処分

「先、行っとくぜ。」


 赤ら顔は、突然現れた友軍と思われる機動獣兵きどうじゅうへいとの合流を試みるためアラキバマの軍が展開の際に作った獣道のような轍を通って夜の森の中をカイルに先行してその二つのマーカーの光る方へと一人近づいていく。レーダーに映るマーカーの方も赤ら顔を認識しているのだろう。まっすぐに彼めがけて近づいてきている。


「ここらからなら目視がいけるはずだが。」赤ら顔は望遠をかけたモニターで相手を視認する。夜間対応のカメラが出してくる特有の緑色の画面に映る機動獣兵きどうじゅうへいの輪郭。それは丸みのあるツァリアスの輪郭とは違い硬さを感じる角ばっていた。その輪郭に赤ら顔は見覚えがあった。彼目掛けて近寄ってきている機動獣兵きどうじゅうへいは確かに彼が雇われているジームダルが採用している機動獣兵きどうじゅうへいの一種サーデュラスであった。

「挟撃部隊は俺らより質がいいサーデュラスかい。全く恵まれてるこって…ってこたぁこいつら。もしかして正規兵か?」赤ら顔は彼我の機体の待遇差にごちる。

 赤ら顔やカイルが今乗っているツァリアスは生産性と経済性の高さを戦闘力よりも重視した機動獣兵きどうじゅうへい。数を揃えることは得意であるが、性能的には戦闘で前線を張るには心もとなさが否めない、言ってしまえば弱い獣兵じゅうへい。比べてサーデュラスは戦闘における性能に重きを置いた強い機動獣兵きどうじゅうへい。この二つ並べられれば獣兵じゅうへい乗りは誰でもサーデュラスを選ぶくらいには両者の戦闘性能には明確な差があった。

「まぁ、中身が傭兵だろうと正規兵だろうとどっちでもいい。サーデュラスなら心づえぇやな。」赤ら顔は通信可能範囲に入ったサーデュラスへ向けて通信を開けた。

「こちらツァリアスよりサーデュラスへ。俺は空挺で降下予定だった部隊の生き残りだ。輸送機は迎撃を食らって墜落。その後に輸送機に攻撃を仕掛けてきたアラキバマの対空クソ陣地を今しがた制圧したところだ。」赤ら顔は端的に状況を向こうへと伝える。

「了解した。そちらに向かう。」サーデュラスのどちらかが赤ら顔のそれに短く返答するとすぐさま通信を切る。赤ら顔が見てるモニターの向こう、サーデュラスの速度が上がる。

「おーおー、手柄が目の前だからってがっついてお急ぎなこって。もう、終わってるってのによ。」走り寄ってくる機体に対して赤ら顔はそれを嘲笑うように独り言を言う。モニターに見えるサーデュラス二機の速度はぐんぐん上がる。こちらは味方だと言うのに。赤ら顔はその速度や脇を締めて銃を構えている姿勢に覚えがあった。傭兵の勘が背中からゾワリと警告を上げる。

「いや、馬鹿みてぇに飛ばしてくんな…まるでこりゃぁ……」その速度は移動するという速さを超えて戦闘機動の域にまで達する。そして右手に構える突撃機銃の銃口を、戸惑い始めた赤ら顔の駆るツァリアスに向けた。まるで、敵に狙いを定めるかのように。サーデュラスのその姿に明確な殺意を感じた赤ら顔。その背筋を確信を持った寒気が走り総身の毛がゾワリと逆立つ。

「オイオイ。何だってんだ!」明らかに異常なサーデュラスの動き。それは狩人を思い起こさせる殺意の鋭さがある動き。

 その気に、生存本能が反応した赤ら顔は彼らから距離をとるため、サーデュラスが自分に向けている突撃機銃の射線を切る様に機体を勢いよく斜め後ろに下げる。操縦にこたえてツァリアスはグンッと加速を始めようとする。

「何とか何かの裏に。」このまま距離を取って手近な木の影へ身を隠そうと考えた赤ら顔は次の動きをしようとツァリアスに急旋回の操作をかける。即座、予想外の大きな音と振動がツァリアスの足元から操縦席の彼のケツを突き上げた。

 併せて、赤ら顔が掛けているゴーグルに脚部、動輪の故障情報が出現した。

「っとぉ!?なんでェ。」それでも無理に機体を下げようと赤ら顔はペダルを踏み操縦桿を切る。が、機体は意図したとおりの斜め後ろへの退避機動を取れずその場で大きく旋回をしてしまう。

「左後脚故障!?っつぁ!こんな時に!」その場で大きく回転した赤ら顔の脇をサーデュラスの放った銃弾がすり抜けていく。

「クソったれ!撃って来やがったカスが!」ひしひしと感じていた裏切りの可能性が現実になり、赤ら顔は現実になったそれに即応を始める。

「壊れた脚を地面につけてても意味がねぇ。」赤ら顔は手早くコンソールを操作しツァリアスの姿勢制御の設定をいじって破損した左後脚を浮かせ、その脚への加重を切る。

 赤ら顔の設定に応えて一本足を浮かせたツァリアスの姿勢制御はその3本脚の状況に対応した姿勢の自動的な維持を開始したが、機体はまっすぐと動くことなく蛇行を始める。

「っつぁっちなんだぁまともに姿勢制御しやがれこの!前に乗ったやつぁ3本脚にしてもちゃんとまともに走ったぞタコォ!」まともに操作できなくなった機体。赤ら顔はそれでも幸運から拾ったこの命を生きるため、無理に後退の動作を続ける。

