第20話 証拠

 一泊させられた仁徳駿太は、翌日、事情を訊かれたあと自宅へ連れて行かれ家宅捜索の立ち合いを命じられた。

指揮を執っていたのは丘頭警部の後輩だという沢渡警部という中年の濃い顔をしたおやじだ。

田川刑事が血痕とか被害者の毛髪とかが無いことを確認するためと耳打ちしてくれた。殺害していないことを示すための家宅捜査だと言うのだ。

 

 しかし、三十分後、捜査員や鑑識の動きが激しくなった。

そして駿太は奥の部屋に来るよう言われ

「これは何だ?」と沢渡警部に強い口調で問い詰められた。

駿太の見たことの無い手提げ鞄を胸にぶつける勢いで突き出された。

「押入れの奥から出てきた!」と。

「俺の見たことのない鞄です」と駿太は答えたが、

沢渡警部の駿太を見る目が犯罪者を見るそれに明らかに変わっている。

 沢渡警部が駿太の目の前で鞄を開ける。

幾つかの輝く石。……宝石だという事は駿太にもひと目で分かった。

「え~っ、知らない。そんな宝石知らない!」駿太は叫んだ。

さらに

「警部!」と、叫ぶ声が響いた。

沢渡警部がその声の方に行った直ぐ後、

「こっちへ来い!」と駿太は腕を引っ張られる。

見たことのない長い髪の毛が絡みついたロープを警官が持っていた。

「仁徳駿太! これはお前が飯田律子さんの首を絞めた時に使ったロープじゃないのか?」

沢渡警部が駿太を睨みつける。

「知らない! 俺は知らない。俺のじゃない。違う……」

駿太は訳が分からず叫び続けた。

 

 

 一心は数馬を連れ、迎えに来た丘頭警部と覆面の後部座席に座っていた。十分ほどで八広駅近くの年代を感じさせるのっぽビルの一階にテナントとして入っている飯田不動産に着く。

飯田真二はすでに応接室で待っていた。

「任意なので断っても良いんですけど」と警部は前置きして、

「社員名簿と奥様の殺害された日の前後の出勤簿をお借りしたいのですが? それと決算関連資料とそれ以降の月ごとの売上とか利益とかの分かるものをお願いします」

―― 一心は警察は遅いなぁ、出勤簿は既に確認済みなのに……と密かに思う。

 

「警部さん、そんなものどうするんです?」飯田は文句を言いたそうな顔をする。

「殺害の動機が今一すっきりしないので、あらゆる可能性を考えるための資料としてお借りしたいという訳です」

「ほ~、宝飾品の窃盗目的での妻殺害という事だったんじゃないんか?」

「はい、それだけの理由であれば、殺人なんてリスクを犯さなくても、深夜に宝石店に盗みに入れば良い訳ですから」

警部の言う通りだ。殺害理由には何か裏がある……。

「ふ~ん、そんなつまらん考えもあるんだ」

飯田真二は太々しい言いようで俺は関係ないとでも言いたげだ。

「納得頂けましたか?」

「あ~、警察がそう言うなら仕方ない、しかし、貸すが、こっちでも使うからさっさと返して貰わんと困るんだが」

「はい、必要な個所の写しを撮ったらお返ししますよ」

「なら、良いだろう」飯田真二は指定された書類を持ってくるよう内線電話で指示した。

 

「次に、飯田さんのご家族、離婚された奥様のお子さんも含めた構成をお話頂けますか?」

飯田真二は天井を見ながら指折り数え名前を上げていった。

 

