第21話 薄明光線

 岡引一家に河合爽香と和崎恵を加えて仁徳駿太の無実を証明するための調査が始まる。

一心は早速飯田真二に面会を申し入れた。

飯田は、昨日の今日なので五月蠅そうな顔をして対座する。

「で、今日は探偵が何の用だ?」

昨日は警部に散々やられたくせに、偉そうな口聞きやがって、と一心は内心面白くなかったが……押さえて押さえてと自分を宥める。

「仁徳駿太くんと事件の一週間前に料亭に行ったね?」

「知らん!」

「『桜屋』という高級料亭にあなたの名前で二名の予約があったという記録が残ってるし、女将は『飯田真二さんはお得意さんです』と答えてその日に若い男性と二人できたと証言してるよ」

「ふ~ん、女将が言うなら行ったのかもな」

 ―― 一緒に行った駿太が言ってるのにいちいち否定しやがって、この野郎……

 

「そこで、女将が言うには『深刻そうな話をしていた』と言うんだが、何の話をしたのかな?」

「覚えがない!」飯田は天井を向いて吐き捨てる。

「仁徳駿太くんは、あなたの実子だよね?」

「そうだ」

「その彼がその店で帽子やジャンパーからシューズまで渡され、『これを着て律子を殺せ』とあなたに言われたと証言し、その服が入っていたビニールの袋にあなたの指紋が付いていたんだが、どうしてあなたの指紋が付いたんだろう?」

 ――指紋は、一心が飯田を追詰めるために言ったはったりでまだ未確認だった。

「さぁ、な」飯田を注視していると、僅かだが眉をピクリと動かした。ドキッとした証だ。

「で、彼の部屋から、盗まれた宝石と奥さんを殺した時に使ったとみられるロープが出てきたんですよ」

「へ~」

「あれ、驚かないの? それに奥さんを殺した犯人が分かったのに、犯人に怒りとか感じないんですねぇ……人間が出来ているのか、端から知ってるからなのか どっち?」

「驚いてるさ、まさか、あいつがと思ってね。なんで俺の名前を出したのか、嘘つきやがって!」

「……でも、変だと思いませんか? ……」一心は何かを言いたげにしておいて、言葉をわざと切った。

「何が?」

「え~、気付きませんか? この可笑しな状況を知って……」そう言って一心は鼻で笑って見せる。

「別に……」

「そう、なら良いんだ」一心は飯田の表情が変わってゆくのが分かってにやりとして飯田を見詰める。

飯田が視線を感じて

「何が可笑しいんだ? 言ってみろ」と乗ってきた。

「いや、今日はこのくらいで、お忙しいときにありがとうございました」ここが引き時、腰を上げた。

飯田の目に不安という文字が浮かんでいたのを見て一心はほくそ笑んだ。 

 ――犯人に不安を与えると予定外の行動を取り、それが事件解決に繋がることは良くある――

 

 

 

 河合爽香が浅草署の丘頭警部を尋ねた。

応接室で待たされている間駿太に会わせてもらえるか不安だった。

数馬さんも多分会わせてくれないよと言っていたから、でも着替えとかも必要だし、ひと目だけでも会いたいと思って、矢も楯もたまらず来てしまった。

「お待たせしました」そう言って丘頭警部が姿を見せた。

爽香は会釈して

「あの~、仁徳さんに会いたいのですが……」そう言って丘頭警部を祈るように見つめる。

警部はにこりとしたが

「ごめんなさいねぇ、今、尋問中なので会わせることは出来ないのよ。何か渡すものあればお預かりしますよ」

「……じゃ、これ渡して頂けますか?」

爽香は残念で仕方ないけど着替えとお弁当を差し出した。

「それで、伝えてもらいたいのですが」

「え~、いいわよ」

「数馬さんに調査依頼したから、絶対駿太の無実を証明するから、それまで頑張ってと、伝えて頂けますか」

「分かった。それと帰るの三十分ほど待てる?」

警部に訊かれ意味が分からなかったけど、特に用事は無かったので頷いた。

「じゃ、私が呼びに来るまでここに居てね」

そう言って丘頭警部は応接室を出ていった。

爽香は只管待った。もしかして、ここに駿太を連れてきてくれるんじゃないかという期待もした。

……待つ時間は長い。

 

