第4話

家に帰りたい。帰らせて下さい。

どうやったら帰れますか?

誰にお願いしたら、この状況を終わらせることが出来ますか?教えて下さい。





凛に潰されるように抱きしめられ、眼鏡の鼻の部分がずっと痛い。これは眼鏡族しか分からない痛み。マジで痛いからね!

そろそろ…凛の脛を蹴っていいだろうか?鼻が痛いし、この状況から脱したい。


「凛。まだ、話終わってないから離れろ」


「やだー」


水瀬さん、もっと強く凛を引き離して!そろそろ、鼻が限界なの。

あー!最悪!何で私がこんな目に遭わないといけないのと大きな声で言いたい。出来ればこんなことしたくないけど仕方ない。凛が悪いし、このままでは私の鼻が潰れてしまう。


「はぁぁぁ、、てぇい!!!!」


「うぐっ」


私の正拳が決まり、凛がお腹を抑えながら座り込む。運動音痴の私だけど、実は6歳の時から空手を習っている。

高校生になった今も道場に通っており黒帯を持っている。めちゃくちゃ強いってわけではないけど持続は努力の証だ。


空手は運動神経が悪い私が唯一できるスポーツであり、継続できているスポーツ。

私が美術部に入部したのは週に3日しか活動日がないから。部活がない日(火・金)と土曜日に空手の道場に通っている(勿論、絵を描くのが好きってのもあるよ)


「佐倉さん…大丈夫?」


体勢がやりづらかったしそんなには強く力を入れていない。なのに、凛が座り込んだままで心配になってしまう。


「ちーちゃん…凄い。カッコいい…」


顔を上げたと思ったら、目をうるうるさせている凛。どういう感情なのだろうか?何がカッコいいのか意味が分からない。


「凄いよ!ちーちゃん、空手できるの⁉︎」


「6歳の時から習っているから」


「6歳!!!今も?」


「うん。道場に通っているよ」


「だから、ちーちゃんの体…筋肉質だったのか」


筋肉質って…多少は筋肉の発達はしているけど凛と変わらないはずだ。ムキムキじゃないし、ムキムキは嫌だし。


「私も空手道場に通う!」


「はぁ?やだよ」


「何でー!!!ちーちゃんと一緒に習いたい」


「絶対に嫌。私は空手で馴れ合いは嫌いなの」


「そんな…」


空手は黙々と技を磨いていくスポーツだ。凛がいたら気が散ってしまう。それに私が空手を習っている理由は自己防衛のためだ。

孤独は辛い…凛が引越したあと、私は一人ぼっちだった。そんな時に出会ったのが空手で、空手は個人競技で黙々と鍛錬できる。


それに空手をしていると時間があっという間に過ぎたし、孤独が淋しくなくなった。

学校終わりに遊ぶ人がいなくても空手の道場に行けば私の居場所がある。

それにタイプが違う人から遊びに誘われても道場に行くからという断る理由ができる。


「水瀬さん、佐倉さんを部活に連れて行って下さい」


「えっ、いいの?」


「はい」


私は自分のパーソナルスペースを乱されたくないし、入り込んでほしくない。私は静かに絵を描きたいのだ。

それに空手って、大きな声を出しながら練習するから絵を描く時ぐらい静かな場所でゆっくりやりたかった。


「もう、バスケ部は退部届出したし美術部の入部届出したから無理だもん」


「じゃ、もう一度同じようにしたら」


「ちーちゃん!酷いよ!」


「うるさい」


凛がなかなか引かないから苛立ってつい低い声でうるさいと言ってしまった。凛は私の低い声色と言葉に落ち込み、水瀬さんは驚いた顔をしている。


「空手の道場には行かないからせめて美術部に入っちゃダメ…?」


凛がなかなか引き下がらない。私は仕方なく…ともならず「ダメ」だと言う。

水瀬さんが困った顔をしているし、バスケ部に入るぐらい運動神経がいいなら美術部じゃ勿体無いし私が気を使う。


「ちーちゃん…」


「水瀬さん、早く佐倉さんを連れて行って」


「分かった」


凛が水瀬さんに腕を掴まれ部室から連れだされる。私はやっと心と体を休められ、椅子に座った。久しぶりに凛と会えたことは嬉しいけど住む世界が違う。

私は凛の友達と仲良くなれないし、私の友達を凛に紹介したくない。きっと、涼ちゃん(園芸部)は緊張して困惑するから。


凛も私と同じ月族だったらまた一緒に入れたのかもしれない。太陽族は私には眩しすぎるし、キラキラと輝きすぎている。

それに私は1人が好きだ。グループ行動が苦手で、奥手でコミュ力皆無だし、運動神経が悪い(空手は除く)


それに太陽族は圧が怖いし、目が怖いし、話し方が怖いし、凛は平気だけど…水瀬さんに「あぁ゛?」と言われた時は元ヤン!に初めて出会い殺されると思った。


「佐藤さん…」


気を抜いていた私は急に後ろから声を掛けられ椅子からお尻が飛び上がる。

椅子から落ちずに済んだけど、突然背後から声を掛けられると心臓に悪い。


「あっ、水瀬さん…」


「あの…凛のことありがとう。凛、バスケ部のエースとして期待されているから辞めてほしくなかったんだ」


「良かったです。り、、佐倉さんはバスケ部の方が合っているので」


「えっと、凛と幼馴染なんだよね?」


「はい。っと言っても、5歳の時に佐倉さんは引っ越したので幼馴染感は薄いですけど(忘れてたし)」


「そうなんだね。あのさ、また凛が美術部に入部すると騒いだら教えて欲しい」


「分かりました」


元ヤン・太陽族の水瀬さんと会話をすると私の背筋が真っ直ぐになっていく。太陽族の人と話すのは幼少期の頃から緊張するし、これは生まれ持った月族の特徴だ。


「番号交換してくれる?」


「えっ?」


「何かあった時に連絡を取れるように」


私の携帯のアドレスには親と友達の涼ちゃんと中学の友達を含め4人しかいない。

まさかの5番目に来るのが太陽族の水瀬さんなんて…ヤバい、今日私は死ぬのか?今日1日で色々と起こりすぎて過労死しそうだ。


恐る恐る携帯を鞄から取り出し、恐る恐る水瀬さんの前に出す。私の携帯の壁紙を見て「可愛いね」と言う水瀬さんが太陽族すぎる。


きっと、水瀬さんの壁紙も…えっ、何これ?金色のビーナスの絵が光り輝いている。

凄いな…携帯の壁紙まで神々しいなんてやっぱり太陽族は違いすぎる。


「ありがとう。じゃあね」


「はい…」


私に手を振り部室から出ていく水瀬さんの背中を見送った後、また椅子に座る。

疲れた。めちゃくちゃ疲れた。帰ろう…もう限界値を越えてしまった。


ねぇ、平穏な日々…どこにいったの?

凛にまた再会してからおかしくなっていく。

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