逆襲

 囮部隊への追撃を行っていた二機のサーデュラス。それを操っているジームダル軍正規兵の一人メイテは、のこのこと自分たちに近づいて来たツァリアスを一機撃破した後に周囲を警戒していた。突如、彼らのゴーグルに映るレーダーの奥深くにツァリアスを示すマーカーが表示された。


「クシュタ。反応が発生した。」メイテはコンビを組み僚機に乗る同僚のクシュタに通信をする。

「あぁメイテ、こちらでも確認した。森の向こうか。ツァリアスが来た方の。まさかもう一機いるとはな。腕っこきの正規兵ならいざ知らず傭兵風情がよぉ。よくもまぁ生き残ったもんだ。」攻撃を受けつつの降下で傭兵が二人も生き残っていることは彼らに取って驚くべきことだった。

「生きてたとて、どうせさっきの見たく何も知らねぇスクラップ同然のツァリアスだ。とっとと相手して殺して終わりにしようぜ。クシュタ。」

「そうだな。メイテ。こんな雑用みてぇな作戦はとっとと終わらせて俺らも昇進と報酬ががっぽり見込める陣地狩りに回りたいもんだぜ。」

 サーデュラスを駆る二人は駆除対象のツァリアスとの機体性能差からくる自分たちの優位性をはっきりと認識していた。


 森の中、轍のある道を単純にマーカーの在る方目掛けて突っ込んでいったサーデュラスがたどり着いたのはいまだ焼け続けているアラキバマの陣地だった。メイテとクシュタは分かれてその陣地へと進入を開始する。

「ここが、あのツァリアスのだみ声が言ってた制圧したっていうアラキバマの対空陣地か。」メイテがぐるりと見渡しす燃え上がる陣地は簡易構築された獣兵じゅうへいを格納するテントや、何かの輸送用だろうコンテナを転用した指揮所らしきものなどがあり、それらを護る様に壕や掩体えんたいがそこここに構築されている防御をしっかりとしているものだった。

「向こうが使ってるヴァスキスの残骸がそこらに転がってるところを見ると間違いなくそうだろうよ。」クシュタはサーデュラスの足先で黒焦げになっているヴァスキスの残骸を忌々しそうに蹴り飛ばす。

「そっちにはいくつ転がってる?こっちにはヴァスキス一つだ。クシュタ。」

「こっちもヴァスキス。二つだ。」

「ヴァスキスがここには3機は最低居たってことか。」

獣兵じゅうへい関連の施設は簡易だが、それ以外はしっかりしている。対空システムも掩体と天幕で隠せるようにしてやがる。いたのが準獣兵じゅんじゅうへいのヴァスキスだけとはいえこれをツァリアスだけで潰したってのか? あの傭兵が?」クシュタは侵入した陣地の設営状態を見てその作りに感心した。

「いや、アイツ以外にもう一人。ツァリアスは確実にいるはずだ。だけども二人とはいえ…」メイテはこれをツァリアスで破壊できたことが信じられなかった。

「ツァリアスの反応。こっちには今はない。そっちは?」クシュタはメイテに短く問うてくる。

「こちらも今は消えている。反応がみえたのは。位置的にアレの裏あたりか。」メイテは覚えていたレーダー上にあったツァリアスのマーカー情報と目視した陣地の構造から標的のツァリアスは目の前で燻る建屋の向こうのあたりにいると推測した。

 メイテはクシュタとの連携を取らずに崩壊した陣地の中を何の警戒もせずズカズカと不用心に建屋の裏に回り込んでいく。いくら陣地が燃えているとはいえ辺りはまだ暗く見通しも悪いと言うに。

 回り込んだメイテが確認した建屋の裏手の場所は、ただの広い空間で、少し離れたところに攻撃で崩壊しかかった大きなテントが、そしてそこここにアラキバマの軍服を着て嫌な臭いで焼け焦げている死体がいくつかあるだけで、目標のツァリアスらしき獣兵じゅうへいの姿はなかった。

