降下準備

 その選抜傭兵の一人、カイル・リオラは輸送機内において自分の命を預けるツァリアスの操縦席の中に居た。

 輸送機の両翼のエンジンがけたたましく鳴く防音乏しい輸送機の中でツァリアスの乗降口を開けたままの操縦席で彼は機体の各種情報が表示されているゴーグルをかけ、ツァリアスがそこに提示する情報を読み上げながら丹念に機体の状態を確認していた。


「情報表示正常。脚部。4本ともに計測値に異常なし。脚部ホイールの信号応答…異常なし。反応粘体はんのうねんたいの反応速度…問題なし。降下補助機との接続状況も正常。降下装備との接続。正常。」


 機動獣兵きどうじゅうへいの脚部は4本。そのそれぞれの状態がモニターに表示されていく。カイルは指でその情報をなぞりながら確認していく。

 それぞれの脚の先にある重量を支える足の裏を兼ねた高速走行用の装輪の状態。

 動作時の衝撃や振動、捻じれを緩和するために各関節に配してあるサスペンションの反応粘体はんのうねんたい。その反応速度。

 それら戦場での機動を支える脚部を含め機体各部のパラメーターが正常基準値の範囲内を表す緑色表示に納まっているかや、今回の降下作戦用に追加された装備やツァリアスが降下の際に乗る降下補助機の状態など、彼が戦場において自らの命を預けることになるツァリアスの状態を一つ一つ、つぶさに確認しながら機体の状態とクセを把握していっていた。そのカイルに声をかける男が一人いた。


「念が入ってることだな。あんた。どうも見たところ身綺麗だし若ぇなりしてるが…傭兵は初めてなのかい?あんた。」同乗の傭兵の一人で赤ら顔をした傭兵が酒の匂いをプンプンとさせながらカイルに声をかけて来る。が、カイルは手でもって彼の会話を遮り、返しもせずに機体ツァリアスの確認を続ける。

 そのぶっきらぼうな対応に赤ら顔は露骨に表情をしかめたが、カイルはそれを気にすることなくゴーグルとモニターそれぞれに映った機体の状態値の確認を続け、ゴーグル越しのモニターに映る外部の映像情報とゴーグルに表示されるセンサー情報の連動の確認までの全てを終えてからゴーグルを外す。

 そうしてようやくとカイルは顔を上げ、彼に話しかけてきた男へと顔を向ける。声をかけて来たその赤ら顔の男は、壮年を抜けつつあるような、かなりの年季を顔に刻んだ大柄の男だった。

「待たせてすまない。ここの前は西の方のメリトーサ。あそこの要塞の防衛戦にいた。」カイルはその赤ら顔がしていた問いかけに短く答えた。

「あんた。話せる相手だな。」赤ら顔は返しが来たのがうれしいのかぶっきらぼうな対応をしたカイルに対し笑みを浮かべ、話を続ける。

「それに比べて辛気臭いねぇ。あの二人は。話しかけてもうんともすんとも返してこねぇ。全く。これから共に戦場に行くってのによぉ。」輸送機内に並ぶツァリアスは4機、ならば当然搭乗者も四人。カイルと赤ら顔、彼らの他にも二人雇われた傭兵がいるがどちらも口を真一文字に結んで周囲を排除するようなピリピリと緊張した、神経質な気配を格納庫内にまき散らしていた。


 その残りの二人を見回した赤ら顔は、戦場に向かうただ中だというに腹も決めきれずにいまだ神経質な様子の二人を豪胆に笑い飛ばすと、飲むかい?と右手でそっ首をつかんでいる酒のボトルをカイルに差し向けて来た。

「見た感じ若いがもういけるんだろ?」赤ら顔は促すようにボトルを掲げる。

「申し訳ないが、俺は下戸だ。」カイルは薄く笑いながら返した。

「なんでェしけてんな。…お?」赤ら顔は口をとがらせて言いながらカイルが丹念に確認していた操縦席に眼を向け、あることに気づく。それを確かかと再度確認してから軽く笑んでから赤ら顔は口を開いた。

