第18話 友人
市森刑事が今日も事務所に来た。
「美紗さんいますか?」いつもこう言って来るのだ。
一心はいつも同じ言葉を返す。
「美紗は自室で何やらやってる。刑事さんは美紗に会いたいのかもしれないが、美紗は違うと思うよ」
それでも市森刑事は
「美紗さんに報告があるんです」と言うので、仕方なく呼んでやる。
美紗も分かっていて、ブスっとした顔で三階から降りてくるのだが、市森刑事は大喜びする。
「あの、容疑者の若い男の行方はまだ分からないのですが、こちらで見つけて頂いた居酒屋で、その男が帰りがけにカウンターに膝を強くぶつけて暫く立ち上がれなかったと言う証言が出てきたので、ひょっとするとホテルのカメラに写っていた微妙に可笑しい歩き方はそのせいだったかも知れません。だから、事情を訊いた時には普通の歩き方に戻っていた可能性があります」
「あ~、なるほど」と、一心。
「じゃ、ますます容疑者探しは難しくなるな」一心は渋面で市森刑事に目を向ける。
「こちらで新しい情報は何か掴んでないでしょうか?」
「ほ~情報交換しよって言うの?」
美紗が市森刑事を睨みつける。
「いやぁ、そう言う訳でもないんですが、捜査が行き詰っているもんですから」
「数馬を散々留置してたくせに!」
美紗は相当根に持っているようだ。
「美紗さんにそう言われると、……面目ない」
そう言う市森の表情を見て
「市森刑事、あんた誰かに言われて来たんだろう」
一心が目を尖らせて言うと市森刑事はたじたじとして頷く。
「実は、捜査課長の増山が浅草署の署長から岡引探偵事務所とのこれまでの関係をねっちりと説明され、浅草署のように相互協力体制で捜査に取り組みたいと言い出した訳です。済みません勝手で」
――市森刑事は割と正直者な感じはするが、体育会系のごつごつした顔付きや体形の割りに背が低く、残念ながら美紗好みでは……。
「そっちが下手にでてくれるなら、こっちも協力は惜しまないわよ。ねぇ一心」
「おー」美紗に同意を求められ一心は頷く。
「警察も掴んでるんだろうが、飯田真二は女癖が悪くってこれまで二回離婚してるんだ」
「え~それは掴んでます」
「その相手は仁徳秋子、彼女は既に亡くなっていた。もう一人が幸田留美だ。彼女らにもそれなりに恨みはあったはずだ。それは飯田真二に対して、だが、女心はそう単純じゃない。相手の女が男を誘惑して奪い取ったと思い込む女もいる。どうだ、そう思わんか?」
「いえ、怨むなら単純に男を、と考えました」
――え~っ、テレビドラマでもそう言う絡みあるじゃないか、見てないのか?
「捜査課に女性はいるのか?」
「いません」
「そこがおたくの署の欠陥だな。課長に言っとけ。事件を多角的に見るには色んな立場の人間がいた方が良いってのは理解できるだろう?」
「はい」
「浅草署には丘頭警部という優秀な女性警部がいる。周りは男ばかりだが彼女が仕切ってるから上手く機能してるんだよ。検挙率もおたくらより上じゃないのか?」
「なるほど、仰る通りです。うちの目標は浅草署を超えることなんです」
――いやはや、これからこいつらを教育してやんないとなんないのか? やんなっちゃうぜ……。
「まず、その別れた女房の周りを捜査してくれ、若い男が出るかもしれん。こっちでもやってるから競争だぞ。そして何か有ったら隠さず報告すること。それが互いの信頼関係を強固にするんだ。以上! よろしく頼むぞ!」
「はっ! 」市森刑事は敬礼でもしそうなくらい勢いよく直立不動の姿勢をとって返事をする。
皆はその姿を笑い、美紗は
「一心、かっこいい」と言う。
――美紗に褒められると何故かやたら嬉しい一心、にやけちゃう……。
*
数馬が一助と調査を終え事務所に戻ると、家族が事務所に集まってお茶を飲んでいた。
「何か打ち合わせでもしてたんか?」数馬が雰囲気を感じて訊く。
「え~今な、墨田署の市森刑事はんが美紗に会いに来よってん」
「へ~美紗、もてるじゃん」
「うっせ、俺には関係ない」と言ってぷいと横を向く美紗に一心と静が微笑む。
「でな、飯田真二の別れた奥さんたちの周りを洗えと一心が指示しはりましたんや」と、静。
「俺らは良いのか?」数馬は当然に調査を始める積りで言った。
「いや、警察に、いや墨田署には任せられない。ひとりは仁徳秋子と言ってもう亡くなってる」
「えっ、ちょっと待て、一心、仁徳って駿太の母さんじゃないのか?」
数馬はその珍しい苗字に反応する。
「ってことは、お前の友達の母さんってことか?」
「多分、いや、間違いない。仁徳って苗字は全国でも十人いるかいないかってなくらい珍しい名前だって言ってたし」
「そしたら、それ、数馬、お前駿太含めて他に親戚とかいないか探れ」と、一心。
「おう、ちょっと駿太に訊いてみる」
数馬はそう言ってケータイを出して三階で電話を入れる。
……駿太に他に若い男の親戚はいないと言われ、一心に伝える。
夕方、数馬はホテルの監視カメラの映像をもう一度見る。前回は漫然と見ていたが、今は特定の人物かどうかを判断するために見るのだった。
何回か繰り返して見るが、やはりそうだあいつだ。そうかあいつが悩んでいたのはこれだったのかと思い当たる。――なんでだ! 俺や彼女の信頼を裏切りやがって! どうして……。
居ても立ってもいられずめぐに電話を入れる。至急会いたいと告げいつものファミレスで一緒に夕食を取ることにした。
――外の雨は涙雨――
「めぐ、殺人事件の犯人が分かった」四十分後、向かい合って座り食後のコーヒーを啜りながら数馬がそう告げた。
数馬の様子にめぐが察したのだろう
「数馬の友達だったの?」と訊いてきた。
数馬がそれに答えようとすると思いがけず涙が溢れて喉がつかえ言葉が出せない。
……咳払いをして、二度三度と深呼吸をし「……駿太だ」と。
めぐは驚きのあまり「え~っ!」大声を出してしまい慌てて口を両手で押さえる。
周りをみるとじろりと睨んでいるのでちょっと頭を下げる。
――めぐは開けた口を両手で押さえ数馬に救いを求めるような眼差しを向け固まっている……。
「間違いないと思うんだ。監視カメラで見た歩き方、髪はちょっと違ってるけどウイッグでも付けたかもしれない。どうしよう。俺、信じられない」
――そうは言ってみたが、まだ、信じようとする気持ちと、間違いないという気持が拮抗している。
「ほんとなの?」
「あぁ……」
「私は信じられないわ」
「俺もだよ」
「……ねぇ、だったら、彼を信じてるなら、確かめよう。直接本人に……似てるだけで証拠は無いんでしょ?」
「あ~」
「だって、数馬の友人が殺人なんかするはず無いもん! でしょう?」
「……これから、電話してみるか……」
――雨だれの音が寂しい――
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