第5話 苦悩

 日曜日、爽香はサンドイッチやから揚げ、サラダなどを作って駿太を誘い隅田川の河川敷にある公園に出かけた。残暑を保持する太陽が眩しく木陰にシートを敷いて並んで足を伸ばすと、自然に大きく欠伸がでてしまった。隣で駿太が笑う。

「あはっ、恥ずかしっ! つい気持いいからでちゃった」

そう言って駿太をみると、何かその笑顔に翳りを感じる。

「ねぇ駿! 何かあった? 今日変よ」

「えっ、いやっ、なんも……」

「昨日だっけ、お父さんと飲みに行くって言ってたの?」

「あぁ、高そうな居酒屋に連れて行かれてさ、一時間以上仕事の話を聞かされた」

「ふ~ん、それだけ?」

「それだけって?」

「ううん、それだけなら、駿の感じがここまで変わらないと思うのね」

 ――爽香には分からない何かが駿太にとりついたような感じが……

「……それは、爽香の気持が変わったからそう見えるんじゃないのか?」

「えっ、どう言う意味?」

 ――えっ、私? 私のせいで駿太が変に見えるの? そんな……

「だから……そのう……爽香さ、ほかに気になる人でもいる? ……」と、駿。

「えっ? 何? 私をそんな風に見てたの?」

 ―― え~私を信じてくれてなかったんだ……悲しい……。

「いや、俺は信じてるんだけど、別の男と会ってるとこ見たって人が教えてくれてさ……」

駿太は信じてるって言うけど、疑ってる。

 ――でも、……あ~やっぱり今は言えない。

「……私は駿を信じてるから、何か変だから、ちゃんと答えてくれると思ったから訊いただけなのに……」

 

「それに、家族の事訊いても答えてくれないし」ぽつりと駿太。

「そう、それで私を疑ってるんだ」自然と涙が零れる。話さない自分が悪いのだろうか?

「駿は私に言ってないことないの?」

「……いや、ない……」

「駿、今までならそんな中途半端な返事はしなかった。何か隠してる!」

爽香は駿の傍にいたいけど、家の事は話せない、話したら駿が離れて行ってしまいそうで、それが怖くて……。でも、いつかは話さないととは思う。隠し事は良くないというのは分かっている。

 ―― そろそろ話さなくちゃならない時期にきているのかなぁ。

「私のことは少し待って、絶対きちんと話すし家族にも会わせる。だから、駿、隠してること話して!」

少し声を荒らげた。

少しの間時間を止めて彼と見つめあった。こんな気持ちで見つめあうのは初めて。熱い思いのドキドキじゃなくて、死刑判決を待つようなドキドキ。駿は何を言おうとしているのか怖い。汗で濡れている手をぎゅっと握る。 ―― 涙が零れちゃいそう。

 

 「……親父が今の奥さんの律子さんと別れたら、もう一度俺の母さんと一緒に暮らすって言い出したんだ。でも母さんは父さんを嫌ってるからそうはならないと思うんだけど、なんせ勝手な奴だからなんかやらかすんじゃないかと心配なんだ」

駿の言葉に少しだけほっとしたが、それだけなら隠したりしないだろうし、つい先日まではキラキラと輝いていた駿の瞳が今は霞が掛かり次第に濃くなって行くような気さえする。

「それだけ? なの?」

「あぁ」

駿はそれだけ言って、サンドイッチを一口銜えて「美味い」と微笑んでくれる。

……これ以上は無理だと思い、から揚げを爪楊枝で刺して

「これも私の手作りだから美味しいよ」

彼の口元に運ぶと、ガブリとかじってほっぺを掌で支え「落ちる!」と微笑む。

――気持が少しふわふわして駿の傍にいるのに遠くにいる感じがする。

 

 浅草の遊園地でジェットコースターや幽霊屋敷……、ひとしきり遊んでいつものように楽しかった、そして仲見世通り近くのファミレスでお腹を満たす。

落ち着くとやはり駿は沈んでいる。悩みは自分にも言えないくらい深刻なのだろう……。

 ―― それを忘れるくらい楽しい思い出をつくりたい……。

そうだわ……

「ねぇ、今度デズニーランド行きたい」思いっきりの笑顔を作って言った。

「おぉ、良いよ。俺行ったこと無いし」

駿の沈んだ顔がびっくりした顔になり、そして笑顔へと変わる。

「うん、良かった。ねぇ、来月の連休にでも泊まりで行かない? だめ?」

「えっ、俺は良いけど、爽香は大丈夫なの?」

そう訊かれ爽香は一瞬戸惑った。今までは日帰りのデートしかしたことない。泊まりとなると……。

駿の顔を見ていて駿が何か良からぬことを考え始めたようだと気が付いた。

「へへっ、お母さんには友達と行くって言うから大丈夫よ」

言ってしまってから恥ずかしくなって笑って誤魔化した。 ―― 泊まるって、そういう事だよね……

「本当に? じゃ、俺、ホテル予約しとくよ」

駿の顔の翳りが薄らいでゆくようだ。 ―― 上手くいったかな? ……

「で、この後、俺ちょっと部長の家に来るように言われてるからそろそろ帰らないか?」

駿が少し元気になったみたいだ。今日は一日しっくり来なかったけど、その時に全部話そう……きっと受け入れてくれると彼を信じよう。そう決めよう。

「あら、会社の部長さん? なにかしら? 」

「経理部の5人と課長も呼ばれてて懇親会みたいなもんだと思うんだ」

「そう、それなら遅れないように行かなくっちゃ。手土産とか買ったの? 」

「あ~みんなで話合って金出しあって女の子が持って行くことになってるんだ」

「そう、じゃ楽しんできて。……ホテル決まったら教えてね」

 

 爽香は自室に戻ってからめぐに電話を入れた。そして、家の事を駿に言おうと決めたことと、駿が何か大きな悩みを抱えているようだが言ってくれない、と話した。

 

 

「こんばんわ。ごめんね遅くに」

「あ~めぐ、ちょっと待ってて髪乾かしちゃうから」そう数馬が言ってケータイを置いてドライヤーの風を吹き付けているようだ、ガーガーという音だけが聞こえてくる。

 

「あー、ごめん。どした夜中に?」

「うん、さっき爽香から電話来て駿太くんが悩んでるみたいだって心配しているようなの」

「え~、こないだ会ったけど、爽香さんのことを除けば悩んでいる様子はなかったぞ」

「そう、爽香が自分の事を訊かれたみたで、今度彼に全部話すって言ったらしいのよ。それは良いんだけど、彼の悩みが深刻そうで数馬が何か聞いてないかと思ったの」

「いや~、聞いてないなぁ。どうしたんだろう?」

「昨日、彼が実のお父さんと飲みに出たみたいなんだけど、そこで何か言われたんじゃないかと思うのよねぇ」

「いいよ、わかった、明日にでも駿に聞いてみちゃる。そう感じただけみたいな気もするし」

あいつは親父?――母子家庭だったはず、親父って誰だ?――に一言いわれたからって、そんなに悩むような奴じゃない……。

 

「そうね、取り越し苦労なら良いんだけど、頼むね」

「おー、めぐの頼みだからな」

数馬なら上手く話を聞き出してくれるだろうと思う。渡りに船。気持が多少とも楽になった気がする。数馬に感謝だわ。

 

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