第14話 河合爽香という女

 美紗が浅草駅から歩いて事務所に戻る途中河合爽香から電話が入った。見積もりが出来たのでこれから会いたいと言う。

……目黒の会社まで行くのは億劫だなぁと思い、

「私の事務所で?」と言うと即答でオッケーしてくれた。

 ――出会った時も浅草に住む美紗がどうして目黒の通りを歩いていたのか? とかまったく訊かないし、すぐに保険に入りたいなんて、なんか怪しい? とか思わない女なんだなぁ……数馬の話だと保険契約が欲しいからと言って男性に媚びるようなことは一切なかったって言うし、素直で真っすぐでかぁ、羨ましい。

美紗はひねて我儘で言いたいことは全部言っちゃうし……あはっ、少しは河合さんを見習えってか? 

 

 午後三時過ぎに河合が来てくれた。美紗は事務所に五月蠅い親が居るので、紹介だけしてさっと三階の自分の部屋へ連れて行った。

「二階が探偵事務所で、三階が自宅なんですね」

美紗が三階の階段の傍にある玄関を開けて河合にスリッパに履き替えるよう言って、リビング兼ダイニング、キッチンに風呂やトイレを説明しながら西側一番奥の美紗の部屋まで案内した。

「へ~普通のマンションみたいですね、綺麗にしてる……お部屋は四つあるの?」

「えぇ、今、一部屋が物置になってるけど、両親の部屋は二階なの」

「ご飯は自分たちで作って?」

「いえ~、二階の奥にもキッチンやリビングがあってそこでご飯食べたりテレビ見たりしてるんだけど、今日はゆっくりできないから……」

「ご家族は?」

「両親と兄、従弟の一助と五人暮らしなの」

「へ~私は一人暮らしだから羨ましいわ」

「いやぁ、五月蠅いだけ……河合さん、ご両親は?」

美紗はちょっと河合さんの顔色を窺いながら尋ねた。

「え~、元気なんですけど、別々に暮らしてるんです」

河合さんはそれだけ言って寂しそうな目をするので、あまり訊かない方が良いんだと思って話題を変えた。

「河合さんの彼氏と兄と友達なんですね。どういう友だちか聞いてます?」

「えぇ、もう一人幸田真人という友達と三人が幸田さんのお母さんが働いている居酒屋で夫々ひとりで飲んでて知合ったって聞いてますよ」

「へ~、兄は全然話さないもんだから、そうそう、今日警察に『兄を返せ!』って怒鳴り込んだら、和崎恵さんに会ったの、兄と付き合ってるって聞いてびっくり、彼女も『数馬を返せ!』って怒鳴ってたの」

「ふふふ、彼女らしいわ」河合さんがそう言って笑う。

「和崎さんってどんな女性なんですか?」

「心配?」

そう訊かれて美紗は首を縦に振った。

「ははは、そうですよね、彼女を見てたらその心配分かります。でも、美紗さん、大丈夫よ! 彼女は明るくて何事にも積極的だけど、男性に誰彼構わず声を掛けたり誘惑したりしないから。私と私の彼が二人を会わせたの、出会った時から気が合うみたいだったし、彼女はそれでいて家庭的で……そう昔風の古い考えを持った現代の女って言った感じかしら?」

美紗はちょっとイメージが掴めず、素直に頷けなかったので

「河合さんもどちらかと言うと古風できちっとした感じですよね?」と訊き返した。

「ふふふ、直接そんな風に言われたの始めて、褒められてるのかしら?」

「え~勿論。私、性格悪いから河合さんを見習いたい……」

そう言って美紗が自嘲した笑みを浮かべる。

「そんなことないわよ。数馬さんが美紗さんを「男だ」とか言ってたみたいだけど、私は可愛い素敵な女性だと思うわよ。知合うきっかけさえあれば男性がわっと集まってくるわよ」

お世辞だろうが、河合さんが言うと本心で言ってるように聞こえてしまう。――人柄かなぁ

美紗は何となく河合さんとは気が合いそうな気がしてきた。

 

 それから一時間半ほど説明を聞いて保険に入ることにした。保険金額は二千万円で二十年後の満期の戻り金を多くした。

「美紗さん、彼氏は?」

河合さんが書類を書き終えると訊いてきた。

「いえ、フリー。私、普段は男言葉で乱暴な話し方するんで皆引いちゃうんです」

正直に言うと自分でも可笑しくなって

「ははは、変な女なんです私。趣味を聞いたらびっくりしますよ」

「え~、そんなに変な趣味なの? ふふふ」

河合さんは興味がありそうな感じがした。

「私、ハッキングが趣味というか得意で探偵の調査なんかにも活用してるんです」

「えっ、でも、それって違法?」

「へへへ、そうなんですけど、事件関係以外ではやらないし、それで得た情報を警察にも流して犯人逮捕に繋げてるんで、警察も何にも言わないんです」

「へ~、そうなんだ」河合さんは妙に納得した顔をする。

「それと、盗聴器とか盗聴カメラを作ったりバルドローンを作って空から車の尾行や捜索に活用してるの」

「えっ、えっ、何か一杯あって良く分かんなかった。盗聴器を作るの? 手作り?」

「そう、普通の盗聴器はしかこい箱みたいなでしょ? 私のは、ぺったんシール型のや蠅型とか色々なの、それにカメラを付けたのが盗聴カメラ。毛虫型とかとんぼ型とかあるの、盗聴器には見えないでしょ」

美紗が書棚の開き戸からそれらを出して机に並べる。

「へ~凄い!」河合は一つ一つ手に取り見入っている。

「そうそう、ぺッタンシール型のGPS発信器もあるのよ。凄いでしょう。自信作なの」

「へ~、あと、なんとかドローン? って言ったっけ?」

「うん、バルドローンって言って、ハングライダーの翼をちょっと厚めにしてヘリウムガス入れて椅子をぶら下げ、その下にドローンを付けた物で、ドローンが電池切れで止まっても滑空できる仕様なの。それで前の事件では荒川の河川敷の証拠物件探しで大活躍したし、ここから千葉市まで車を追いかけたこともあるの」 

バルドローンの写真を一枚引き出しから取り出して河合に渡すと河合はじっとそれを見ている。

「へ~美紗さんって凄い女性なのね。失礼だけど、今お幾つ?」

「二十四歳です。河合さんは?」

「私は二十六歳。美紗さんよりちょっとだけお姉さんね。私、美紗さんにお似合いの彼氏探してあげる。いいでしょう? ……それと私の事、爽香で良いわよ。私も名前で呼んでるし」

「爽香さんでいいですか?」と訊くと河合がにこっとして頷く。

「彼氏っていうのは、……私そういうの苦手だなぁ……」

「大丈夫よ。別に、紹介されても友達でいても良いんだから、嫌な奴だと思ったら私に言って、和崎さんにはっきり断ってもらうから。ねっ!」

そう言って河合さんはウインクする。

「えっ、どうしてそこに和崎さんが出てくるんですか?」

「ははは、私、そういうの苦手だし、彼女はそう言うのはっきり言える人だから」

と言って笑う。

 

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