第7話

 俄に外が騒がしく感じたのは、それから幾ばくも経たないうちだ。

「事故だ」「ベランダから落ちたらしい」「救急車を呼べ」

 緊迫した声に続き、声高に指示を出す声。続けて「なんだ」「どうした」「なにがあったんだ」と、ひとつ、またひとつ、声が重なる。

 恐る恐るカーテンを開けてみれば、同じようにベランダから顔を覗かせる人々が見えた。マンションの窓に光ががぽつりぽつりと灯り、「どうしたのかしら」「こんな夜中に」と不安そうな囁き声が聞こえる。

 握っていたスマホを見れば、二時半を示している。先程からそんなに時間は経っていないらしい。ただ、この短時間ですっかりと目が覚めていた。

「人が落ちたぞ」「息はある」

 どうやら誰かベランダから落ちたらしい。

 続くざわめきのなか、ひときわ大きな声が上がった。

「意識が戻った。大丈夫か」

 その声に、ホッと安堵の息をもらす。それは私以外の人々も同じ気持ちだったのだろう。マンション全体を包む緊迫した雰囲気が和らぐのを感じた。半年前に事故死が起きたばかりだ。再びそんなことは起きてほしくない。誰もがそう思っていたに違いない。けれど。

「あの女が出た。幽霊だ。本当にいたんだ。あの女だ」

 次に、絶叫。

 まさにその言葉がふさわしい、鬼気迫る叫び声が広がった。

途端、再び不安と恐れが全体に広がる。

「見間違いじゃない。隣のベランダにいたんだ。あの女。まだあの部屋に住んでる」

 あの女だ、あの女。

 壊れたおもちゃのように繰り返し叫ぶ男の声は、そら恐ろしくあった。と同時に、聞き覚えのある声だった。

 隣の部屋の男性だ。

「幽霊だ。あの女は恨んでるんだ。近寄るな。俺はそんなの信じない」

 叫び続ける男の言うことは、どうにも要領が掴めない。だた、救急車で運ばれるまで、ずっとわめき続けていた。

 あの女が出た。隣の部屋のあの女だ、と。

 それは男は救急車で運ばれたあとも、耳の奥に残る声だった。いつまでも、心にむしばむように。残る、声だった。

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