第23話 親子

 翌日から数馬と一助は「桜屋」から出て来た人物と飯田律子の写真を携えて向島界隈を再び歩いた。

二人とも前回とは違って足取りも軽く、速い。

何より、来たことがあると証言してくれた店の店員にその写真を見せると、「間違いない」と言ってくれたのが何より駿太の無実を確信する大きな根拠になっていた。

 その店の近くの居酒屋でも「来た事あるよ」と言って座席の位置や注文した内容まで話してくれた。四日間で四件の証言を得て内容を一心に伝えた。

 

 数馬と一助は新たに浮き上がった人物の家の近くの監視カメラのある店やマンションなどを探し、浅草署の田川刑事の力を借りて映像チェックの許しを得て行った。

五台の監視カメラで三十数件のタクシーを降りる客の姿が写し出されていたが、顔がはっきり写っていないので、タクシー会社や車番を特定してその運転日誌の乗車場所を見て該当車を絞り、その車内カメラの映像を確認するという根気のいる作業を続けた。

 

 四日目一助が車内カメラの映像にその人物を発見した。向島のホテルから数キロ離れた飲食店街から事件のあった翌日の午前一時過ぎに乗っていた。

田川刑事と三人で労を労った。

一心も「数馬と一助の執念が発見させてくれたな」と二人の肩を叩き褒めてくれた。

 

 

 丘頭警部は任意で幸田真人を浅草警察署に呼んだ。墨田署の増山捜査課長には連絡を入れ市森刑事が同席することになった。

「幸田さん、ここへ呼ばれた理由分かりますね」丘頭警部の優しい言い方で尋問は始まった。

首を横に振る幸田に警部が一つ一つ質問を重ねてゆく。

「あなたと飯田真二さんの関係を教えてください」

「親子」ボソっと答える幸田は丘頭警部に目を合わせようとしない。

「飯田律子さんを知ってますね?」

訊かれて一瞬ピクリと身体を動かしたのだが……。

「……」

「向島の数店で一緒にいたことを確認済みなんですが?」

そう責めると

「知ってます」と下を向いたまま答えた。

「どういう関係なの?」

と訊かれまた一瞬身体をピクリと動かすが無言。

「一緒にラブホテルに入るところが監視カメラに写っていたんだけど?」

モジモジと言うかウジウジと言うか、女々しい幸田に丘頭警部はいらっとしてきつく言った。

「はい、そういう関係です」

幸田が不倫を認めた。

「でも、あなた、あなたの実の父親の奥さんだって知ってて付き合ってたの?」

 ―― アダルト映画じゃあるまいし、なんで義母とホテルなんか行くかなぁ? ……

「えっ、え~、まぁ」 ――幸田の返事に、丘頭警部は呆れるしかなかった。

「声かけたのどっち?」

「……俺」

「若い女性なんか夜の街歩いたら沢山いるのにどうして? その時義母だって知ってたわよね」

「え~、いやぁ……」幸田は言葉を濁してはっきり言わない。

――そりゃそうだわ。実父から殺害してくれって頼まれてたから声かけたんだろうから、言えるわけないわよね……

「で、どうして殺した!」

丘頭警部は意識して大きな声で威圧するような言い方をした。

「えっ、いや、……」

幸田はビクッとしながらもはっきり違うとか俺じゃないとか言わずに言葉を濁している。

「殺ったなら殺った! 違うなら殺ってない! はっきりしなさい!」

丘頭警部がきつく言い、机をバンと叩いた。

幸田はビクッとして

「殺ってない」

蚊の鳴くような小さな声で殺害を否定した。

「じゃ、九月六日土曜日の夜の十時から翌朝四時まで何処で何をしていたのか話してくれる?」

今度は飛び切り優しい言い方で質問をした。

「家で飲んでた」

「誰と?」

「ひとり」

「外には全然出てないのね。間違いないね?」

幸田が頷くのを待って丘頭警部が机上に写真を並べた。――ばかねぇこの子、裏取れてるのに嘘なんか……

「これはあなたが、あなたのアパートの前でタクシーを降りた時の監視カメラの映像よ! こっちはタクシーの車内カメラの映像なの。どうしてこんな所にあなたが写っているのか説明して頂戴!」

丘頭警部が幸田を睨みつける。

「……」幸田は無言のまま目をそらし俯く。

突然、墨田署の市森刑事が

「幸田! 吐けっ!」

狭い取調室で窓ガラスがビリビリするほどの声で怒鳴りつける。丘頭警部でさえも思わず鼓膜が破れると思い耳を塞いだ。――なんて声なの……

幸田はビクッと身体を震わせ小さくなっていた身体を一層小さくする。

「さ、説明しなさい」

丘頭警部にそう言われて幸田は

「あっ、勘違いです。ひとりで居酒屋へ行ったんです」とアリバイを主張した。

「どこの?」

訊かれた幸田は母親が働いている「居酒屋とんぼ」と答えた。

「あら~、お母さんに訊いたら、その日はあなた来なかったて言ってたわよ。嘘言っても裏取ってるからダメよ」

「あっ、別の店だった」と言って別の店の名前を上げた。

「幸田さん、嘘言わないで! あなたはそこには行ってないのよ」

丘頭警部はまた写真を机上に置く。

「見て、この店の写真の位置にあなたと飯田律子さんが座っていて何を注文したかも証言を得ているの」

「……」

だんまりとなった幸田に

「どうした? 何か言訳してよ。私反論できないでしょうが」

そこに家宅捜索の令状が届いた。

「幸田さん、令状届いたからあなたの部屋へ行きましょう」

そう言って丘頭警部は立ち上がった。

 

 アパートに着くと幸田は落ち着かない様子だ。

丘頭警部は幸田の視線の先に注目する。

暫く見ていると、どうやら奥の部屋の押入れを気にしているようだ。

「田川! 奥の部屋の押入れ調べて」と言うと、途端に幸田は汗を流し始める。

十分後「警部!」と呼ばれ奥の部屋へ行く。

そこには袋に入れられた黒いマウンテンパーカーの上下、白いスニーカー、帽子、サングラス、手袋が入っていた。そして奥底にジャラジャラと音のする箱。

田川刑事が丘頭警部の顔を見て、警部が頷くのを待って箱を開ける。

一杯の宝石などが入っていた。

「幸田さん!」

幸田は地雷でも踏んだかのようにびくびくとしながら奥の部屋に来て、その袋を見てがくりと肩を落とした。

「幸田さん、説明して!」

丘頭警部の鋭い声に、幸田はへたり込んでしまった。

 

 署に戻りそれらを基に幸田真人を追及すると、ほどなく自白した。ほとぼりが冷めたら卸しに使う積りだったと言う。

飯田真二から、律子を殺してくれたら、母さんと再婚して一緒に暮らそうと言われていたらしい。

子供の頃から幸田真人は父飯田真二が好きだった。だから言われた事は何でも聞いてきたのだった。

 ――殺人までも言う通りにするなんてどうかしてる……と丘頭警部は呆れる。

 

 翌日、一心が仁徳駿太のアパートの近くの監視カメラに幸田真人が仁徳の部屋から発見された鞄を持って歩いている映像を署に届けてくれた。幸田が友人の仁徳に罪を被せようとしたことが明らかになった。

 ――友達を裏切るどころか、罪を着せようとするなんて、やっぱり尋常じゃないわ……

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