丘頭警部は、飯田が名前を上げ終わり、出されたお茶に口をつけてから話始めた。

「実は、昨日容疑者が自首して来まして」

そう告げても飯田の表情は変わらない。

「それで、飯田真二さん、事もあろうにあなたに殺害を指示されたと言うんですよ」

丘頭警部の目が犯人を追詰めるときのような、心の奥底を覗き込むような鋭く厳しいものに変わってゆく。

「おれ、俺はそんな指示していない。ど、どこのどいつよそんないい加減なこと!」

飯田は平静を装っているが目の動き、汗の掻きよう、ろれつなどに心の動揺が見て取れる。

「あら、あなたが指示したんだからあなたは知っているはずでしょう」

「知らん! ……」そう言い捨て飯田は黙ってしまった。

「じゃ、何故あなたの名前を出したんでしょうね?」

「……」

「そう、だんまりですか。今日あなたが社員や家族の名前を色々お話頂きましたが、犯人の名前を口にしたとき、ご自分では気が付かなかったかも知れませんが、ほかの人とは明らかに違いましたよ。言い方が!」

「……」

「もう一度、社員と家族の名前、言って頂けますか? 平静を装っても人間そうそう嘘は付けないってことですよ……さあ、どうぞ、言ってください、さあ……」

丘頭警部が一段と厳しい表情で飯田に迫る。

飯田の額から汗が噴き出して、顎の先から滴り落ちている。

それを見ていた一心にも飯田が犯人を知っているということがはっきり分かった。そして一緒にいる数馬の表情にもそれが現れている。流石警部だ!

数馬はこういう場面は始めてだからきっと驚いただろう、質問するどころか一言も発していない。事務所ではにこやかな警部が、警部である所以が分かったはずだ。

 

 沈黙の時が流れる。

それを遮ったのはドアのノックだった。

社員が指定した書類を持ってきたのだ。

「そうそう、飯田さん、盗まれた宝飾品に保険を掛けられてたんですよね?」

と、丘頭警部。

「え~勿論、六千万円の盗難保険に入ってる」

飯田は話題が逸れてホッとしたのか喋りが軽い。

「じゃ、実質損害は無いんですね」

「まぁ、ただ、今後の保険料が上がる」

「なるほど、で、奥様に生命保険はいくら掛けてました?」

「八千万円。別れた女房の息子が生命保険会社で働いてるんで、その関係で俺と二人で入ってあげたんだよ」

「あら、でも、仁徳駿太さんは経理担当と聞いてましたが、ノルマとかあったんでしょうか?」

「そりゃぁ、あるだろう」

「どの位なんでしょうね。そのノルマ?」

「確か月の保険金額で一億とかだ」

「そうですか、大きな金額ですね」

「そう、それで奴が俺んとこに入ってくれと頼んできたんだ」

「ほう……間違いないですか? 駿太さんがあなたに保険に入ってと頼んだんですね。……あなたから保険に入ると言った訳じゃないんですね!」

「おー、そうだ。そう言ったろうが」

「で、あなたはいくらの保険に?」

「俺は四千万」

「へ~どうして奥様より少ないんですか?」

「収入が少ないから」

「可笑しいですね。あなたは毎月その保険会社へ出向いて保険料を払ってらっしゃる。二人分一緒に。窓口で言ったそうじゃないですか『妻の保険料も俺が払ってやってる』って、もしかして、奥様はご自分が保険にいくら入ってるのかご存じなかったんじゃないですか?」

「そんな事、言った記憶が無い」

「え~、奥様はご自分の保険料はご自分が払っていたと仰るのですか?」

「俺が預かって払いに行ったことはある」

「奥様の所得はあなたの凡そ半分、なのに保険料も保険金額もあなたの倍。変ですね。それと、保険の契約書に署名したのは両方ともあなただ、あなたが契約して奥様に保険料を? しかもあなたの倍の保険料を払わせるなんて、私には考えられないんですがねぇ」

獲物が身震いして見動き出来なくなる、そんな肉食獣が見せる圧倒的に強く鋭い野獣の目を今、警部が見せている。

 

 少し間を空けて丘頭警部は笑いながら

「それに保険料を収めるときに使った振込用紙のサインはあなたの筆跡と一致したと鑑定結果がでていますよ。全部見てきたんですけど! どういう事なんでしょう?」

「……」

「あら、まただんまり。ふふふ。飯田さんって正直な方ですねぇ。まぁ、いいです。いずれ署で同じことを訊くことになると思いますから……その時までに答えを用意しておいて頂けます? じゃないと、会話になりませんでしょう。ふふふ」

