緊急降下
自分たちが落とされる前提の囮とは誰一人として知らない者どもを乗せ死出への飛行をしている輸送機。その格納庫で降下補助機の上に居るは
「作戦に参加する傭兵は四名。それは、一号から順繰りに降下していく。」カイルは四号。つまり一番最後に降下することになる。
「降下後は森の中にあると思われる敵主要陣地をいち早く発見強襲し、地上を進んで来た後続部隊と共にそれらを順次制圧していく。」
降下への待機が続くカイルの操縦席にけたたましくアラートが鳴り響く。
「!?」少しの後、輸送機が轟音とともに大きく揺れた。
「攻撃!?対空の空白地じゃなかったのかよ!?」通信に誰かの動揺する声が流れる。被弾で発生した火災の煙が広がり始める格納庫。突如輸送機後部ハッチが開いて格納庫に風が渦巻く。何故かを確認する間もなく、大きな音共に一号機が後部ハッチから煙と共に惑星ダキンの夜空に放り出された。
輸送機は対空砲火の中、それでも与えられた任務を遂行せんがために
二号機までもが連絡も何もなしに降下させられたところで続く三号機が開始された無謀な降下から逃れるために降下補助の滑空機を自らの機体からパージしようとする。
「冗談じゃねぇ!こんな状況で降下なんてできっかよぉ!」恐慌した三号機が叫ぶ通信が聞こえる。それでも攻撃を受け続け、大きく揺れ続ける輸送機内で分離も不完全なまま三号機の降下が開始される。三号機を操る傭兵は悪あがきとばかりに喚きながら機体の手足をあらん限り伸ばし格納庫を掴もうともがくが抵抗もむなしく三号機は伸びきった手足をみっともなくばたつかせながら叫び声とともにガバリと空いている後部ハッチの口に吸いこまれ、殺意が光る夜の闇へと飲まれ落下していった。
「四号機降下開始する。」
最後に残されたカイルは冷静に降下を開始する。機体の乗る降下補助機の繋止が解放され一度大きく揺れる。
が、彼のツァリアスは後ろにあるハッチの方へと移動をしない。
後方をモニターで確認すると三号機が残した降下補助機が擱座しており、カイルの機体の降下の邪魔をしていた。
「!」
カイルはすぐさま自らの降下補助機を放棄するとツァリアスを後ろ向きに跳躍させ、擱座している三号機の降下補助機を飛び超えてハッチの外、夜明けまだ来ぬ闇夜の空へと機体を躍らせる。
一瞬にして機体を包む惑星ダキンを夜に浸す冷気。その冷えきった、死体のぬくもりを予感させる戦場の冷気が
この時、カイルが感じた感触。これを形容する言葉として適当なものとしてあげられるとすれば死であろう。
「(いつもの奴だ。戦場に、死の眼前に身をさらしたことの証。証明。今回は風か。)始まる。」カイルは強く息を吐きその死の風縛を慣れた様子で己が身から、ツァリアスの操縦席の外へと吹き散らす。
そして生きる、生き残るための行動を開始する。
「機体の体勢の確認と降下姿勢を。」カイルはゴーグルに映る高度や機体の傾斜の具合、モニターに映る夜の眠り深きダキンの風景に見える星と空と、地上、それら二つの境目たる地平線を確認して今の自分の体勢を認識するとツァリアスの四脚の足を広げ空気抵抗を作りさらに降下装備の減速用バーニアを操作し姿勢を整える。
眼下に斑にある森が何度か光る。
「追加の対空!」猛スピードで降下しているカイルの横を、
カイルは輸送機を襲った対空攻撃の軌跡から敵陣地の在る場所のあたりをつけるとそこ目掛けて機体に装備されているロケット弾を牽制のためありったけ発射する。ロケット弾の発射を確認したカイルは周囲に眼を配る。
別の森がまた光り、カイルの傍を赤熱した何かが通り抜けていく。
どうやら対空陣地は複数あるようで別の角度から違う対空砲火が降下させられている彼らのツァリアス目掛けて襲い掛かってくる。
「複数の陣地。濃密な対空射。悠長に降下している時間はないな。」カイルはそう判断すると生存確率を上げるためにツァリアスの四脚を窄め花のつぼみの様に機体を小さくまとめる。
