第15話 浮気の相手
一心は、数馬が尾行していたという男に会うため目黒のスチュワート・キングホテルに来た。名の知れた高級ホテルと言われるだけのことはある佇まいだ。
フロントで「自分は岡引探偵事務所の一心です」と名乗った上で、殺人事件の捜査の一環だと言って部屋番号と日付を指定して宿泊者名を調べてとお願いする。――断られたら丘頭警部の出番だ……。
フロントの男性は上司に許可を得たのだろう「七一二号室にその日お泊りになったのは、土井勝久様ほかお一人様となっております」と答えてくれた。
「もう一人は誰?」
「それはお訊きしておりませんので、分かり兼ねます」
そう言われたら突っ込みようがない。
「は~なるほど、で、住所と電話は?」
「……え~札幌市中央区円山西町三丁目のマンションロイヤルとなっております。電話は……」
フロントに礼を言って即刻電話を入れてみる。
暫くの間呼び出し音が続いて留守電に切り替わった。名前と要件を入れて最後に電話が欲しいと加えた。平日だから仕事だったか……。
夕方、数馬のこともおかずにして食事をしていると、一心のケータイが着信を知らせる。
相手は「土井」と名乗った。
一心は、電話をくれたことへ丁寧に礼を言った後、電話した理由――窃盗事件の概要と浮気調査――を話しそのビルに行った経緯と河合爽香との関係などを聞き取り、最後に警察からも問合せがあると思うので宜しくお願いすると言って電話を切った。
「一心、どうだった?」美紗は真面目に心配しているようだが
「爽香さんがホテルで会ってた中年男性は実のお父さんだった。離婚して今は札幌で一人暮らしをしていると言ってた。それで、仕事で月に一、二度出てきてるそうだ。来週もまた来ると言ってたから、美紗がまだ信用できないというなら会いに行っても良いし。仁徳くんを連れて来ても良いと言ってたぞ」
「なぁ~んだ、そうか。ほっとした。じゃぁ、爽香さんは浮気してたんじゃないんだね」
美紗も浮気じゃないと知って嬉しそうににこにこしている。
「おー、彼氏に伝えてやれ」
「うん、電話する」
そう言って美紗はケータイを手にした。
「でな、土井さんはそのビルに行ったのは、娘の彼氏だと言う男から、『デート中に爽香さんが見知らぬ男達に連れ去られた。警察と自分とで後を追っている。で、墨田区の鐘が淵駅近くの十階建ビルに逃げ込んだところまでは確認したがその後分からなくなった。爽香が心配なのでお父さんもすぐ来てくれないか』という内容の電話があって、そのビルへタクシーを急がせていると、再度彼から『七階の飯田宝飾店に連れ込まれたらしい』と電話が入ったので、駆け付けた。その会社の入口の鍵が掛かっていなかったので中に入って電気を点けたら誰も居なかった。それで、娘が心配で電話を入れ、何処にいる? と訊いたら……」
「爽香さん、何処に連れて行かれてたの?」
美紗は心配して今にも泣き出しそうな顔をしている。
一心は笑って
「それがよ、『私、家でテレビ見てるけど、どうしてそんなこと聞くの? 』って返されて、土井さんはそこで始めて悪戯だと気付いたんだ」
「なぁ~んだ。悪戯かぁ……」美紗がドサッとソファに崩れる。
それも一瞬、ガバッと起きて
「それって、悪戯にしては手が込み過ぎてる。もしかして、窃盗犯が土井さんを犯人に仕立てるために呼び出したんじゃないの? だって、土井さん手袋付けないでドアの取っ手だとか電気のスイッチだとか触ったんでしょ。指紋残ってる可能性高い。先に丘頭警部に連絡して事情話した方が良いんじゃない? そしたら数馬の疑いも晴れるし」
「ん~、そうだな……話が長くなりそうだから明日行ってくるわ」
と、一心は答えた。
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