第16話 愛人

 一条准教授は大学を懲戒解雇された。

そして妻の幸子から離婚を申し立てられ家を出されたと事務長の村井大介から一心は報告を受けた。

「准教授は何処へ行ったんでしょう?」

一心が訊く。

「わかりません。仕事部屋として使ってたマンションも引き払ったようで空っぽになってたんで……」

「奥さんは、そのまま家に残ってるんですか?」

「えぇ、週末は学生を集めて騒いでるようです」

「でも、収入無いんじゃ?」

「いえ、幸子さんは学長の娘さんですから……それに幾つもマンションを持っていて遊んで暮らせるだけの財産も収入もあるんですよ」と、村井は少し腹立たしそうに話した。

「そうそう、あの高木聡一も良くその家に遊びに行ってるようですよ」

「えっ、もしかして高木は幸子の愛人ですか?」と、一心。

「え~ほかにも何人もいますがね」

「そうすっと、……」そう言ったまま一心が考え込む。

「まぁ、ですから、大学としては事件は終わったいう事になるので、調査はもう……」

村井がそう言っても一心は何も返さない。腕組みをし天井を見上げている。

何も言わない一心をしばらくのあいだ待っていたが「じゃ、私はこれで……」そう言って村井は帰って行った。

「美紗! ちょっと」小一時間もしてから一心は美紗を呼ぶ。

「どうした?」

「一条崇智で保険の契約あるか調べてくれ」一心が答える。

「どういうこと?」家族が集まってくる。

「幸子と高木が愛人関係にあるとしたら、夫の崇智に保険を掛けて殺害しようとしたってことも有り得るなと思ってよ」

一心がそう話すと「え~」と皆声をあげて驚く。

「でも、崇智はん生きてはるえ」

「そう、幸子は高木に殺害を命令したが、高木が失敗したんじゃないかな」

「そっか、どうせ愛情のない夫婦保険金貰って別れるってか」一助はムッとした表情で言った。

 

ほどなく美紗が自室から戻ってきて

「保険あったわ。一億円で受取人は妻の幸子……この契約まだ生きてるぞ」と、言う。

「えっ、でも離婚したんだよな?」と、数馬。

「何、一心! 幸子はもう一回崇智を狙うんじゃないか?」

一助が言う。

「崇智を探し出して尾行だ! それと高木聡一を尾行だ! 連絡は密にな!」

一助が美紗からシール型GPSを貰って高木の尾行にでた。

数馬と静もシール型GPSを手に一条の写真を持って行方を追う。

一心は浅草署に走った。

 

 丘頭警部に事情を説明した。

「可能性としてはあるわね」と、丘頭警部が認めてくれた。

捜査員を二人の尾行に回してくれた。

そこへ一助から電話が入った。「一心、大変だ高木が姿を消した。午後の授業にも出ていない」

一心が高木のケータイを鳴らすが出ない。

「やばいな、一条を殺しに向かったのかな?」

 