「誰もいねぇ。だが、このあたりだったはずだ。」陣地突入直前にメイテのレーダーにあったツァリアスらしき反応の場所は大よそココだ。だのに目の前、目視ではいない。理解の難しい状況にメイテは機体を止めると、より詳細に周囲を探るためにレーダーの索敵範囲を上げようとした。その戦場で不用意に停止したメイテのサーデュラスに銃撃が真横から襲ってくる。

 奇襲のそれは正確な射撃で、一発二発とサーデュラスの操縦席に座るメイテの頭に、身体にと立て続けに連なって突き刺さる。誰どころか何をされたかもわからずに彼は無言のままサーデュラスの操縦席であっけなくも絶命した。


「メイテ!?おい、メイテ!?何があった。」陣地内の警戒をしていたクシュタは、少し離れた場所で発生した銃撃の轟音とそれに続く爆発を見る。

 それは相棒が向かった場所。

 クシュタは機体を走らせながら通信で彼の名を呼ぶ。

 何度も。

 だが、反応はない。

 一度も。

 彼が警戒しつつ回り込んだ建屋の裏ではメイテのサーデュラスが上半身から煙と火をごうごうと上げながらひざを折り擱座していた。

「メイテ、メイテ!答えろ!メイテ!!」

 クシュタは絶望の中で相棒の名を何度も叫び、彼のサーデュラスに近づきわずかな希望から操縦席付近を確認しようとした。そのクシュタ目掛けて壊れかけたテントの中からメイテの追いかけていたマーカーの主であろうツァリアスが飛び出してきた。

「クソ!鉄クズが!よくもメイテを!」クシュタはサーデュラスを脚ごと機体丸ごと回してツァリアスを正面に取ろうとする。しかし、強襲された彼の操縦はツァリアスより一手遅くあっさりと肉薄される。ツァリアスは飛び出した勢いそのままに右の前脚を振り上げクシュタにぶつけてきた。サーデュラスよりサイズがないとはいえ機動獣兵きどうじゅうへいであるツァリアスの突進。その重い衝撃にクシュタのサーデュラスは大きく後方へ揺動する。ツァリアスは動力機関を吠える様に唸らせながらクシュタのサーデュラスをぐいぐいと力任せに押し倒しにかかってくる。クシュタの背中には崩れかけた建屋が迫っていた。ツァリアスの狙いはこの建屋にサーデュラスを倒し込むことなんだろう。

「建物に押し込まれると動けなくなる。まずい!」クシュタは踏みこたえている足先の走行用ホイールを横に向けるとペダルを踏み込み、空回りするのも気にせず全力で回し、スライド移動をしてツァリアスの勢いをいなすとそのまま信地旋回をしてツァリアスを振り回し自らのサーデュラスから引きはがす。

「焦らせやがって。そういう姑息な事しか出来ねぇからてめぇは使い捨ての傭兵なんだ!」大きく取った戦闘機動に振り回されたサーデュラスの揺れが安定するのも待たずにクシュタは車輪を唸らせて機体を後退させツァリアスを迎撃しにかかる。

 引きはがしたツァリアスはそのサーデュラスの戦闘機動に対してビタリと追従してくる。滑らかに。

 それに構わず迎撃しようとクシュタはサーデュラスの右手に持たせている突撃機銃をツァリアスに向け構える。その動作に合わせてツァリアスは左右に揺れる様に動いてサーデュラスの照準を外しにかかる。向かって左に強く機体を振ったツァリアスをサーデュラスの自動照準は正確に追従していく。

「は!獣兵じゅうへいの性能はどれもこれもなにもかも、てめぇのポンコツより俺のこっちが上なんだよ!」クシュタの照準がツァリアスを追い、とらえようとしたその時、ツァリアスはそのロックオンがされる瞬間がわかっているかのように逆方向、右へと鋭く切り返してまたも照準を外す。

 それに釣られクシュタの照準もツァリアスを追いかけるように切り返す。再度ツァリアスを照準にとらえるようとするが今度も鋭く左へ切り替えされこれまた照準を外される。まるでクシュタが引き金を引くタイミングをわかっているかのようにツァリアスはサーデュラスの照準を躱しつづける。

