0.優しい世界

 両親は、私を守って死にました。

 兄は、許婚を庇って死にました。

 兄の許嫁は、私のために過労で死にました。

 

 私の番は、いつ来るのでしょうか。

 そんなことばかり考えながら生きていました。


 そこは、優しい、とても優しい場所でした。美しい木々、心地よい風、暖かい光、そして、人。

 私は生まれた時からずっとそんな村の中で生きていました。広い森の中にあるその村では、住人は幼い頃から少しずつ村のために働き、私は14歳の頃から村の警備をしていました。

 周囲には魔物も多く生息していたため、村人は他人を思い、それぞれ自分にできることを行い、そうやって力を合わせなければ生きていくことさえ困難でした。


 それでも私たちがそんな場所で生活していたのは、そこが、多くの人々に信仰されている宗教の「聖地」だからでした。「試練の森」と呼ばれることもありました。


 その宗教の教えを簡単に説明すると、「人は他の存在に手を差し伸べ、それのために生きるべきであり、それを行うことができる心優しい者には神の祝福が与えられる」というものです。「祝福」についてははっきりしていませんでしたが、最も信じられていたのは、死後に「神の世界」へ行けるというものでした。

 魔術や錬金術によって著しく発展を遂げた王都では、一人で生きていくということはさほど難しくなくなっていました。そのため、その過酷な森の中の村で暮らすことは、必然的に教えに沿って生きることになると考えられていました。だからこそ「試練の森」とよばれ、私たちはそこで生活していたのです。何の不自由もなく、幸福に生きられる「神の世界」へ行くために。


 非常に過酷な環境だったはずですが、村人は教えの通り他人のために生き、他人のために死んでいきました。多くの人は、村の近くまでやってきた魔物から他の村人を守るため命をかけて戦い犠牲となりました。私の両親や兄も同じように死んでいきました。また、兄の許嫁は村のために働きつつも両親に代わって私を育て、過労から病にかかり、死んでいきました。

 みんな、笑顔で死んでいきました。

「おめでとう」

「ありがとう」

最後の会話でした。


 いつからか、なぜこんな場所で生きているのか、世界のために生きるべきではないのか、私たちは世界の苦痛から逃げているだけなのではないのかという疑念が生まれ、それが大人に近づくにつれて強くなっていきました。

 森の外よりマイナスの状況で、少しでも0に近づこうとしているだけ。それを努力と表現することもできるが、その努力を認めてくれるのは同じことをしている人だけだ。でも、この生活をやめて世界のために生きようとして、それで何ができるのだろう。前時代的な生活を送ってきた私にしかできないことなんて、きっとない。

 そんなことをふと感じてしまいました。私はただ、それまでの生活を続けることしか出来ませんでした。

 きっと、神の国へ行ける。そう自分に言い聞かせて。



 17歳の誕生日、朗らかな春の陽気の中、ようやく私の番がやってきました。

「ありがとう」

最後の言葉でした。

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