不気味な警部の笑い声。隣にいる一心でさえ背筋が寒くなった。

飯田は返答できずにただ指先を震わせている。

 

 

 

 帰りの覆面の中で一心は静からの電話を受けた。

話を聞いた一心は思わず叫んだ。

「何ぃ! 宝石とロープが出てきただとう!」

丘頭警部にも同じ内容の電話があったようだ。

「静! それで駿太は何て言ってるんだ?」

 

 一心は丘頭警部と顔を見合わせ、どうするのか? どうなるのか? 考える。

「俺はよ、仁徳の言葉信じようと思うんだが、警部のとこはそうはいかないよな」

「そうね、殺人の直接的な証拠が出たんじゃ、通常は自供に追い込むわね」

「犯人じゃないとしたら、真犯人が仁徳の家に忍び込んで証拠を置いたってことになるよな」

「でもさ、その証拠には仁徳の指紋ついてないんだから、家の中にまで忍び込む必要ある?」

「ふむ、仁徳の立ちまわりそうな場所に捨てても、結果は同じってか?」

「真犯人がいるなら、そこに強い意志を感じるのよね」

「まあ、いずれにしろ、警部は仁徳犯人説で、俺らは真犯人別人説で動くしかないな」

「そうね、あんたの方が大変よ! いつものように情報提供は密に、ね」

 

 ひさご通りに入って一心は覆面を降りた。数馬は和崎恵に会うと言って浅草寺で降りていた。

久しぶりに十和ちゃんとこのラーメンでも食って帰ろうと思って暖簾を潜る。

大将の威勢の良い挨拶に片手を上げて応じる。

――十和ちゃんはある事件を通じてとある富豪の隠しだねとして知り合ったが、事件解決後、彼女は相続拒否をしひとり都会で頑張ってるので我が家は全員で応援しているのだった。――

 姿が見えなかったが塩ラーメンを注文したところで戻ってきた。

「あっ、おじさん、いらっしゃい。今、事務所にラーメン届けてきたの。おじさん居なかったから聞き取りにでも行ったのかなって思ってた」

「感が良いな、まさにその帰りで、腹減ってさ、匂いに誘われてきたんだ」

喋ってるとラーメンが出来て十和ちゃんが運んでくれた。

「ごゆっくり」そう言って厨房へ入ってゆく。

 

 事務所に戻るとすぐ全員を集めた。数馬も戻っていた。捜査会議ならぬ探偵会議だ。

「みんなも聞いただろう。駿太の部屋から物証が出た。が、俺は真犯人の偽装だと思っている」

「そうだ、一心、駿太を助けてやってくれ!」

目を三角にしている数馬。

「さっき、丘頭警部と一緒に飯田真二に会ってきた。妻の殺害を指示したのは奴だ、間違いない」

そう一心が言うと、

「俺もそう感じてきた」と、数馬。

「で、実行犯が仁徳でないとしたら誰なのか? それがひとつ。仁徳の部屋に凶器を持ち込んだのは誰か?

 それがふたつ目だ。そして、飯田が殺害を指示したという証拠探し、これがみっつ目。これは俺が調べる」

「じゃぁ、俺は誰が駿の部屋に凶器を持ち込んだのか、関係者のアリバイと目撃者を探す」と、数馬。

「実行犯は俺が探す」と、一助。

「美紗は二つの会社の財務状況を調べてくれ」

「一心、爽香とめぐが手伝いたいって言ってるんだけど……」と、言って数馬がはにかむ。

「ふむ、二人とも仕事持ってるから……そうよなぁ、気持は分かるから、じゃ、休みの時に事務所に居て貰えるか? 連絡係りというのでどうかな? で、場合によって数馬の応援をする。電話調査もやってもらえるな?」

「おう、そんな事で頼んでみる」数馬は恵さんと一緒に仕事ができるから嬉しそうだ。

 

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