「他の機体はどこだ。生きているか。」少なくとも一号機、二号機の降下は適切に行われていた。ゴーグルに映るレーダーにカイルは彼らの物らしき反応を見つける。それらはカイルより上空を飛んでいた。
「二つとも高度が高い。まだ降下補助の滑空翼に乗ってるのか。」カイルはそれらに向けて通信を出す。
「残ってる機体!あれば降下補助の滑空翼を放棄しろ。悠長に飛んでると対空砲火に狙い打たれるぞ。」聞こえたのだろうレーダーにある一機の高度表示が急速に低下を始める。彼は降下補助機を放棄して自由落下を始めたようだ。だがもう一機はいまだ滑空を続けていた。
「繰り返す!降下補助機を捨てろ!死ぬぞ!答えろ!」カイルは続けて何度か通信を出すが聞く耳を持たないのか一向に降下補助機を捨てない。
「これが無くて落下傘と減速用の墳進器だけでどうやって地面に降りろってんだ!どうやったって地面にぶつかって死んじまう!おしまいじゃねぇか!」通信で叫ぶ声が返ってくる。
「安心しろ!装備されてる降下装置にはツァリアスを降ろすだけには十分すぎる性能はある!」カイルは通信相手に決断させるため力強く断言する。
「誰がてめぇの言うことを信じろってんだ!」通信の先の彼は頑なに降下機を捨てようとしない。ほどなくして彼の降下補助機に対空砲火の赤い弾が命中して、彼はボッと火の手に包まれる。続けて二度、三度と。そして最後に大きく爆発をして誰とも知らぬ同舟の彼はカイルの目の前でダキンの空に散った。
散った彼に見切りをつけ、カイルは自らが生き残るためだけに行動を続ける。機体をどんどんと加速させ、襲い掛かる対空砲火の網の下へと潜りこむ。潜り切ってからもさらに自由落下の降下を続けさせる。
「装備が許容している限界高度まで…。」降下装備の出力で安全に落下できるギリギリの高度。対空攻撃をかわすためにそこまでパラシュートを開くのを我慢する。限界高度に達する直前、窄めていた脚部を傘の様に大きく開き着陸態勢をとる。併せて降下装置のバーニアを強く吹かし減速をかけ、パラシュートを開き最終降下に移る。
「ぐっぅ!」通常ではありえない降下速度からかけた急速な減速の負荷にカイルは短い痛声を上げる。意識を失いそうになる加重。カイルは深く長く息を吐き続ける。その負荷を耐え抜いたカイルは降下位置を探し、森の切れ目に在る原野を見つける。カイルは意を決しパラシュートとバーニアでもって機体を操作してそちらへと降下する。
「攻撃してきたアラキバマの陣地に近い。のんびりと飛んでいるわけにはまだいかないな。」普段の降下より高い位置でパラシュートを切り離し、バーニアを吹かしてその推力だけを頼りに着地をする。地面をツァリアスの四脚がとらえるのを体感で確認すると降下バーニアを即座に
カイルは自らが撃ち込んだロケットが起こした火災の光と煙を目印に夜の戦場の中でアラキバマの対空陣地を捜索する。ゴーグル上にアラキバマの
「見つけた。」樹の間を縫ってツァリアス一機の単騎駆けでもってカイルは敵陣へと強襲をかける。
ペダルを深く踏み込み装輪の回転数をフルスロットルにして敵の対空陣地を囲む土塁を駆けあがり一気に乗り越える。目の前に見えるのは夜の闇の中で、ロケット弾による火災とその混乱に包まれた陣地。そこでは迎撃のための怒号と、被弾に怒る罵声と、負傷が呼ぶ死の恐怖からの助けを求め叫び生を懇願する声が方々で上がっていた。
カイルは手近に見えた対空ミサイルらしきものを行きがけの駄賃とばかり突撃機銃でもって手早く無効化すると敵陣地の内、深くへと切り込んでいく。
「まずは
「他に危険対象は?」カイルはゴーグルに映るセンサーがとらえた音源の情報とモニターに映る陣地の映像から敵の兵力と配置を推測する。
「何らかの
