第24話 未来への扉

 仁徳駿太は複雑な思いで捜査課を後にした。自身は無実が証明され釈放されたが、友人だと思っていた幸田真人が真犯人だったなんて考えもしなかった。

墨田署の玄関の向こうに見える空が輝いている。何処までも青く自分の釈放を喜んでくれてるように感じる。そしてその空の下に期待通りに一番の笑顔の爽香が待っていた。

「ただいまっ!」

「おかえりなさい」

で始まった会話。僅か二週間余り会わなかっただけなのに随分会ってない気がして、話したいことが次から次へと湧いてくる。

手を繋いで歩き出し互いに行先も言わず只管喋った。

駿太は至福の時だと思った。

一時間余り歩いて気付くと岡引探偵事務所の前まで来ていた。

顔を見合わせて階段を上がる。

「こんにちわ~」駿太が少し大きな声を出す。

「は~い」

返事を耳にしながら二階の事務所に着くと、岡引探偵事務所の家族全員と和崎恵が駿太と爽香を笑顔で迎えてくれている。

「おかえりやす」

静母さんの声に合わせるように皆が

「おかえり~」と釈放を喜んでいる。

駿太は思わず目が潤む。

「ただいまぁ、みなさん、ありがとうございました」

駿太が言って爽香も深々と頭を下げる。

数馬と和崎が二人の手を引いてくれてソファに座る。

 

 静が応接テーブルに封筒を置いて言った。

「先ず、これお返ししますよって、収めてくだはりますか」と。

駿太は何のことか分からず「なんですか?」と訊き返すが、爽香が

「いえ、これは駿太を助けるための調査費用ですからそちらで収めてください」と返す。

――あ~なるほど――

駿太も意味が分かって「本当に感謝しかありません。数馬や皆さんが居なかったらと思うとぞっとします。だから調査費は収めてください」と頭を下げる。

「せやかて、お預かりするときのお約束で、駿太はんが無罪なら頂かない、そうでなかったら頂くと言ったはずでおます。それに、他から同じ調査依頼を受けて仰山調査費頂いているさかい、な」静が微笑む。

「それに、釈放のお祝いどす。これで、二人でお祝いしとくれやす」

「はぁ、でも……良いんですか?」

爽香の言葉に全員が間髪を入れず、頷いた。

駿太は爽香と顔を見合わせ、皆の方へ顔を向けて「ありがとうございます」一緒に頭を下げた。

「ほな、探偵事務所として調査成功のお祝いで、十和ちゃんとこのラーメンでも食べまひょか?」

静の掛け声に「は~い」大合唱して数馬がケータイを取り出す。

 

食後のコーヒーをみんなで啜っているとき爽香が

「駿太、後で私の秘密聞いてくれないかしら?」と、突然囁いた。

「えっ、良いのか?」駿太が驚いて周りを見回す。

「え~、駿太が逮捕されている間に考えたの、隠し事はいけないって」

駿太は爽香がそう言ってくれたことが嬉しかった。

「じゃぁ、ここで言いなよ」

「え~、でも、こちらにご迷惑じゃ」

「俺たちが聞いても良い話ならここで話してもいいよ。なぁ静」と、一心。

「え~、よろしおすえ」

ほかの皆も頷く。

 

 爽香が少し間を置いて駿太に目をやってから語り始めた。

「……私の両親は随分前に離婚してて、今、母は若年性のアルツハイマー病で施設に入ってるんです。もう四年になります。それで、……その費用とかを今は離婚した父も負担してくれているんですが、いずれ歳がいったら私が全額負担しなくてはいけなくなるんです。だから、……駿にその事を言ったら私から離れてしまうんじゃないかと思って、怖くて言えなかったんです」ところどころ言いずらそうに駿太を見詰めるが駿太はにこにこして頷いている。

 

「それと、駿太も私がほかの男の人と付き合ってると思ってるみたいなんですが、その人は私の実の父親なんです。一月に一度くらい出張で東京へ来た時私も一緒に泊って色々喋ってたんです」

聞いてた数馬が

「それで、爽香さん、秘密ってなんだ?」

と、訊く。

一瞬、全員沈黙したがすぐに大爆笑になる。

「えっ、なんか変な事言った?」

数馬だけちんぷんかんぷんだという顔をして周りを見回している。

駿太は我慢できずに大きな口を開け腹を抱えて笑ってしまった。隣を見ると爽香も大笑いしている。

和崎も。秘密を秘密と受け取れない数馬の感覚が可笑しくて……

それに、そうなのだ、一心らの調査で爽香の今言った秘密はすでに全員知っていたのだった。

「爽香はん、そんな程度のことだちゅうこってすわ」と、静。

「駿太はんもお父さんから言われた殺人のこと、爽香はんに隠すことなんかおまへん詰まらん話ですわ。だって殺人なんかしやしまへんですやろ! 二人ともひとり思い悩む前に話したらよろし。それで、何か有ったらここへ来ぃ。あてが何とかしますさかい。な」

二人は大きく頷いて笑い過ぎで溢れる涙を拭いた。――笑い過ぎのほかで溢れた涙も……

……駿太は数馬と知合えたことに感謝しても感謝しきれない……そんな風に考えていた。

 

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