「捉えられねぇ!? サーデュラスなんだぞ!クソ!」射角を広く取ろうとクシュタはさらに後退速度を速くする。それに合わせる様に即座にツァリアスも前進速度を上げてくる。ツァリアスはまるでダンスをするかのようにぴたりとこちらの動作に合わせてくる。そして、単純な機体性能では上回っているサーデュラスより先にその機動速度を戦闘領域に到達させる。恐ろしいほどの機体反応と初速を見せる異常なツァリアスにクシュタは戦慄を覚えはじめる。

「なんで寄せ集めのツァリアスで、ポンコツで!そんな動作ができんだよ!」ありえない動作を見せるツァリアスへの恐怖からクシュタは照準も定めずに突撃機銃を撃ちながら後退の加速をさらに強くかける。徐々にツァリアスとの距離が開く。流石に機体性能の差が効く速度域にまで到達すればそこではサーデュラスに分がある。離れゆくツァリアスを見てクシュタは平常を多少取り戻す。

「そうだよ。そうだ。そうなんだよ。そう。これだよ。機体性能はこっちが上なんだ。落ち着いてやりゃぁどうってこたねぇ!」相変わらず鋭い切り返しの繰り返しでこっちからツァリアスへの照準は定まらないが。後退を続けるサーデュラスは眼前のツァリアスを引きちぎっている。

「見てろぉ。機動がどんだけで来ても回避出来ねぇ攻撃してやる。あとの陣地制圧なんて知ったことかよ!」クシュタは残っている誘導弾全てを憂さ晴らしにツァリアスにぶち込もうと考えた。派手な爆発でさぞ胸のすくことだろうと、クシュタは切り返しを繰り返しながら右へ右へと機動を繰り返すツァリアスをにらんだ。笑みすら浮かび始めたクシュタの心に生まれた余裕。それはサーデュラスが後方警戒アラームを突如けたたましく鳴らしたことで吹き飛ばされる。

「なに!?壁!?」サーデュラスは全速で後退をしている。搭乗者のクシュタの反応、反射ではその警報に全く追いつかず、クシュタのサーデュラスは陣地の中で燃えている格納庫の残骸に大音響とともに突っ込んだ。

 格納庫を囲んでいた陣幕、鉄パイプ、中にあったアラキバマの準獣兵じゅんじゅうへいの部品。ありとあらゆるものを辺り周囲に派手にまき散らしながらサーデュラスは格納庫の深くまで突っ込み停止する。

「なぁ!?くっそ!」一転して陥った危機的な状況に焦るクシュタの真正面にはツァリアスがすでに突っ込んできている。そいつは加速したまま脚部の左前脚だけを器用に持ち上げ振りかぶる。

「なんで高速走行中で足が。機動獣兵きどうじゅうへいの脚がなんで持ち上がるんだ!あんなに!ありえんぞ!」四脚をもって地を駆ける獣兵じゅうへいがその足を殴りつけるかのように振り上げる。そんなことは一般の獣兵じゅうへい乗りでは想像すらできない事だった。クシュタは僅かな希望に賭けて突撃機銃を構えようとするが、突っ込んだ格納庫のガレキが機体サーデュラスのそこここに引っかかり思うように動かせない。彼がもたもたしているわずかな間に目の前に迫ったツァリアスは、クシュタが操るサーデュラスの操縦席目掛けてその左前脚を終止符としてまっすぐに突き立て機動獣兵きどうじゅうへいサーデュラスの息の根をクシュタもろともに止めた。


 勝者たるツァリアスは、敗者たるサーデュラスの残骸から赤黒くなった左前脚を引き抜くと、サーデュラスの携行していた突撃機銃とそのマガジンを当然のごとくに手早く奪いとる。そしてさらなる追手が来る前にと一人、崩壊させた陣地を早々に後にして朝まだ来たらずのとっぷりと黒い惑星ダキンの森の闇へ身を隠した。

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