「あれだけしっかり確認してたってのに抜かってんなおめえさん。獣兵じゅうへい乗りにとっちゃ一番大事な機体の自動姿勢制御が切れてんぞ。おら。」消灯しているランプをコンコンと指で叩いて赤ら顔が指摘したそれは獣兵じゅうへいの移動時や戦闘機動時に機体のバランスを自動制御する機能。二足歩行である人には多すぎる機動獣兵きどうじゅうへいの4本の脚。それらの制御を自動化することで煩雑かつ感覚外な操作から搭乗者を解放するために備わっている重要な操縦補助機能である。大抵の獣兵じゅうへい乗りはこれを活用しないと機体の操縦に集中できないほどに頼り切っている、獣兵じゅうへいにおける要のような機能だった。

「それはそれでいいんだ。いつも切っている。そっちの方が扱いなれている。」カイルはその獣兵乗りの生命線の本線と言えるような補助機能を自発的に無効化していると言い放った。

「切ってるってお前、じゃぁ4本もある脚の制御を全部自分で操作してんのか?てめぇの足だけで!」とんでもないことをあっさりと言ったカイルの言葉に赤ら顔は酔いがさめる様に驚く。大声と共にカイルに吹き付けてくる彼の酒臭い声を手で払いちらす。

「それで扱いに慣れてると、いくら便利でも勝手に制御される方が気持ち悪くなるものさ。」今までの戦場でもさんざ聞かれ、切っていることに驚かれることに慣れているカイルは慣れた言葉で返す。そのすっぱりとスッキリな返しをするカイルに好感を持った赤ら顔はまたも笑う。

「やるねぇ、あんた。そういやぁ前はメリトーサの要塞にいたっつってたな? メリトーサって言やぁジームダル防衛の要衝じゃねぇか。稼ぎが良くて仕事も楽って誰もが言うし、あそこは傭兵の天国だって話も結構聞く。そんなとこで稼いでた奴がなんでこんな最前線の無茶な作戦に…。あんた今回の仕事何するかしってんのかい?」赤ら顔はカイルの口から出て来た都市の名前、そしてそこからこっちに転戦してきたことにも驚いていた。

「ジームダル軍の獣兵じゅうへい大隊がアラキバマ前線を抜くための大規模作戦。その支援のためにアラキバマの主要陣地後方へ向けてアラキバマの対空の空白地を縫っての空挺進出。それが仕事だ。」カイルは端的に作戦概要を述べた。

「そうだよ。メリトーサみたいに要塞砲やゴライエなんかの手厚い援護の中でアラキバマの連中を適当にあしらって潰す楽な仕事とはわけが全く違うアブねぇヤマだ。メリトーサで楽に仕事できてたんならなんでまたこんな命捨てるようなところに来てんだよ。」担保された安全の元で闘えると言う破格の条件で仕事ができるメリトーサの防衛から最前線の殴り込み部隊へと来たと言うカイル。普通の傭兵であればまず取らないであろうその行動に赤ら顔は呆れていた。

「!。もしかして向こうでなんかやらかしたのか?」赤ら顔ははたと頭に浮かんだ理由を口に出す。

「いや、そんなことじゃないさ。ただ単にあっちよりここのほうが稼ぎがいいんでね。傭兵の大義だろ。金は。」カイルは傭兵らしく単純な理由を言った。

「金があっても命が無けりゃ使いようもねぇだろ。もっと大事にしろ。」年長である者の務めという物だろうか、赤ら顔はあったばかりだというに若いカイルを諫める。

「そこまで言ってくれるあんたはなんでここにいるんだ。」カイルの放った侮蔑も含んだ言葉に赤ら顔は自信ありげの顔をした。

「そりゃ、俺にはここでも死なないだけの腕があるからだよ。なにせ、俺はここよりさらにあぶねぇ前線のキンマダで半年も生き残っている猛者だからな。なら、そこより稼ぎがいいところでとっとと稼ぐのは当然だろ?傭兵は老い先みじけぇんだからな。」赤ら顔は自信満々に自分の胸を叩いて自慢を締める。カイルはその赤ら顔の言葉に苦笑する。

「稼ぐ。結局あんたも一緒じゃぁないか。」

「ちげぇねぇやな。」赤ら顔はカイルの揚げ足取りも気にせず酒臭い息で豪胆に笑う。



「そういや、しっかり確認してたがどんなもんなんだい?こいつらは。見てくれはちゃんとしてるみてぇだが。」赤ら顔はツァリアスのモノの具合について尋ねてくる。

「表示される状態には問題はない。装備も手持ちの火器にジームダル獣兵じゅうへい制式採用の突撃機銃。肩部に無誘導弾と火力も申し分ない。加えて突撃機銃の予備弾倉も十分に配られている。腕があればこいつでも十分にやれるだろう。」カイルは確認したパラメータから感じ取ったことを正直に答える。

