第2話 母子家庭
「らっしゃーい!」
威勢が良い掛け声が飛び交う居酒屋「とんぼ」、幸田留美は厨房を任されている。この店一筋二十年を超えた。午後四時半には店に入り帰るのは真夜中、息子の真人とは同居しているものの真人は不動産屋で日勤のためほぼ入れ違い。まして真人は日曜日も仕事の為一緒に休みになるのは盆と正月だけ。
店の残り物でおかずだけは用意しているが食事するのも別々。三年近くまともに話したことはない。
最近も、真人が友達の仁徳くんと岡引くんを連れて店に来たが忙しくて、ちょっと料理をサービスしたくらいで顔を出すことも出来やしない。
夫は女癖が悪く真人が幼稚園の年中さんのとき離婚して旧姓に戻ったのだが、
「まま、なんで名前変わるの? ぱぱは?」
父親が好きだった真人に随分しつこく足に絡みつかれて何度も訊かれた。
「ぱぱは事故で死んじゃった」
と苦し紛れに言ったが納得はしていないようだった。
親の勝手な事情で別れてしまって真人には申しわけない、という気持ちがずっと心のどこかにあってついつい甘やかしてしまったと後悔もしていた。
真人が高校生になった時、元夫が
「真人に会いたい」と言って、突如店に姿を現した。
元夫は人の事を考えない性格だと十分知っていたはずだった。
だから
「あんたは死んだことになっているから会わせられない」と断ったけど、
それなのに……
「俺を叔父さんだと言って会う分には良いだろう」と言う。
その後も三日と空けず電話をよこして、言い出したら聞かない性格に負け、ついつい
「絶対に父親だとは言わないならたまあに会うくらいならしょうがないわねぇ」
と認めてしまったのだ。
――後々それをどれだけ後悔したことか……
それ以降時々真人と会っているようだけど、真人は何も言わないのでどういう話をしているのか分からなかった。
が、ある時、息子を知っている店のお客が、
「不動産屋でアルバイトやってんだね」
っていきなり言われてびっくり、真人に電話を入れたら
「親父」に頼まれて営業やってるという。
そこで真人が「親父」と言ったので飛び上がった。
直ぐ元夫に電話を入れたら
「真人に本当は叔父さんでなくて父親なんでしょう、と問い詰められて白状した」と言う。
あれ程言ったのにと腹が立って
「もう会わせない」と言ったが元夫は笑って、
「もう真人は子供じゃない自分で判断できる年だ、あんまり言うとそっちの家を出てこっちに来ると言ったらどうする? 俺は良いけどよ」
と、半分脅しをかけられた。
―― そう言われた時の口惜しさったらなかった。いっそ殺してしまいたかった……。
それに昔みたいに不動産屋じゃなくて、
「いい娘がいるけど、どう?」
なんて商売に加担させられたら真人の一生の問題になるから気が気じゃない。
元夫から連絡が来た時に一瞬身がすくむ思いがして、元夫の言う事なんか絶対に許せないと思っていたのに、しつこくされて認めてしまった。駿太を守り切れなかった。
きっと何かを企んで……。
不安がふくらんで胸を締め付け苦しい日々が続く……。
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