かつての愛情

三鹿ショート

かつての愛情

 条件を伝えることでそれに見合った人間を派遣してくれるという商売を知ったため、私は相手に希望を伝えた。

 全てが一致する人間というものはなかなか存在せず、大抵は妥協をすることになるらしいのだが、私の眼前に現われたその少女は、全てが一致していた。

 会話をすることはできないが、命令には従うため、私は少女を寝室へと向かわせる。

 寝台に腰をかけている少女を眺めながら、私はかつて通っていた学校の制服を押し入れから取り出し、少女に着替えさせた。

 その姿は、私が恋心を抱いていた彼女と変わりが無かった。

 何十年も前に抱いていた欲望が蘇り、私は少女の頭から足の先までを味わい尽くすことを決めた。


***


 彼女に恋心を抱いた切っ掛けは、無人の教室で教師と身体を重ねている姿を目撃したことである。

 普段は真面目一辺倒であり、他者だけではなく自分にも厳しい彼女が、快楽に身を委ねて情けない様子を晒していた。

 厳しい表情の下に隠れていた彼女の真実の姿は、私を虜にしたのだった。

 それ以来、私は彼女のことを目で追うようになったが、想いを伝えるどころか、会話をしたことも無かった。

 彼女と私は、住む世界が異なっていたのだ。

 だからこそ、私は彼女に対する欲望を処理することができず、抱え続けていた。

 彼女と似たような相手と交際し、この欲望を発散しようとしたものの、満足することはなかった。

 もしも過去に戻ることができるのならば、迷うことなく彼女に襲いかかっていたことだろう。

 だが、そのようなことが可能となるはずがない。

 ゆえに、私は悶々とした日々を過ごしていたのだが、そのような生活も、今日で終わることになるだろう。


***


 私との時間が終了すると、少女は私に頭を下げ、自宅を後にした。

 少女に手を振っていたが、私は少女を追うようにして、自宅を飛び出した。

 少女に気付かれないように尾行している理由は、もしかすると、少女の母親が彼女なのではないかと考えたからだった。

 これほどまでに似ていると、そのような関係ではないかと希望を持ってしまうことは仕方が無いだろう。

 一方で、彼女と再会したところでどのような行動をするのか、自分でも分かっていない。

 かつての愛情を伝えても良いのだが、それを伝えられたとしても、彼女が困るだけだろう。

 しかし、かつて愛していた人間がどのような成長を遂げたのか、それだけでも目にしたかった。

 少女は己が所属する店に入ると、数分後に再び姿を現した。

 再び後を追ったところ、少女は貧相な集合住宅の一室へと入っていったため、その部屋を憶えると、私は物陰から様子を窺うことにした。


***


 少女が何度も部屋を出入りする姿を目にしたが、それ以外の人間を目にすることはなかった。

 もしかすると、少女は一人で生活しているのではないか。

 それならば、幾ら様子を窺っていたとしても、無駄な時間である。

 ゆえに、私は集合住宅の近くに存在する大木に登り、室内を見ることにした。

 そして、私は室内に少女以外の人間が存在することを確認した。

 その人間は、まるで老人のようだった。

 苦労の数だけ皺が刻み込まれているような顔に、棒のように細い手足で、目は虚ろだった。

 生きているのかどうかさえ怪しいその人間が、彼女と同一人物であると信じたくは無かった。

 だからこそ、私は再び少女を部屋に呼び出し、事情を訊ねることにした。

 店側から会話をすることは禁じられているらしいが、私が料金の五倍ほど支払うと、口を開いてくれた。

 あの部屋に存在していた女性は、残念ながら彼女だった。

 そして、眼前の少女は彼女の娘であるらしい。

 少女は母親から話を聞いたわけではないが、周囲の人間から聞かされた内容によると、彼女は若くして子どもを身ごもったが、父親はそれを認めようとせず、彼女を捨てたということだった。

 自慢の娘だった彼女が妊娠したことについて、両親は良い顔をしなかった。

 良い大学へ進み、良い会社に就職するものだと信じていたからだ。

 そうなるように育てたはずの娘が選んだ道を肯定することが出来ず、両親は彼女を家から追い出したのだった。

 身重ながらも彼女は一人で生活費を稼ぎ、やがて眼前の少女が誕生してからも、その多忙さが失われることはなかった。

 当然というべきか、身体を壊してしまった彼女は、金銭を稼ぐ手っ取り早い方法として、身体を売ることを決めた。

 少女は、数多くの異なる男性を目にしてきたが、それでも彼女は娘を商売道具にすることはなかった。

 自分の娘のためならばと身を削っていたのであり、それを娘に味わわせるわけにはいかなかったらしい。

 だが、客の一人に暴力的な行為を働かれた彼女は、その後遺症によって身体を満足に動かすことが出来なくなってしまった。

 ゆえに、今度は少女が母親を支えると決めたのだが、金銭を稼ぐ方法が母親の仕事しか知らなかったため、少女は彼女が望んでいない道を進むことになったらしい。

 話を聞き終えた私は、己の選択を後悔した。

 学生時代に、私が彼女と親しくなっていれば、このような未来が訪れることはなかったのではないか。

 そう考えたところで、私は彼女に対する想いが、単なる性欲だけではないということに気が付いた。

 それは、愛する人間を救いたいという純粋な愛情に他ならない。

 少女と出会い、彼女に対する想いが蘇ったが、それを構成する一つである性欲が満たされたことで、残っていた他の要素である愛情を感じているためなのだろうか。

 私は少女に向き直ると、母親に紹介して欲しいと頭を下げた。

 驚いたような様子を見せる少女に、かつて少女の母親に恋愛感情を抱いていたことなどを正直に伝えると、少女は首肯を返した。

 今こそ、私はかつての愛情に従うときだった。

 しかし、このときの私は失念していた。

 彼女が己を犠牲にしてまで大事に育てていた娘に金銭を支払って、私が関係を持っていたということを。

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かつての愛情 三鹿ショート @mijikashort

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