第4話 殺人計画
休みの前の日、その日の会計処理を終えて時計を見ると午後五時を回っていた。
……あ~終わったぁと伸びをしているところへ飯田不動産(株)の社長であり実父でもある飯田真二から電話が入り
「駿、飲みに行こう」
と誘われた。母と離婚して以来初めての事だった。
――何でだ? 何があった?
母は親父を嫌っていたが駿太は好きだった。幼稚園の頃よく遊んでくれたし、おやつにおもちゃも買ってくれた。離婚したのは親父の女関係だと後々気付いたが、親父であることにかわりは無い。
一旦、家に帰って汗の臭いをシャワーで流し、ジーパンにTシャツに着替えた。
―― どうせ、居酒屋だろう。良い服を着ると臭いがつくから、いつものやつにしよう。
指定されたその店の前に立って「おっ」と思った。かなり高級そうな佇まいで駿太が友達と行けるような所でないことはすぐ分かった。
仲居に案内された個室は掘り炬燵のある座敷で、親父はすでに座っていて駿太に向いに座るよう指をさす。
ほどなく女将だと言う人が挨拶に来て、親父は親し気に話をし駿太を息子だと紹介した。
女将は顔に笑みを浮かべてはいるが、……何か空恐ろしい――駿太は蛇に睨まれたカエルの気分になる―― 感じがして絶対好きにはなれないタイプの女性だと思った。
次々に料理が運ばれ食べるのも飲むのも忙しい。お品書きがテーブルに置かれていて随分と料理が出てくるんだなぁと心が踊る。実際、先附けに始まって、前菜、小鍋仕立て、造り、蒸し物、焼き物と続く、食べた事のない生ゆばや寒ブリのしゃぶしゃぶに蟹料理など次々に目を引かれ、次々に口の中に放り込んでいるといつの間にか腹が一杯になってくる。
――こんな美味いもんで腹を満たすなんて記憶が無い――
そして最後にデザートが置かれ、それを食べながら大事な話があると親父が言い出した。
―― 腹は一杯でアルコールが気分を盛り上げる。親父の話なんかどうでもよかった。
「駿太、これからいう事は他言無用。良いな!」
それまでとは別人のように目をぎらつかせ迫力ある形相で駿太に顔を近づけ睨みつける。
「えっ」一瞬戸惑ったが、
「おー、内緒の話って訳だ」酔った勢いもあって軽く流した。
「お前に、人を……欲し……」低いトーンでぼそぼそと喋るでの良く聞き取れなかった。
「何? 何して欲しいって?」
「駿! 確り聞け! お前が人を殺すんだ!」どすの利いた声で今度は確り聞こえた。
が、その言葉の意味をすぐには理解出来なかった。
頭の中で「人殺し」と解釈できるまで時間を要した。
……その意味を理解した途端、身体が固まり身動きが出来なくなった。 ―― マジかぁ?
「……親父、お、俺に人殺しやれってか?」やっとそれだけ言えた。
手に汗を掻き顔が引きつる。
「バカな事言うなや。親父、何の冗談よ!」
―― どう考えても、マジで人殺しを子供に頼むバカはいない、と勝手に決めつけた。
それでも親父は「父親を助けると思って聞いてくれっ!」と言い、冗談だとは言わない。
親父の表情に切羽詰まったものを感じる。が、人殺しなんて尋常じゃない。
「一応、聞いても良いけど、俺には俺の人生があるんだ。そんなことしたらすべて台無しだ。だから引き受けないぜ! それでも言いたいなら言えや。人には言わんから」
「会社が火の車なんだ。そこへ持って来て律子にやらせてる宝飾店の隠し金を従業員に盗まれた。表に出せない金だから被害届を出せないと知っての上での事だ。で、そっちも潰れそうなんだ」
―― 世の中事業に失敗する奴は五万といるだろう。親父の理屈じゃそいつら全員殺人者になる!
「商売が上手くいかないなら、やめて再出発すりゃ良いじゃん」
それが一般社会での常識だと思うし、それ以外どうしようも無いだろうとも思う。
「それに、律子は贅沢で金使いが荒い。現状を知りながら夜遊びはするし男に貢ぐし、このままじゃ自己破産だ」
親父は駿太のいう事を全然聞いちゃいない。勝手に自分が言いたい事だけを言ってやがる。
――冗談じゃねぇ。
「かみさんと話合ったのかよ?」
「あ~、言ったがまったく無視だ! どうしようもないクソやろうだ」
―― お前が好きで、母さんと離婚してそのクソとくっついたくせに何言ってやがる。お前こそクソだ。
「その話が本当かどうかは分からんが、自分の子供に殺人を持ちかけるなんて、なんて親だ! 自分で殺ればいいじゃん」
駿太は我慢できずに思ったままをぶちまけた。
「殺す相手は律子だ。俺が一番に疑われる。だろう? だが、お前は何の利害関係もないから怪しまれないんだ」
親父は大きなバッグから黒いマウンテンパーカーの上下にスニーカーとビニールの手袋とロープ、さらにサングラスやマスクを取り出す。全部新品のようだ。
駿太は実父から殺人を頼まれるなんて信じられないし、爽香との未来も捨てるしかなくなる。ましてや一生殺人者として生きて行かなくてはならなくなる、……そんな俺の思いをこいつはまったく考えてもいない、と思うと腹が立つ。
「俺とお袋を捨て、勝手に別の女と結婚して、都合が悪くなったら俺に近づいて人殺しを頼むなんて、お前に人の心があるのか? 余りに身勝手じゃないのか? お前はクズだ!」
「律子がいなくなったらお前に店を任せる。今の給料の何倍もの収入になる。悪い事ばかりじゃない。俺はお前のことも考えているんだ。だから聞いてくれ、手順は……」
その後約一時間その話が続き、最後には
「頼む! この通りだっ!」
と土下座までして頼まれた。
同じ言葉で拒否し続けたが、しだいに、心が疲れてきて「嫌だ」と言うのも嫌になってきて、「分かった」と言ってさっさと店から逃げ出した。
―― 服一式を持って来てしまったと後悔したが、戻るのも面倒。親父の顔も見たくない。
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