第5話
電話が鳴っている。その電話に出なくちゃと思いながら、けれど出ないでほしいとも願っている。
これは夢だ。あの日の夢。
夢の中で、私は電話に出る。着信相手は見なくても分かる。
姫さんだ。
電話の内容は細やかなことだ。今度出掛ける遊園地のこと。何時に集まるか。雨が降ったらどうするか。それはメールでも決めることが出来るけれど、私達は電話でやりとりすることの方が多かった。
私は姫さんとのこの時間がとても大切だった。けれど、どこか恋人じみたやり取りに、後ろめたさも感じていた。だから冗談めかして言ったのだ。
「もし姫さんに好きな人ができたら、私よりも好きな人を優先してよね」
姫さんは私と違い、まさにお姫様のような愛らしい人で、学生の頃から彼女がよく告白されていたことを知っている。だというのに、彼女は誰かと付き合ったことがなかった。
恋愛をするしないは個人の自由だけれど、もしそこで私が足かせになっていたら申し訳ない。姫さんと一緒にいるのは楽しくて、そしてどこか安心する。そう思っていたからこそ、後ろめたさも感じていたのだ。
「遊園地だって、電話だって。一緒に暮らそうと誰かに言うことだって。好きな人ができたら、その人を優先していいんだからね」
だからそれを口にすれば。一瞬の沈黙。そして。
「私、貴女のこと。そういう意味で好きだよ」
紡がれた言葉。とても小さな声。それが聞こえて。そして。けれど直ぐに「なんでもない」と続いて。……続いて。
「……ううん。なんでもなくない」
ポツリと紡ぐ、声。
「私。姫ちゃんのこと、そういう意味で好きだよ」
紡いで、そうして。その後は。
電話の切れた音。ツー、ツー、と一定の長さの音を聞きながら、私はやっと、何を言われたのか理解した。そして慌てて、電話をもう一度、かけて。けれど。
姫さんが電話を取ることはなかった。
いや、違う。
わからない。だって、あの後。あの僅か、あと。
あの夜、彼女は亡くなった。
マンションの自室で後頭部から血を流して倒れていたのだ。
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