第3話
姫さんというのは私の親友で、名前は姫島綾子という。苗字から一文字取って、私は姫さんと呼んでいた。彼女は私のことを姫ちゃんと呼んでいて、それは私が木下姫という名前だからだ。
姫さんと姫ちゃん。
私たちは当然のように同じように呼び合っていたが、性格や趣味は真逆と言っていい。
姫さんはその呼び名に似合うお姫様のような愛らしい女性だ。対して私はそうでもない。衣服の好みもそうだが、全体的に大雑把な性格なので、華聯とは言い難いからだ。
私は髪は短い方が好きだし、服もシンプルなものが好み。パンツスタイルが好きで、化粧もサッと付ける程度が気楽。休日は軽くジョギングしたり、独りで登山をするのが楽しい。家事は苦手で、特に掃除が壊滅的。一人暮らしはこれで五年目だけれど、前の部屋は所謂汚部屋に成り果てていた。
流石に生ごみの管理は気をつけていたけれど、飲みかけのペットボトルや空き缶が気づけば溜まってしまうのだ。衣服を逐一畳むのも面倒で部屋の至る所に放置してしまう。洗った食器を棚に仕舞うのも手間に感じて、シンクにそのまま置きっぱなしにしてしまう。
どうにも定位置に片付けるというのが苦手で、気づけば乱雑した部屋になるのだ。
……そう思い起こすと、今の部屋はそこまで汚くなっていない。不思議だ。
いつもならそろそろ空き缶が床にたまり、衣服の山が部屋の隅に二個、三個できる頃なのだが、今はそこまで汚くない。食器も棚には締まってないが、シンクに備え付けられた水切り籠のなかに取り出しやすいように並んでいる。
些細なことではあるが、自分にしてはよく出来ているなと思う。
なんだかそのことに、ちょっと違和感を覚えないこともないが、多分、一人暮らしも板に付いてきたということなのだろう。
もしくは、ここが姫さんの選んだ物件なので、無意識に気を張っているのかもしれない。……姫さんは、私と違って家事が好きだったから。
膨張色であるパステルのワンピを難なく着こなし、ゆるウェーブの茶色い髪をお団子や三つ編みにアレンジする。パール入りのピンクのリップが好きで、週に一度は薬局で美容用品を覗いてく。料理とガーデニングが趣味で、一人暮らしを初めて直ぐに、ベランダには植木鉢が幾つも並べられるようになった。
彼女の部屋は、だから綺麗に掃除が行き届いていて、その上、愛らしいインテリア雑貨が飾られていた。
私とは正反対の、まさに愛されるお姫様のような女性。それが姫さん。姫島綾子。
けれどそんな彼女と私とは、不思議と最初から仲が良かった。
高校の選択科目でちょっと一緒だっただけ。それだけの出会いだったのに、卒業して、短大にいって、そして社会人になっても、関係は途絶えるどころか、ますます仲良くなっていった。
おそらく自分にないものを持っているから惹かれていたのだと思う。お互いの足りない部分を補うように、ぴたりと一致する感じ。そういう親友だったのだ。
この部屋は。
最初、姫さんが選んだ部屋だった。家賃は若干高かったが、その分、広く、過ごしやすい。
「一人暮らし一LDKなんている?」
そう聞いた私に対し、「なら姫ちゃんが引っ越してくればいいよ」と彼女が言ったのを、昨日のことのように覚えている。
「この部屋、二人でも余裕で暮らせるよ」
「流石に二人は無理じゃない?
ベッドがひとつしか入らないもの」
「二人で一緒に使えば良いじゃない。私、姫ちゃんとだったら平気よ」
そう言って彼女はふわりと微笑んだ。
あれは一年前のこと。
それを、今でも。
今でも、私は覚えているのだ。
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