「足三つ!ならば、ヴァスキスか。」カイルは迎撃してきた存在をモニターで確認する。陣地を燃やす火の赤い色に照らされたそれはツァリアスよりもさらに小柄で足が3つという特徴的なシルエットをしたアラキバマの
「夜の中でアレに動き回られては厄介だ。早めに仕留める。」
このヴァスキスとはメリトーサでを含めて幾度も戦った経験があるカイルはその敏捷性の高さと小回りの良さを承知していた。ゆえにちょろちょろと陣地内を動き回られる前に早々に仕留めたかった。
「横に入れば。」カイルは軽量・三脚という特徴からヴァスキスに存在する大きな弱点である横方向の力に対する不安定性をつくためにツァリアスのホイールを唸らせて敵機の横に素早く回り込み、自機を直接ヴァスキスにぶつけて押し倒す。
横倒しになりもがくヴァスキス。その操縦席目掛けてカイルは突撃機銃を撃ち鮮やかにそれを撃破する。
「次。」音響探査のレーダーにとらえている敵機のマーカーは後3つ。
「サイズ、音源からして全部ヴァスキスか。」建屋を挟んだ向こう遠くに二つ。建屋と、先ほどカイルが破壊した格納庫の間らしき場所をこちらに向かってきている者が一つ。カイルは撃破したヴァスキスが持っている銃を分捕る。
「こいつで誘う…」とカイルは拾い上げたそれを向かってきているヴァスキスの反応がある方向目掛けて放り投げる。もくろみ通りその銃目掛けてだろう近づくヴァスキスの放った銃撃の光が飛んでくる。カイルはその銃撃が止むや、すぐさまその空いた射線にツァリアスをスライド移動で滑り込ませる。
通路の中ほどで停止しているヴァスキスをカイルはキッチリ正面に捉えその胸、操縦席を目掛け突撃機銃をうならせて沈黙させる。
「残り2。」空になった銃のマガジンを手早く交換しつつレーダーでマーカーを確認していると残っていた敵機の音源マーカーがプップッと立て続けに消える。
カイルが理由や状況を推測する間もなく、聞き覚えのある声の通信がとんでくる。
「よぅ、お互いちゃんと生き残ってんなぁ。良いこった。」それは赤ら顔の通信だった。
「あんたも降下成功してたのか。何よりだ。」
「船の中で言ったろ。経験がちがわぁな。」通信の向こうで赤ら顔はガハハと笑っていた。カイルはレーダーに敵影が無いことを確認すると手近な建屋の陰に機体を停止させる。
「ここは戦場のど真ん中だ。必ずまた戦闘が発生する。」そして静かになった陣地の中で次の衝突に備えてツァリアスの各部の点検を始める。
「機体各部の損傷は……やはり降下の影響で脚部の反応が下がってるな。」ゴーグルに映るツァリアスの各部の状況。今しがた一戦を交えたのだから機体のコンディションが悪化するのは当たり前であるがその中でも脚部は特に状態が悪化していて、ゴーグルに表示される数字が正常を示すグリーンの表示から注意を示す黄色に変化していた。
「無茶な降下だったとはいえ脚はかなりの悪化をしているな。程度の変化が妙に早い。」カイルは今まで乗ったことのあるツァリアスよりも早く脚部の健康度が悪化していることを訝しむも続けて機体装備の状況を確認する。
「突撃機銃の残弾は弾倉あと六つ。無誘導弾には不発があるだと?」大よそ不発などないはずの装備での不発と言う状況をカイルは驚く。
「放棄したほうが賢明か。」カイルは不発弾がつまったままの危なっかしい肩部ロケット砲のパージを始めた。カイルが次に向けての作業を淡々と進めていた操縦席、開いたままにしていた通信にノイズが乗った。続いて赤ら顔の声がする。
「援軍のご到着だ。」その言葉にカイルはレーダーを確認する。確かに友軍の
「挟撃する予定だった部隊か?」カイルはその存在の行動意図が何かを作戦行動の計画から推測する。
「あぁだろうな。ここらにゃそれの他にゃありゃせんぜ。」開いたままの通信の向こうで赤ら顔が同意する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます