第4話

 そして、それをまざまざと見せつけられる出来事が、立て続けに発生した。

 村民がストライキを起こしたのだ。

「こんなもの、やってられない」

「毎週、課される練習が厳しすぎる、農作業との両立も大変なんだ、もっと楽にしてくれ」

と陸山の考案した民兵制度に、不満を言い立てる。陸山は突き上げを喰らってしまった。上司の二の舞には、絶対になるまいと思っていたのに、その末路が自分に近づいてくるのを感じた。これでは吊し上げをするのが、外からやってくる盗賊ではなく、村民になっただけだ。


 やってられない? 一体誰のおかげで、村の平和が守られたと思っているんだ。

陸山はどなり返してやりたかったが、今、外に出れば興奮した村民たちに何をされるかわからない。家から出ようにも、一歩も出られない状態が半日続いた。


 昼頃に、寺院の寺僧が「仲裁と伝言をする」と呼ばわって、陸山に会いにきた。僧は順々と諭すように話し出した。


「最初は、能力があれば人々は一目を置いて、従ってくれることもあります。ですけどね、長く付き合うということになりますと、人柄の方が大切になってくるかもしれませんよ」

「何が言いたい?」

訳知り顔で抹香臭い説教をしてくる寺僧を、陸山は非常に嫌っていた。今からでも帰って欲しいと、あからさまに冷たい対応を取った。


 それでも寺僧は臆することなく、話し続ける。

「戦ってくれた村人に、今も感謝していますか」

と、全く考えていなかったことを言ってきた。


「初めは感謝できても、だんだん当たり前になってきて、有り難みを感じなくなってくるのが人間の常ですからね」

それは村人の方に言ってやりたい、と陸山は心から思った。その思いが表情に出ていたらしく、寺僧は苦笑して、

「例え話をしましょう。あるところに、一人の農夫がおりました。彼は池から水を引いてくれば、田畑を広げることができると考えて、用水路を掘り始めました。すると他の農民も手伝ってくれて、無事、水を通すことができました」

「いい話だな」

「では、この農夫が『自分のアイデアで行ったことだから、全て自分のおかげでできたんだ、自分の水だ』と言い始めたらどうでしょう」

寺僧の言いたいことが見えてきて、陸山は苦虫を噛み潰したような表情に変わっていった。


「それに、そもそも天が池というものを与えたから、水を引くことができたのです。全ての物事は、このような調子です。誰一人として、自分だけでなし得ることなど一つもない。『だから、成功したのは全て自分の手柄だ』と考えていては、人心は離れていきます」

 ましてや、失敗したのは全て他人のせいだと考えていては、成長がない、とも寺僧は付け加えた。耳の痛い話だった。

寺僧の言いたいことは、理屈では分かる。だが、心からは納得できなかった。納得するということは、自分の非を認めるということになるからだ。

 

 寺僧は、

「三日後の午後に、寺院で話し合って決めましょう」

と言って、家を後にした。寺僧が村民にも同じ内容を告げると、陸山の家は喧騒から解放された。


 陸山は再び悩みの渦中に突き落とされた。訓練を緩めたら、何のための民兵制度なのかわからなくなってしまう。かと言って、陳情を拒絶すれば、不満を持った村民たちが蜂起を起こすのは目に見えている。やはり緩めるしか、手はないのだろうか……。朝三暮四のような、うまい解決法がないかと頭をこねくり回したが、あちらを立てればこちらが立たずで、そんな都合の良い方法は思いつかなかった。

 ポツポツと思いついたのは、完璧ではない制度の無理、無駄をなくし、改善していくことだ。


 伝統の良さを活かすなどというように、古ければ古いほど価値を生むもの以外は、現状維持ではボロやほつれが出てくる。初心は忘れるものだし、基本動作は疎かになるものだし、人間はいつまでも過去の栄光にすがっていたいものだ。だが現実は厳しい。常に自分を変え、改善し続けるものでなければ、厳しい現実に淘汰されていく。


 陸山はそれを、肌身で持って感じていた。もし維持して行こうと思えば、譲歩できるところは譲歩しなければならないのか……そう考えていた時だった。家内が陸山の耳に、ある情報を入れたのは。

「お聞きなさった? 李陽さんの住んでいる村が、盗賊に襲われたんですって」

本当は、李陽のその後を、陸山は非常に気にしていた。だが喧嘩別れをした手前、興味を持っているとは思われたくなかった。しかし、長年、毎日顔を突き合わせている家内にはお見通しだったらしい。聞いてもいないのに、詳細を語り始めた。

「壊滅的被害を受けたそう」


「……あいつはどうなった」

あいつとは、言わずもがな、李陽のことだ。

「そこまでは聞いてないわ。でも、草の根一本も残らないほど大変なことになっているって」


「だから言ったんだ」

陸山は込み上げてくる思いを抑えきれず、語った。

「あいつら村民が何を言おうが、俺は譲歩しない。守る組織と制度がなければ、守れる村も守れないことが、よくわかったじゃないか。今は文句を言えても、盗賊に殺された後では何も言えまい」

「……無理はしすぎないでね」

家内はこの件に関しては、賛成も反対もしなかった。


 三日後、その時がやってきた。

 三日という時間は、事実に対して心を落ち着かせる効果があった。陸山は上から押さえつけるようなやり方ではなく、淡々と事実を挙げながら民兵制度の必要性を語る方法を取った。

「俺も村のためにとは言いながら、村に暮らしている人のことを真っ直ぐに見ていなかった。防衛のためにこの決まりは続けていきたい、なくてはならないと思うが、守りたいという気持ちが先行しすぎて、守るものに目を向けなかったら、それは本当の意味で守ることにはなれていないんだと、最近になってようやく気づいた。

 そこで提案なのだが、例えばここそこのルール、いたずらに負担をかけて実りは少ない。だからこうしたらいいかと思うが、どうだろうか」


制度の廃止ではなく、改善案を出していくうちに、最初は反対の態度だった村民代表も、目を輝かせ、

「それなら、ここはこうしたらどうですか」

と、自分から意見を言い出すまでになった。この変化に陸山は驚いた。自分がどう思うかは一旦脇に置いて、村民の立場で物事を考えたことが、彼らにも伝わったのだ。最初の険悪な雰囲気が、嘘のように前向きな空気になり、

「陸山あってこその、この村だ」

と言われて別れた時には、満更でもない気持ちに浸った。

 晴れやかな気分で家に帰り、家内に事のあらすじを説明すると、

「すごいじゃない」

と素直に喜んでくれた。思えば家族を守りたいという思いで、必死になって考えできたのが、民兵制度だ。家内なくしては、ここまで来ることもできなかったとしみじみ思えて、愛らしく見えてきた。

「どうしたの」

「……ここまでついてきてくれて、ありがとう」

照れ臭さを隠しきれずに告げると、あなた、急にどうなっちゃったの、大丈夫? と心配された。


 陸山は李陽にも、思いを馳せた。理想肌で頑固なところが玉に瑕だが、それ以外は本当にいいやつなのだ。もし彼が生きていて、もし、もう一度人生のどこかで出会えるのならば……謝れるのならば謝りたい。そして、今度こそ、彼のことを、最後まで信じてやりたい。


 陸山の思いは天に伝わったのだろうか。大切な友が遠方より来る知らせを、陸山は聞いたのだった。

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