「そいつは俺の眼でもわからぁな。それ以外の降下用の部分だよ。」

「降下補助の滑空機のことか?こいつはジームダル標準のものだ。ツァリアスも対応している。」

「あぁ、こいつらは基地に駐機されてるのを時たま見るし使ったこともあるが。そっちじゃねぇんだよ。」流暢だった赤ら顔の口は、先ほどまでとは打って変わって歯切れがわるくなりごもる。

「その、あれだ。俺ぁこの手の落下傘の空挺降下装備を使ったことがなくてよ。何分、そんなもんでな。塩梅や具合。それこそ支給されたこれがちゃんとした物なのかすらちょっとわからなくてな。」赤ら顔はツァリアスの背中に大きな背嚢の様についている降下用の装備を指して言う。

「落下傘や減速につかう墳進器のことか。これらはサーデュラス用の転用だ。ツァリアスより大きく重い獣兵じゅうへいのサーデュラス用なのだからそれより小さくて軽いツァリアスなら楽に降ろせる。基地で説明された手順で展開させれば心配するところなどなにもないさ。」カイルの説明を聞いても赤ら顔の表情は暗かった。

「できるさ。歴戦のあんたなら。…なにさ。初めてつかう装備でもなんてこたぁなく手足の様に使えるはずさ。あんたの経験。それがあんたをそうさせるはずだ。傭兵はそういうもんだろ。」カイルは軽く冗談めかして励ましを言う。



 その、カイルと赤ら顔の話を切る様に格納庫内にけたたましくブザーが鳴り響く。


 それは輸送機の機長からの通信の合図。赤ら顔とカイルは格納庫にあるスピーカーをにらみ、ブザーに続くであろう作戦開始の指令を目つき鋭く待つ。マイクが入るノイズが聞こえていよいよ作戦が告げられるのかとカイルたちは緊張で身をこわばらせた。


「私は機長のミシュティマである。我々がすでにアラキバマの支配域に侵入していることは諸君らもすでにわかっているだろう。まもなく、諸君らを空挺降下させる地点に到達する。到達し次第直ちに諸君らの降下を開始する。この空挺進出は電撃的な作戦であることは言うまでもない。各員準備を怠らぬように。そして、作戦成功の報告を皆で届けてくれることを切に祈っている。」やけに節回しのされた長ったらしい言い回しで作戦の開始が告げられた。

「はッ!出発ん時の隊長さんといい、傭兵相手だってのに泣かせる演説してくれるこったぜ。」二人とは別の傭兵の一人が機長の通信をヤジりつつ支給されたツァリアスの操縦席へと潜る。

「そろそろか。…じゃぁ、互いに今日も生き残ろうや。」赤ら顔はカイルの肩を軽く叩くと自分の乗機に向かう。カイルはその男の背中に「あぁ。」と短く返すと出撃準備を始める。ツァリアスの操縦席に座り、機体各部の状態や周囲の情報が表示されるゴーグルを装着し、その位置とフィッティングを入念に確認してツァリアスの動力部に火を入れる。

 幾度かの機械音と制御装置の機動チェックをするプログラムの出力がゴーグルの上を下から上へと走っていく。そのシーケンスがクリアされるそのたびにツァリアスはビープ音を、鳴き声の様にカイルの耳に聞かせる。少しして操縦席に据え付けてある複数のモニターにツァリアスの周囲、輸送機内が投影される。それをカイルはゴーグルの向こうに確認する。カイルは一度確認しているにもかかわらず首を振りゴーグル越しに見えるモニターの映像とゴーグルそのものに表示される各種情報が連動するかを入念に再度確認する。

「頭部投影、機体投影ともに異常なし。輸送機、こちらツァリアス四号。通信は良好か?」一人では確認できない通信の確認のために輸送機の通信士に対してカイルは声をかける。

「ツァリアス四号。良好だ。」輸送機の通信士からの声がクリアな音声で返ってくる。

「ツァリアス四号も良好を確認した。これより待機に入る。」通信にそう告げたカイルは開け放たれたままであったツァリアスの操縦席を閉じる。いよいよ外光が完全に遮断され、モニターの明かりといくつかの計器が放つ光のみが狭い内部を照らす暗い操縦席の中でカイルは一人、いつ作戦行動が開始しても問題ない様に機体と自らの心を戦闘へと向け続けた。


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