第17話 釈放
珍しく美紗にお客さんが来た。
三階の自室で盗聴器の整備をしていた美紗は二階からそう叫ばれ腰を上げたのだが、そんな予定は無かったはず。
だだだっと階段を駆け下りて事務所を覗くと男が一人座っている。――誰だ?
美紗が顔を出すと男は美紗に気付いて
「こんにちわ、墨田署の市森です」
顔中を笑顔で包み込んで少し紅潮してそう名乗った。
「あ~あの時の刑事さん。私に何か?」美紗はうろ覚えだったが……。
――確か、……「数馬を返せっ!」と、墨田署に怒鳴り込んだ時に応対した刑事? ……
「はい、河合爽香さんが日曜日に施設で会っていたのは、実母の鈴子さん四十九歳とわかりました。若年性のアルツハイマー病で娘さんの顔もよく分からないみたいです」
「そうですか、調べてくれたんですね。ありがとうございます。数馬が喜びます」
これで爽香さんが隠していた家の事情がすべてわかった。
自分なら彼氏に全部話してしまうだろうな、と思う、そんな内容だ。
「それから、丘頭警部から情報を貰った札幌在住の土井勝久さんについてなんですけど、悪戯電話で振り回されたという話で、数馬さんが彼を尾行していたという証言に合致するので、容疑は晴れたと考えています。ですので、数馬さんは明日昼前には釈放されると思います。長い間済みませんでした」
市森刑事が頭を下げる。
「どうして何の罪もない兄を何日も拘束したのよ? 浅草署の丘頭警部からも連絡行ったと思うけど? ……それも、任意なのにさ!」
美紗はまだ許せなかった。墨田署のやってることは筋が通らない。
「ちょっと署内にこだわりの強い刑事がいまして、なかなかうんと言わなかったもんですから」
そう言いながら本当に揉み手をしている市森刑事を見て、美紗は力が抜けてしまい次の言葉を見失った。
――浅草署にも癖のある刑事はいるが丘頭警部が仕切ってるから、なんでもすんなり話は通る。
話してると家族がどやどやと入って来た。
市森刑事が立ち上がって再度自己紹介すると、一心と静から次々に質問され、たじたじとしているのを見て、美紗は席を立って和崎さんに電話を入れる。
和崎さんが明日数馬を迎えに行くと言うので、美紗は「お願いします」と伝えた。
――和崎さんが何れは自分の義姉になるのかなぁ……あの人なら仲良くできそうだ……。
*
翌日の昼過ぎに数馬が和崎を連れて事務所に帰ってきた。
まだ頭に包帯を巻いたままの数馬がちょっと照れ臭そうに
「ただいま、やっと解放された。面倒掛けたな」
お礼の積りで言ったのだろうが、誰も聞いちゃいない。
皆、数馬の彼女のほうに気をとられている。
それに気が付いて
「こちら和崎恵さん。一応、付き合ってる」数馬が紹介する。
「こんにちわ。和崎恵です。数馬さんが釈放されて良かったですね」
和崎は物おじもせずはきはきして明るい雰囲気を振りまいている。
「数馬! 俺たちを紹介しろ!」一心が催促する。
「あ~、そうだな……」
それから一時間尋問口調の一心と静が生い立ちや家族、仕事、友達の事など次々に質問する。
あまりのしつこさに
「ちょっと、父さんに母さん! 彼女にその尋問みたいな質問止めてくれ! 彼女が可愛そうだ」
言われて気付いたのか両親は顔を見合わせて、はははっと豪快に笑う。
「そうだな、ごめんな恵さん。こいつが彼女連れてくるなんて無かった事なんでつい……」
「せやな、許しとくれやす。そや、おぶでもだしまひょ」静はそう言って立ち上がった。
恵は怪訝な顔をして数馬の耳元で
「お水出すって言ったの?」と囁いた。
「いや、お茶の事を京都では『おぶ』と言うらしいんだ」
そう言うと恵は何回か小さく頷いた。
そして「美紗さんは?」とめぐに訊かれて居ないことに気が付いた。
「あれ、美紗は? 居ないの?」
静がお盆にお茶を載せ、応接テーブルに並べながら
「自分の部屋で何やらしておます。呼びまひょか?」と、訊く。
「はい、警察でも一緒になったもんですから、挨拶したいので……」
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