思惑

 宵闇近づく中、アカカマまでの道中に幾重にもある森。その一つの縁に潜んでいるカイルのツァリアスを双眼鏡で見つめる者たちがいた。彼らは小さな輸送機の脇で軍服ではない服装をしてじっとカイルのツァリアスを観察していた。



「どうだ、マチャック。あの獣兵じゅうへい。機体、なんかわかるか?」その集団の一人、壮年を通り越しかけている白髪交じりの男が隣で同じようにしてカイルのツァリアスを見ているつなぎの男をマチャックと呼び、そう尋ねる。

「あぁ、とっつぁん。間違いねぇ。ツァリアスだありゃ。ジームダルの。」マチャックと呼ばれたつなぎを来た背の高い男は双眼鏡の向こうの丸いシルエットの答えを確信をもってそう返した。

「よし、じゃぁ行ってくる。おめぇらはここで待っといてくれ。話がついたら連絡を送るから。そしたら動いてくれ。」マチャックにとっつぁんと呼ばれた壮年終わりの男は傍に置いていた消えたままのランタンをつかんでスクッと立ち上がる。

「行ってくるってよぉ。相手が話を聞いてくれるかわからねぇんだぜ?行って話して、もしあんたが逝ったら俺たちどうすんのよ。」マチャックは彼がとっつぁんと呼ぶ男の行動力に呆れる。

「そんときゃ、お前がメリオンと後をやりゃいい。前から言ってんだろ。」心配された当人は少し離れた場所にいた少女を顎でさしてあっけらかんとそう返す。

「なぁに笑えない冗談言ってんのよドーソン。あんたがいなくて商売なんてできるわけないでしょうが。」メリオンと呼ばれた快活そうな少女はとっつぁんをドーソンと呼んだ。

「それにマチャックに、こいつに商売なんて無理に決まってるでしょうが。機械いじりしか能がないこいつに。」メリオンはマチャックの腹を小突く。

「ははは。俺だってそう死にたかねぇよ。大丈夫だ。かなりの確率で。」この3人のリーダー格のドーソンは二人を安心させるために笑った。

「でもよぉ、確実じゃねぇんだろ?」

「マチャック、世の中の物事で一つや二つでわかりやすく決まるもんってぇのは生まれたらばいつか死ぬってぇことくれぇの他にゃねぇんだよ。何事もより高いほうに賭けて行動するしかねぇもんさ。」ドーソンは肝っ玉の据わった返しをすると歩み堂々として森に潜むツァリアスの元へと向かっていく。

「気をつけてよ。本当に。」メリオンは祈る様に手を胸の前でキュッと組んでそんなドーソンの無事を空に浮かびだした惑星ダキンの一番明星に願う。



 カイルは森の中に潜ませるように停止させたツァリアスの操縦席で夜を待っていた。訪れるであろう深い深い夜のまっくらな闇を、自らを覆い隠してくれる夜のヴェールを待ち焦がれていた。その理由はここから先、アカカマまでの間では森よりも、平地が優勢になっており今までと比べて圧倒的に見通しが良すぎるからだった。

 彼は、ここの区間の踏破の可能性を可能な限り上げるために夜が降ろす青黒い天蓋が世界をすっぽりと覆ってしまうのを森の中でじっと待っていた。一人、硬い操縦席の中で。ひっそりと、息を殺して。

 エネルギーの無駄と探知の危険を減らすためにツァリアスの機関出力を落とし、レーダーも切り、モニターだけで周囲を警戒する。画面に投影されている映像は獣兵を確認しやすくするため温度差を可視化するカメラが撮影したもの。

 もし、獣兵が近づいてきてもその動力の熱でその部分の色が赤の方向へ変化してすぐにわかる。今は青と緑の冷ややかな色が大まかに森と平地の輪郭をかたどっている。その画面に小さな温度差が黄緑色に表示される。

「平野の方の、なんだこの表示は? 小さい。遠い。温度差もさほどない。」温度差カメラの感度を上げるとそれは人ほどの大きさの何かであることが確認できた。

「これは人? それが何故こっちに。」新手の追手であることを考慮して何が起きてもツァリアスを即座に動かすことができるようにカイルは体と心のコンディションを警戒から戦闘へと持ち上げる。その人影は平野の中をずんずんと無警戒にこちらへとまっすぐ近づいてくるようでその表示が大きくなっている。

「明らかに俺に向かってきている。捕捉されてしまっている…。が、こいつの歩き方には軍属の匂いがしない。」さらなる確認のため光学系のカメラの情報も合わせて表示させる。

「傭兵の生き残りか?いや、ないな。降下が成功したのはあの酒に焼けた男だけだったろう。」輸送機にいた傭兵はカイル以外に三人。

 一機はそもそもまともな降下開始が出来てなかったからおそらく降下そのものに失敗。

 もう一機は降下中に撃墜されているのをカイルが確認している。

 そのどちらもおそらくは生き残ってはいまいし、唯一の生存者だったであろう赤ら顔は先ほどの陣地に散ったのは間違いない。なおも近づいてくるその人影は大きくなり。高感度に設定した光学系でもとらえることができた。その姿は男で、軍属とは思えぬ恰幅のいい体型をしていて軍服ではなく市民の服装をしていた。

