはり絵になる。重要文化財だ。わたしは写真を撮ろうかと思ったが、隣にいるおばちゃん先生があまりにも邪魔なので手を止めた。仕方ない、目に焼き付けよう。


 ――わたしの名前は浜井ヨコ。この導大寺高校の名探偵になるはずの、今はただの女子高生です。

 とりあえず、まずはわたしが、この関東の片隅、山々に囲まれたド田舎に堂々と立つ、古き古いだけの価値しかない学び舎、私立導大寺高等学校で起きた凄惨な事件を参考にしたミステリー小説を書く羽目になった経緯を紹介します。

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