第4話

 帰宅してすぐ、部屋のカーテンが開けっ放しだったことに気が付いた。噂の怪奇現象では無い。久々に晴天だったので、朝明けたことを覚えている。そしてそのまま開けっ放しにしていたことも。

 ちょっと不用心だったかもしれない。反省しつつ、カーテンを締めようと近づいたら、ベランダに誰かいることに気が付いた。

 思わず肩がビクリと揺れる。

 縋るようにスマホに手をかけながら、それでも警察に電話をかけなかったのは、その人物が挨拶をしたからだ。

「あ、こんにちは。驚かせちゃってすみません」

 にこやかな笑みを浮かべたその人は、隣の部屋の住人だ。

「ちょっとそちらにボールが落ちてしまって。失礼とは分かっていたんですが、入らせて貰っていました」

 言われて、なるほど、と思う。ベランダは隣と地続きだ。ただ、敷居は作られている。高さは私の頭より上で、隣は殆ど見えない。とはいえ乗り越えられないことはない。……乗り越えてまで、入ろうとは思わないけれど。

「ああ、そうなんですね。わかりました」

 だから、返事はしたものの。けれど、スマホを握る手は、ますますもって硬くなる。

 こんな夜にボール? 

 それが入ってしまったから隣のベランダへ?

 奇妙すぎる。

「ホントすいませんでした。今度、改めてお詫びに伺いますので」

 奇妙、すぎる。けれど。彼は隣の部屋の人だ。そして、丁寧で、親切だ。今だって、とても申し訳なさそうに謝っている。お詫びをしにくるという。親切だ。親切だと思う、けれど。

「……えっと、あの、結構です」

 声が、震える。

 笑顔、作れているだろうか。わからない。わからない、けれど。あたりさわりのないように、笑って、カーテンに手をかける。申し訳ないといいながら、なんでいつまでそこにいるの。思いながら、カーテンを閉める。手が、わずかに震える。

 彼は、親切だ。あくまでも親切な隣人だ。その筈だ。

 けれど。

 絶妙に拒否できないラインを攻めてくるようで、気分が悪い。

 逃げるように、隣の部屋に飛び込んで。ベッドのなかにもぐりこんだ。気分が悪い。気分が、悪い。

 この部屋は姫さんが見つけた素敵な部屋なのに。

 ずっと住みたかった部屋なのに。なのに。それが汚されるようで。独り。布団の中、膝をかかえて丸くなった。


 誰にも。……誰にも。


 私の大切な場所に、侵入なんてしてほしくなかった。

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