 二十分ほどして丘頭警部が顔を見せて「こっちに来て」と言う。

後を付いてゆくと「取調室3」と札の掛かったドアを開けて「入って」と言う。

「五分よ」と言って警部は部屋の外に出た。

真ん中に机が置かれて向いの椅子に駿太が座っていた。

「駿太!」叫んで抱きついた。

「爽香!」駿太も目を大きく見開いて涙を見せる。

暫く無言のまま抱き合っていた。

「数馬さんとこに、駿の無実を証明してくれるよう頼んだからね」

「ありがとう。爽香、俺、誰かに嵌められたんだ」

「分かってる。一心さんもそう言ってるから、大丈夫よ、信じて!」

「あ~」

……

 

 早々と会話を遮るノックの音がして、丘頭警部が顔を覗かせる。

「ごめんね。まだ話したいだろうけど、内緒なもんだから、そろそろ良いかな? 爽香さん」

駿太の手を握って

「頑張ってね。また来るね」そう言って部屋を出た。

廊下に出て丘頭警部に何回も頭を下げて警察署を後にした。

 

 

 美紗はハッキングで飯田不動産と飯田宝飾店の財務状況を調べる。

セキュリティーが甘く何の苦労もなく財務システムに侵入できたが、財務に関して詳しくないので沢山ある資料のどれが必要なのかよく分からない。

それで、「決算」という言葉のついた帳票とそれらしい帳票を取り敢えず媒体に写し取って一心に渡した。

年単位のファイルが十年度分、月単位のファイルが四十二か月分あった。

 美紗の見る限り「当期利益」とかいう項目はマイナスなので赤字なんだろうなとは思ったが、どの程度悪いのかなどは知識もないので分からなかった。

 

 

 数馬は駿の五階建てアパートの全室を回って聞き取りをしようとアパートの前に立っていた。アパートの中央にエレベーターが二基あって、階段が両サイドにある、各階十二室の結構大きなアパートだ。

駿の部屋は最上階の南角にある。先ず隣の部屋のチャイムを鳴らす。

「は~い」

男の乾いた声がした。

「岡引数馬と言います。隣の仁徳さんの事でちょっとお訊きしたいのですが?」

数馬がそう言うとめんどくさいを絵に描いたように「あ~」と返事をし、チェーンを付けたままドアを少しだけ開けて不機嫌面をした数馬より若そうな男が顔を覗かせた。

ホテルの殺人事件以降に隣に来た人について尋ねる。

「若いねえちゃんが時々来てたなぁ。部屋でも結構きゃっきゃ騒いでよ、五月蠅いったらなかった」

「ほかには?」

「俺もよ、平日の昼は仕事でいないから分かんないけど、次の次の日曜日の昼過ぎだったかなぁ、隣のドアを暫くの間ガチャガチャやってる音がしてた。鍵が合わないのかなぁと思ったら開いたみたいで静かになった。そんなことはあった」

「その時、部屋に入った人は見なかったの?」

「俺関係ねぇから見ないよ、ひとんちなんか」

「昼過ぎというと、午後一時って感じですか?」

「ん~だな」

数馬は幸先よく情報が入って嬉しかった。礼を言って気分良くその隣のチャイムを鳴らす。

「誰?」冷ややかな女性の声だ。

「あの~、一軒隣の仁徳さんの事でちょっとお聞きしたい事があって……」

ドアの向こうの女性が数馬の喋りの途中で

「私、知らない。帰って」とだけ言って足音が遠ざかる。

数馬は唖然とした。自分を警戒してなのか……気落ちする。

仕方がないのでその隣室のチャイムを鳴らす。暫く待っても反応がないのでもう一度鳴らす。やはりない。

留守かと思って通り過ぎるときふと電気メーターをみると盛んに回っている。隣のガスメーターも。

出てくれないのだ、と悟った。

思えば飲食店などへの聞き込みは数知れずやってきたが、個人宅へはあまりない。最初に訪れたあんちゃんは意外に親切だったのかもしれないと改めて思った。

 

 その後も話が出来たのは二割程度の人、有用な情報は得られなかった。

それで最初の情報の裏を取ろうと考え、付近の監視カメラを探して歩いた。住宅街にはそうはないが、やはりコンビニがあった。事情を話しても見せられないと断られた。

それで一心から丘頭警部に連絡してもらい刑事をひとり回してもらうことになった。

 

