第3話 作戦開始

不意に低く鈍い音が止んだ。エンジンが停止したのだ。依然としてローリングしているが今は波の音がはっきり聞こえる。腕時計を見ると午前2時になろうとしていた。


「着いた。行くぞ」


ウミネコがそう言って立ち上がった。隊員全員が黙ってざわざわと音をたてて立ち上がる。うとうとしかけていた私もあわてて立ち上がった。現地についたという意味か。いよいよだな。


狭くて急なラッタルを4つも上ってデッキに着いたがまったく疲れることはなかった。戦闘スーツの筋力補助機能のおかげだ。


デッキでは海上自衛官が次々とボートを海に投げ入れている。下を見ると真っ黒な海面が大きく上下に揺れていた。かなりな高さがある。ボートはひとつずつ投げ入れられ4つのボートが浮かんだところで小隊長が叫んだ。


「よし。飛び降りろ」


作業に従事した海上自衛官がデッキに一列に並んで敬礼している中、第一分隊の5人が次々とデッキから海に飛び降りた。ドボンドボンという音が連続して響いた。海は真っ暗。しかし天候は良好だった。星がまぶしいほどに輝いている。今夜は新月なのだ。


「行くぞ。カモメ」


第四分隊長のウミネコが自分からまず海に飛び込んだ。デッキから飛び降りて着水するまで数秒かかる。かなりな高さだ。昼間ならかなり勇気がいっただろうが新月の深夜の海は真っ暗で距離感がつかめずかえって飛び込むのに好都合だった。


戦闘スーツは30キログラムもの重量がありながら水に浮かぶ。しかもゴーグルの暗視機能が自動でオンになり、そのおかげで第四分隊のボートがはっきり視認できた。背中に付いた小さいが強力なスクリューの動力ですぐにボートにたどり着くと先に乗り込んだ隊員に引き上げられて容易にボートに乗り込むことができた。


消音機能付きのボートのモーターが静かに作動しはじめ、あらかじめ入力済みの目標座標へと我々を運んでいく。海自の護衛艦はすでにはるか遠く影となって浮かんでいたが次第に見えなくなっていった。今我々は真っ暗な日本海にぽつんと浮かんでいる。そう思うと急に心細くなった。






30分ほど進むと先端のとがった黒い島影が見え始めた。あれが竹島か。おお、という小さな声が誰かからもれた。島影はみるみるうちに目前に迫って来る。島の頂上付近から監視照明がいくつもの白い筋となって海上を照らしていた。駐在している韓国海警だろう。


「行くぞ」


ウミネコが海へ飛び込んだ。ここから先は戦闘スーツのスクリューで海岸まで泳いで行くのだ。大きく波がうねっているが溺れる心配はない。軍用マスクは潜水にも対応しているのだ。しかも上陸地点の座標も入力済みだ。途中で迷子になることはない。


ほどなく険しい荒磯に我々は上陸した。上陸地点は分隊毎に異なっているため他の分隊がどのへんに上陸したかは確認できないが、島の警備部隊に変わった様子は見られなかった。おそらく発見されることなく無事に上陸できたのだろう。


我々第四分隊はウミネコを先頭に荒磯をすばやく駆け上がった。意外にも韓国海警に発見されることなく目標である西監視棟の近くまで来た。なんだ、韓国海警もたいしたことないな。そう思った瞬間。やや遠方で空気を切り裂くような鋭い機関銃の銃声が響いた。


「気を付けろ。20ミリだ」


20ミリ機関銃の威力は小銃の比ではない。一発でも当たると体がバラバラになりふっとんでしまう。戦闘スーツには防弾機能があるがそんなものは20ミリには通用しない。一気に緊張感が増した。そう。ここは戦場なのだ。一歩間違えば粉砕され肉塊にされてしまう。






コンクリートの箱型の西監視棟の中で人がざわついているのがわかった。ウミネコは躊躇することなく監視棟の真下まで一気に駆け上がり素早く裏手に回った。数秒後、ドン!と地響きがすると閃光とともに監視棟の分厚い窓ガラスが砕けて吹き飛ぶのが見えた。手榴弾を投げ込んだらしい。殺すなとあれほど念を押されていたはずなのに。


前を駆け上っていたツバメが驚いて監視棟を見上げた。オシドリもおやおやといった体で振り返った。副分隊長のメジロはウミネコを追うように続いて裏手に回り込んでいたからここからは見えない。いよいよ始まった。任務が。いやこれは戦争というべきか。








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