「!?」カイルが見つめるモニターの中で男が止まって何か動いている。その男の動作を確認するためカイルは光学系の映像と温度差の情報を照合する。

「手を振っている。」男はカイル目掛けて手を振っていた。認識してもらいたいがためなのだろうか。ひとしきり大きく両の手を振ると男はまたこちらへと歩み始める。カイルは、男のその行動が自分の注意をそちらに割くための囮であるのではないかと考えわずかな時間レーダーを起こして周囲を短く索敵する。

「男の周辺には獣兵じゅうへいのような反応はない。」

「…。」男が来るまでの時間は長くはない。それまでの間にカイルは判断をしなくてはならない。男を脅威と認定するか否か。

「奴の手元に武器もない。周囲に誰もいない。とりあえずは民間人と想定したほうがいいだろうな。」カイルは男が民間人であろうと仮定することにした。

 少しして男は肩で息をしながらツァリアスの足元近くまで来る。止まった男は体を折り、両ひざに手を当て呼吸を整えている。その彼の背にも武器らしきものは何もなかった。手には火の消えたランタンのような物をもっている。呼吸を整えた男は

「聞こえるかぁツァリアスのパイロット! 俺はドーソンという商人だ。このあたりで商いをやってる! あんたと商談にきた!」ドーソンと名乗った男はツァリアスへ向かって両の掌を広げて見せながらそう言い放った。カイルはその商人を自称するドーソンの声にすぐには応えない。

「……まぁ、そうだよなぁ。すぐには信用してもらえねぇだろ。だから一方的に俺から話す。判断はそれからしてくれ。」ドーソンと名乗った男は先ほどの叫ぶような名乗りの時とは違い声量を落とす。

「あんたとの商談の内容ってぇのは、ここからアカカマの間にジームダルのこさえたタナムっていう陣地が一つあるんだが、俺たちの船がそこを抜けるのをあんたに手伝ってもらいてぇんだ。」

「!?」ジームダルの陣地が一つあると言うドーソンの話にカイルは眉をしかめる。

「俺は前線と後方を行き来して物の売り買いをしてるんだが。知っての通りいきなりジームダルが攻撃を始めやがった。だから後ろへと逃げようとしたんだが、アカカマとの間にあるそのタナムって陣地が足元を見て通行料をぼったくって来やがってな。」ドーソンは頭を一つ掻く。

「早く安全地域まで下がりてぇからそこを無理にでも突破することにしたんだが。それに手を貸してもらいてぇ。なに、陣地を落とせって言うんじゃない。俺たちの船が横をすり抜ける間、タナムを軽く突いて注意を逸らしてほしいってだけだ。」

「ジームダルから追われてるんだろ?あんたは。なら、こいつぁあんたにとっても悪い話じゃねぇはずだ。手を貸してくれるならそのツァリアスの整備もうちで持ってしっかりやる。どうだい? ウンと言っちゃぁくれねぇかい?あんたぁ。」ツァリアスの顔をまっすぐな眼差しで見上げながらドーソンはそうカイルへ頼み込んで来た。

「こいつ、状況を知っている。」カイルは突然降ってわいたこの状況にどう振る舞うべきか思案する。

「タナムなるジームダルの陣地がアカカマまでの間にある。それが本当ならば手持の残弾僅かな今のツァリアスでそこを超えるのは難しい。迂回してどうにかなるか? そうした場合もツァリアスを動かしているエネルギーの残量に不安が出てくるな。なら。いや。が、奴の提案。それ自体が罠である可能性もぬぐえない。」カイルは判断を迫られた。その材料の内大きなものは、


 今の自分が置かれている状況、

 乗機のツァリアスの状態、

 不確かだが、ドーソンが話すカイルの知らぬジームダル側の陣地の存在、

 その他諸々を考慮しつつカイルは思考をめぐらす。

 生き残るために。

 ドーソンの商談を受けるか、拒むか。

 そのどちらの方が自分の生存確率が上がるか。


「―この提案をあんたが受けてくれるならツァリアスの親指を上げてくれ。」こちらが考える時間を取ってくれたのだろう、ドーソンは少し間を置いてカイルに承諾の決断を求めてくる。カイルは一つ息を吐く。

「この提案、受け入れた方が生き残れる可能性が高くなるだろう。」カイルは諸々の分析と、傭兵の経験と直感からドーソンの提案を受け入れることに決めて、握りしめてあったツァリアスの右手の親指を上げる。そして、腰の拳銃を確認してから操縦席を開き表へと出る。警戒は緩めずに。

「いやぁ、ははは。商談をうけてくれて助かるよ。」ドーソンは破顔一笑カイルを迎える。

「カイルだ。」カイルは先に名前を伝えドーソンに握手を求めた。

「カイル。改めて俺はドーソンだ。カイル、さっきから言ってるが俺はここらで小さな商会をやってる。よろしく頼む。カイル」ドーソンはそのカイルの手を両の手でがっつりと掴む。

「商会というが一人でやっているのか?」カイルはドーソンの周囲に誰の反応もなかったことを不思議がる。

「いいや。あと二人いる。」ドーソンはカイルに背を向けると懐からライターを取り出しランタンに火を入れ振る。それに応える様にドーソンがランタンを向けた遠くの先からランタン色の明かりが返ってくる。

「うちの船をこっちにつける。お前さんのツァリアスを動き回らせるよりもそっちの方がいいだろう。」ドーソンはランタンを明滅させて相手方に船を廻してくるよう指示を出した。

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