 一時間ほど待たされたが事務所で宴会も一緒にやったことのある田川刑事が来てくれた。早速殺人事件の捜査の一環として、という事で映像を見させてもらう。

店主も「そう言われては断れない」と、渋々準備をしてくれた。

しかし、十二時から十四時まで見たが関係者の姿は写っていなかった。昼時の事もあって四、五十人写っている。その時間帯だけ切り出して別媒体にコピーして貰う。

「残念だったね。他も当たるんでしょ」

田川刑事がそう言って付近の監視カメラ探しに協力してくれる事になった。

日がな一日歩き回った。

その日から三日間、田川刑事が付き合ってくれて三カ所で映像を手に入れることができた。

「これでこの一帯は回ったね。何か出たら教えてね。じゃ」

田川刑事はそう言って帰って行った。

数馬は「すみませんでした。大助かりでした……」と言って後ろ姿に頭を下げる。

田川刑事は歩みを止めず片手を上げた。

 

 事務所に戻って早速「美紗! この映像と関係者の写真と照合してくれないか?」

――昔の事件で高速道路のNシステムの映像と写真を照合し犯人を突き止めた事があって、それと同じことをやろうとしたのだった。――

「この三つの媒体と関係者ね、分かった」美紗はちょっと渋面だが数馬が必死なのを知っているから何も言わずに引き受けてくれたのだろう。

「ありがとう」数馬がいうと「見つかるといいな」そう言って美紗が微笑む。

 

 

 一助は飯田律子と一緒に飲食した若い男を探して向島に加え浅草方面も歩いた。男の関係者全員の写真と被害者の生前の写真を持ち歩いていた。

昼間も飲食店のほか中年女性の行きそうなブティック、宝石店、若い男性向けの衣料品店、パチンコ店やゲームセンター、映画館なども回った。

 

 一週間経ってもまったく情報を得られ無かった。

それで、思い切って銀座とか新宿へ足を伸ばそうかと考えた。行く前に飲み物とおやつを買おうとコンビニに入り、カードで支払おうとしてはたと気が付いた。

 店を出た一助は真っすぐ飯田不動産へ出向き、社長と一緒に自宅へ行って被害者のバッグを見せて貰った。やはり複数枚のカードが入っていた。

 

 それを借りて田川刑事に連絡し警察からカード会社へ問い合わせして貰う。ちょっと時間はかかったがここ半年間に五十数件の利用があり、二十数店舗の名前が浮かんだ。

田川刑事に一助が同行する形でその店舗を巡った。

その結果、一助も知っている意外な人物と一緒に数店舗で買い物をしていることが分かった。

「一助くん、やったな!」笑顔で田川刑事が褒めてくれる。

「はい、もっと早くやってたら駿太さんも逮捕されずに済んだのに……」

「ははは、それはしょうがないよ。でも、きみのお陰で誤認逮捕しなくて済みそうだよ。ありがとう。先に礼をいっとくよ」

「へへっ、礼は確定してから言って下さいよ」

「その人物への尋問は警察でやるよ」

「はい、俺がやりたいけど、警察の仕事だもんね。任せる。絶対吐かせて」

 

 

 数馬は美紗に仕事を託したあと、飯田真二の尾行を始めた。一心の指示でもあった。

「恐らく、飯田真二は真犯人に会うはずだ。報酬を渡すとか、宝飾品の処分とかが必ずある。そうでなければ真犯人は姿を消すとか、旅行に出るとか何らかのアクションを起すはず。今の所関係者にそう言った動きは無い。勿論、まったくの第三者が犯人だった場合はその限りじゃないが、俺は違うと思うんだ。探偵の感だ」

一心にそう言われ、数馬もそうだと思って従った。

 

 面が割れてるから、例によって美紗に手伝ってもらって中年男に変装し、飯田が家を出る朝の九時頃から自宅に戻るまで張り付いている。

途中、めぐが差し入れを持ってきてくれたり、仮眠するとき見張っていてくれていたり、デートも兼ねていて数馬は全然苦にならない。

 そして途中から一助も尾行に加わった。一助には彩香ちゃんが色々世話を焼いている。

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