「下がるのも逃げきれねぇか!」蛇行したまま下がりつづけるも一向に上がらない機体の速度に、彼は逃げのみでは無理と覚悟を決めた。

 赤ら顔は自分の機体ツァリアスより格が上で、しかも2機もいるサーデュラスへ突撃機銃を向け撃ち放って迎撃行動を開始する。そして全方位に向けて通信を開放して短く叫ぶ。

「サーデュラス、何しやがんでぇ!こっちは味方だぞ!」必要最低限の情報を告げて彼は通信を切る。


 赤ら顔は自分のツァリアスがサーデュラスに比べて機体の大きさが小さいと言う点を生かすため、今まで通っていた轍のある道をあえて逸れ、視界の効きにくい夜の鬱蒼とした森の中へと機体を大胆に突っ込ませる。生えたいままにぼうぼうに伸びた木々の枝葉が機体にぶつかり音を強く立てていく。けん制のためにサーデュラス目掛け突撃機銃を散発的に撃っているツァリアスの腕部にいびつな衝撃がかかりそれに腕ごと機体を引っ張られ、操縦席が大きく捻じれるがそれも構わず森の中を奥へ奥へと機体を突っ込ませ続け赤ら顔はサーデュラスを撒きにかかる。

「陣地まで下がってあいつと!奴の腕がありゃまだ!」赤ら顔は視界が効きにくく操縦も困難を極める真っ暗な森の中、その暗がりの合間をサーデュラスの放つ殺意の弾丸が騒々しく跳ねまわる中でも傭兵らしくこの状況から生き抜けるための算段を立てていた。

 それは、先ほど制圧した対空陣地まで下がりきり奴らをそこに引き込みカイルと共に迎撃をするという算段。

 その実現目掛けひたすらに駆けるツァリアスへと襲い掛かっているサーデュラスの弾丸の勢いが消える。

「引き離せたか?この森を突っ切れればあの陣地に飛び出せるはずだ。」攻撃が止んだことに生き残る活路が見えたと感じる赤ら顔。そろそろ背後にあるであろう陣地。そこに飛び込んだらすぐ様カイルへと通信を出そうとコンソールのスイッチに手を伸ばす。僅かながら彼の口元に無意識な笑みが浮かぶ。その赤ら顔の耳にツァリアスがあげる警告のけたたましい音が飛び込んでくる。

「!?」驚愕する彼のゴーグルにいくつもの攻性熱源こうせいねつげんの警告が浮かび上がる。

 ゴーグル一杯を埋め尽くすほどに真っ赤に染めて。

 それは対獣兵じゅうへい用の誘導弾が彼目掛け近づいていることの警告。

 通常の戦闘では1機の獣兵じゅうへいに向けられるものではない膨大な数の誘導弾が放つ熱源の警告だった。

「誘導弾!?この数を!俺一人に。」もはや絶望的な状況の中でも生き残ろうとする彼は虎の子と残し続けていた肩のロケット弾を撃ち、突撃機銃をも残弾を気にせずに撃ちまくる。生きることを望み叫びながら。その彼の生存への渇望は襲い来る誘導弾の群れの内いくつかを撃ち落とす。しかし、戦力の差という物はいつも非情なものだ。

 奮戦むなしく誘導弾が一つ。二つと、彼が精いっぱいに張った弾幕を潜り抜け、彼のツァリアスの命の喉元へとあやまたず正確に食らいつき赤ら顔の命を貪った。



 カイルは制圧した対空陣地内で停止させているツァリアスの操縦席で赤ら顔が発したノイズだらけの最後の通信とそれに続き夜の闇と静寂を割く様に沸いた数多の戦闘の閃光と音。

 そして最後にひと際大きな獣兵じゅうへいの爆発を目撃する。カイルは両の眼を無意識に閉じてしまう。

 赤ら顔の彼が散ったのだろう。

 友軍への合流を試みた彼のあまりにも早くあっけのない死。しかもおそらくは友軍によってもたらされた死。

 それを悼む、憤る、怒るなどと感情を起伏させる暇などない戦場の今。

 自分自身の生き残りのために対応しなくてはならない敵。わずかな間だけの思考をして彼は目を開き

「奴らがそうなら。…次の標的は俺か。」

 カイルは赤ら顔が残した情報を整理する。

「敵はサーデュラス。それが2。あいつの爆発の規模からして対獣兵じゅうへい以上を意識した兵装……サーデュラス。サーデュラスか。」カイルは状況から勝ち筋を手繰る。

「サーデュラスを複数はツァリアスで相手するべきものではないが…しなくてはならない。森を利用するか?いや、不規則に林立する雑木はこちらの機動性をも低下させる。よって森を逃避するのも難しいだろう。」どうするかを考えている間カイルは無意識に口元を覆うように顎に手を当てる。

「あの赤ら顔をした傭兵は森でやられた。爆発の規模からして誘導弾は十分に想定できる。なんにせよ、奴らの武装への対処ができなければ逃げることは難しい。」カイルは逃げることをまず考えたが、今、自分がいる森に囲まれた陣地というロケーションと赤ら顔の最後がそれを不可とさせた。

「ならばここに引きずり込む。」カイルはいまだ煙と炎が立ち込める闇の対空陣地内でサーデュラスを迎え撃つことを決意し、ツァリアスの操縦桿を握った。


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