理解していた想い
三鹿ショート
理解していた想い
私の外見が醜いことなど、私が最も理解している。
ゆえに、そのことを材料に私を揶揄したところで、気になることもない。
だが、彼女の行動を理解することはできなかった。
整った顔立ちに加えて雪のように白い肌を持ち、長く伸びる手足は誰もが羨むようなものであり、とても私と同じ人間には見えなかった。
そのような彼女が、何故私のような人間を恋人として選んだのか。
彼女と親しいわけでもなく、彼女に恩を売ったこともなく、接点と言うことができるような接点が無い。
私を選んだ理由を訊ねたとしても、
「あなたに好意を抱いているためです。それ以外の理由は不要だと思いますが」
笑顔でそう告げられてしまっては、二の句が継げない。
彼女が仲間内で私の反応を馬鹿にするために行っているのだろうかとも考えたが、彼女には普段から親しくしているような人間が皆無であるため、その可能性は低いだろう。
そこまで考えたところで、私は一つの可能性に行き着いた。
彼女は他者より遥かに醜い私を隣に置くことで、自身の美しさをさらに際立てるということを考えているのではないか。
それならば、納得することができる。
他者からの愛情に飢えている私に愛しているとさえ告げていれば、自分から離れることは無いと彼女は確信しているのだろう。
確かに、虚言であったとしても、彼女から告げられる愛の言葉には、心が動かされていた。
しかし、利用され続けるだけだということは、面白くなかった。
ゆえに、私もまた、彼女を利用することにした。
彼女と共に歩いているだけで、人々は醜いながらも佳人を得ることができた私を見直すことだろう。
自身よりも劣っていると嘲笑していた人間に敗北したと分かったとき、どれほど悔しい顔をするのか、想像しただけで笑いが止まらなくなる。
***
彼女と外出を約束していたが、親戚の相手をしなくてはならなくなったということで、約束は反故にされた。
暇を持て余していたため、目的も無く街中を歩いていると、彼女の姿が目に入った。
声をかけようとしたが、彼女の隣を男性が歩いていることに気が付くと、思わず物陰に身を隠してしまった。
彼女の親戚ということもあり、顔立ちが整った男性である。
その相手と、彼女は仲が良さそうに歩いていた。
事情を知っているために、特段の感情を抱くことはないと思っていたが、予想に反して、私は苛立っていた。
彼女を利用していたつもりが、私は本当に彼女を愛するようになっていたということなのだろうか。
ゆえに、親戚ではあるものの異性と親しくする彼女の姿が、面白くなかったのだろう。
もしかすると、親戚ということは虚言であり、本命の交際相手なのではないかという想像までしてしまう。
自身の美しさを目立たせるために私を利用していたのならば、彼女が心の底から愛している人間が別に存在していたとしても、おかしな話ではない。
これで宿泊施設にでも入れば、私の推測は真実と化す。
そんなことを考えながら趨勢を窺っていると、二人は宿泊施設の中へと消えていった。
その瞬間、私の中で、危険な思考が萌芽した。
***
私は、彼女に遠慮することを止めることにした。
口外することも憚られるような行為を求め、その様子を記録し、それを材料に脅迫すれば、彼女が私から逃れることはできなくなるに違いない。
そうすれば、私は美しい彼女の身体を味わい続けることができるのだ。
そのようなことを考えながら、自宅に彼女を呼び出すと、私は即座に彼女を押し倒した。
そして、縄や刃物を見せつけながら、今夜は特別な行為に及びたいと告げる。
利用するだけの相手からそのようなことを求められれば、嫌悪感を露わにすることだろう。
だが、彼女は口元を緩めると、
「あなたがそうしたいのなら、そうしましょう」
私が手にしていた刃物の切っ先を自身の喉元に近づけ始めたため、私は思わずその刃物を遠くへ放り投げた。
私は一体、何をしているのだろうか。
彼女に裏切られたとはいっても、元々彼女に期待などしていなかったはずではないか。
それにも関わらず、腹いせのような行為に及ぶなど、私は外見だけではなく、中身もまた醜くなっていたのだろうか。
あまりの情けなさに、涙が止まらなくなった。
嗚咽を漏らす私の背中を、彼女は摩り続けてくれた。
***
彼女と男性が宿泊施設の中へと消えていったことを伝えると、彼女は顔を赤らめながら、首を横に振った。
「地方から出てきた親戚が宿泊している施設まで送り届けただけです。その後、私は即座に家路につきました」
彼女は否定したが、それが真実かどうかは不明だった。
ゆえに、私は改めて彼女に問うた。
何故、私のような人間を恋人に選んだのか、ということを。
真剣な様子の私から事態は深刻だと察したのか、彼女は神妙な面持ちで、
「あなたの堂々とした振る舞いが、私には美しいものに見えたからです」
いわく、私が他者から揶揄されようが何をされようが、感情的になることもなく生きている姿に、惹かれていたらしい。
彼女は自分に向けられている目が全て好意的だったため、それとは対極のものといえる視線を浴びながらも堂々としている私が、気高いものとして見えていたのだった。
それは私が精神的に強い人間だという認識に繋がり、上辺だけを評価する人々よりも素晴らしき存在だと感じ、それが恋心へと変化することにそれほどの時間はかからなかったようだ。
つまり、彼女は本当に、私のことを愛していたのだ。
そうなれば、私の思考は、全て誤解だったということになる。
彼女は私のことを利用しようとしていたわけではなく、裏切ってもいなかったのだ。
私は、自分が恥ずかしくなった。
これでは、せっかく彼女が評価してくれていた人間像とは異なってしまうではないか。
私は彼女に向き直ると、頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。
「何故、そのようなことを」
「全てを誤解していたからだ」
それから私は、勝手な推測をすることを止め、必ず彼女に訊ねるようにした。
理解していた想い 三鹿ショート @mijikashort
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