第8話

 どうやらあの部屋にはやっぱり幽霊が出るらしい。

 ……という噂がマンションや近隣に留まらず、ネットを再び賑やかせたのは、当然といえば当然だろう。

 それほどまでに、隣の部屋の男の絶叫はおぞましいものだった。加え、彼は早々に引っ越し、最後まで「あの女の幽霊を見た」とブツブツと言い続けていたのだから。

 ついに隣人も女の幽霊を見たらしい、と。都市伝説をテーマにした雑誌にも載ったらしい。

 ただ、私自身の生活は特に大きな変化は無い。

 もともとこの部屋に住んでいることで好奇の目で見られていたし、それがますますもって濃くなった程度だ。

 マンションの管理人が警察を伴って部屋に来た時は驚いたが、それは幽霊云々というよりも、隣の男の素行についてだった。

彼は私の部屋のベランダで幽霊を見たという。しかし、ここのベランダは敷居があって普通は見えない。身を乗り出して覗き見るか、侵入でもしないかぎり隣の部屋のベランダは見えないのだ。だから奇妙に思ったらしい。隠すことでもないので、ボールが入ったなどと言われたことを話せば、あの男の行動に問題があると管理人は口にしていた。やはりあれは不法侵入といって差し支えないらしい。

「貴方はこんなことがあったが、この部屋にいて怖くはないのか」

 神妙な顔の管理人からそんなことを聞かれたが、私は首を横にふった。

「私はここで幽霊を見ていないので怖くないです。見えない幽霊よりも、よっぽど人間のほうが怖いですよ」

 思ったままに口にすれば、管理人は「そうですね」と苦笑いした。

「見えない幽霊よりも、不法侵入者のほうが怖いですよね」

 と。それで納得したらしい。

 本当は、幽霊が見えたらいいなと思っている、とは。さすがに言う必要はないだろう。

 私の周りで起きたことはそのくらいだ。

 

 あいかわらず幽霊の噂がうずを巻いていて。私は件の幽霊をみたことがなくて。

 けれど家賃は変わらず五千円で。

 なので。

 こうして今日も、私は幽霊の見えない事故物件に住んでいる。

 未だに幽霊は見えないけれど。

 もしかしたらいつか見えるかもしれない。

 食器はあいかわらず上手く片付けられていて、部屋も前ほど汚れてない。ぱちりぱちりと、たまに電球が瞬くけれど、不便というほどではないし、むしろなにか会話をしているような気持ちにすらなる。

 だからこの部屋での生活は、まるで見かねた誰かが助けてくれているみたいに、順風満帆な一人暮らしだ。


 そう。一人暮らし。

 けれど。

 私は彼女と一緒に暮らし対気持ちがあるし。

 そして、それは彼女がいなくても続いていく。


 幽霊の見えない部屋に住んでいる。

 今でも私は君を待ってる。

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幽霊の、見えない部屋に住んでいる。 蒼埜かげえ @mothimothi7

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