第16話 容疑者
被害者が飯田律子と特定された。そして被害者がバッグに仕舞っていたはずの鍵が収納ケースごと消えていた。つまり、金庫から宝飾品を盗むため被害者を殺して鍵を奪ったと考えられる。そしてその事情を知っている者の犯行だと丘頭警部は結論付けた。
鍵の保有者は被害者とその夫と飯田宝飾店の店長の三人。
アリバイがはっきりしていたのは飯田社長だけで、不動産関係の業者と居酒屋に午後七時から九時まで居たことが確認された。
「飯田宝飾店と飯田不動産屋の従業員の捜査は?」丘頭警部が声を掛ける。
「警部、カメラの映像と同じ髪型をしている男はその中にはいませんでした」
「ウイッグでもかぶったか? 足はどうだった?」
「全員、足に怪我をしたことは無く、普通に歩いてました」
「そうか、浮気相手は会社に無関係の男か? ……」丘頭警部が呟くと
「警部、聞き込みしかありません! 岡引探偵から情報提供のあったあの店の周辺で『りっちゃん』と『がら』という呼び名と写真を見せて聞き込みしましょう」田川刑事が言う。
丘頭警部はその意見に頷く一方で、
「それと、その二つの会社の内容はどうなんだ? 宝飾品とか被害者に保険が掛かってたら、保険金詐欺ってのも考えないと……」
今一犯行動機に納得していない丘頭警部は続ける。
「その両方が夫の真二に入る訳だからその線は捨てられないわよ」
捜査員に視線を走らせ反応を窺う。
「何か意見ある?」
「……」
「じゃ、聞き込みと経営状況、保険金の捜査、それと夫の周辺を探って頂戴」
と、丘頭警部は捜査方針を告げた。
――内心では、財務状況なら美紗にハッキングでもして貰ったらすぐに分かるのになぁ、と思うが表には出せない。当たり前のことだ。
捜査員が署を飛び出して行ったあと、丘頭警部は一番気の重い墨田署への状況報告の電話を入れた。
――管轄外の事件に首を突っ込んでくる浅草署に墨田署の捜査課長は不満を隠さない。殺人事件は浅草署の管轄だが窃盗事件は墨田署管轄だ! の一点張り。それで止むを得ず単独捜査して報告だけすることにしたのだが……都度、文句を垂れるので疲れる。
なんとか報告を終え、自席で一息ついているところへ一心が来た。応接室を指差し向かう。
「どうした?」
「あ~、数馬の事なんだけど……」
「私から墨田署へクレーム入れといたわよ。身内に何すんだって」
「ありがとう。それで数馬がそこへ行った理由が分かったんだ」
「流石ねぇ、で?」
「数馬の友人に仁徳駿太ってのがいて、その彼女の河合爽香が浮気してるんじゃないかって数馬に相談したんだ。それで彼女を尾行して相手の男が目黒のスチュワート・キングホテルに泊ってるところまで掴んだんだ」
「あ~その男を尾行してあのビルに入ったってことね」
「あ~そうだ、で、結局その男は彼女の実の父親だったんだ」
「な~んだ、それで一件落着って訳ね」
「ところが、どうしてそこへ行ったのかなんだけど、……」一心はそう言って土井から聞いた話を続けた。
「なるほど、その電話の若い男、怪しいわね」
「だろう」
「ってことは、彼女と父親の関係を知ってる人物で飯田宝飾店の事情も知ってる人物が犯人って訳ね。ありがとう助かる」
「いやー、だから数馬を頼むよ」
「分かった。で、その父親は今は札幌?」
「そう、でも今週末また来るらしいから事情を聞いてくれ。泊まるホテルは同じって言ってたから」
「墨田署に連絡しとくわ」
「でな、不動産屋仲間に聞き取りしたら、その飯田社長は女癖が悪くて過去二回離婚してるらしいんだ。そっちの方で警部何か掴んでないか?」
「いや、墨田署からもなにも聞いてない」
「やはり、墨田署は捜査が遅いな」一心が笑う。
「ノーコメントだけど、私もちょっとイラついてる……こういう管轄を跨ぐ事件は昔からなんだけど自分んとこがメインで動かないと遅くてさ」
丘頭警部は苦笑いして髪をかき乱す。
――警部が髪をグシャグシャと掻きまわすのはイラついたときの癖……
「それに、被害者と夫の夫婦仲も良くなかったみたいだぞ、飲みに行くたびに旦那がこぼしてたらしい」
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