 翌朝、一条准教授の遺体が発見されたと丘頭警部から連絡が来た。

一心はすぐ現場に飛んだ。

財務経済大学の校舎の近くの植え込みの中で、うつ伏せに倒れているところを出勤してきた警備員に発見されたのだった。

現場にいた丘頭警部から屋上から飛び降りたようだと伝えられた。

ポケットに「すまないことをした」と書かれたメモがあった。

見方によれば遺書とも見えるが、ちょっと文字が震えている。

大学を首になり妻と離婚し家を追い出されて行き場を失って自殺……十分に考えられる。

しかし、一心は納得がいかない。

事務所に戻って数馬と一助に高木聡一のアリバイを調べるよう指示する。

一心は静と一条幸子に会うべく自宅を訪問する。

幸子に普段と変わった様子は無いように見える。

「こんな時に申しわけないけど、夕べ何処で何をしていたか教えて貰えますか?」

一心は直球で質問した。

「さあ、覚えてないわねぇ……」

白々しい幸子の答えに「離婚したとはいえ別れたばかりの元夫が亡くなったんですよ、きちっと答えてくれませんか? それとも警察でないと答えれませんか?」

「ふふふ、随分と気短な探偵さんね。そんなんじゃ証言得るの大変でしょう、ねぇ、奥さん」

「へぇ、そうどすなぁ。のらりくらりと返事をしぃへんお人もおるさかい、苦労させられます」

言われてぎろりと静を睨む幸子。

「ところで、離婚したご主人にどうして保険を掛けっぱなしにしてるんです?」

「えっ、何それ?」

「またぁ、一条さんはおとぼけが得意のようだ。聞いたんですけどあなた元夫に一億円の保険金今でも掛けてるって言うじゃないですか。羨ましいですなぁ。元夫亡くなったからそれが手に入る」

一心が一条を注視していると僅かだが目が泳いだ。

「契約書も貴女が書いて掛け金もあなたが払っている」

「何が言いたいのよ!」

「ふふふ、いえ、俺は事実を言っただけです」

 一条は黙ってしまった。

「じゃ、後は警察へ行ってその事話して捜査してもらうわ。失礼しました」

 

事務所に戻ると数馬も帰っていた。

「おう、高木は午後七時頃一条幸子と居酒屋で食事してた。そして九時頃ラブホテルに入って泊まった」

と数馬。

「えっ、それ間違いないか?」

「おう、居酒屋で写真見せたら間違いないっていうし、ホテルの監視カメラの映像見たが派手な一条幸子の服装が確認できたし、一緒に若い男いたから間違いないと思うぜ」と、数馬。

「ただ、関係ないと思うけどよ、そのホテルでちょっとした痴話喧嘩で警察が呼ばれて騒ぎになったみたいだけど……」

一心は期待が外れ頭を抱える。「他殺じゃないのか?」

「俺の新システムでホテルに入った男が高木かどうか調べてみるか?」と、美紗が言う。

「なんじゃそれ?」

「人間の歩き方は一人一人違うという事は専門家の間じゃ有名な話らしいんだ。それで歩き方を比べたら同一人か別人か分かる仕組みは既に存在するらしいんだ。で、俺も作ってみたって訳」

自慢気に美紗が言う。

「だから、数馬、高木の歩く姿を十秒程度で良いから撮影してきてくれ。それで照合する」

「へ~、美紗凄いな! 事務所の新兵器になる」

「せやけど、徳森の捜索はどないしたん?」

「あ~、丁度終わった。俺の見たこと無い若い男とタクシー乗ってたで。一心このメディア警部に渡してくれ」

美紗がメディアを差し出す。

一心はそれを受取り「じゃ、署に行ってくるわ」

と言って事務所を出ていった。

「じゃ、俺は高木の歩く姿映してくる」そう言って数馬も続いた。

 

 一週間が過ぎて丘頭警部が事務所に姿を現した。

「分かったわよ。徳森康之を殺害した犯人」警部はにこにこして言う。

「あのカメラに写ってた男なんでしょ」と、美紗。

「そ、誰だと思う?」

「警部、そうじらさないで教えて!」美紗が警部にすり寄り肩を突っついて急く。

「ふふふ、剣田よ。剣田翔」

「翔って誰?」

「息子よ。父親が徳森に裏口入学を脅しの材料にされ金を要求されて、金が無くて困っていたのと、妹の入学のこと隠したかったって。妹思いなのよ」

「親父に言われて殺ったんじゃないのか?」

「家族の間ではそう言う話が出たかもしれないけど、断定できないし本人は自分の意志だって頑張るのよ」

「まぁな、証拠なければ起訴できないしな」

「それで、結奈さん大学辞めちゃった。お父さんも引責で会社辞めたし、それに、本人には言ってないようだけど、学部長が改めて確認したら結奈さんそもそも合格してたみたいなの。一条が何故剣田家に目を付けたのかは分からないけど、一条さえ居なかったら普通に幸せな家庭で過ごしてたんじゃないかな……」

一心は丘頭警部の言う通りだと思った。

 ――立場を利用して金を稼ごうとしたり、女にいう事を聞かせようとする輩。そう言うやつは世の中に五万と居るだろうが、いつかしっぺ返しを食らう。覚悟しておけ! ……

 

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