第15話 日記
剣田藤樹を逮捕してから一週間が過ぎた。
丘頭警部からなんの連絡もなく、一心は何故自白しないのか不思議に思っていた。
ふらっとその警部が探偵事務所に来た。
「あら、どないしはりました?」
静が珍しく静かに階段を上がってきた丘頭警部を目ざとく見つけ声を掛ける。
「あ~、静。ちょっと疲れて……」
「剣田が吐かないのか?」
「そう、一心、九時頃から徳森と飲んでたことは認めてるのよ。で、十一時少し前に別れたって言うの」
「死亡推定時刻の直前だな」
「え~死亡推定は十一時から半までだから、別れたのが本当なら犯人は他にいる」
丘頭警部は頭を振って両手を広げる。
「剣田のその後は?」
「奥さんの話では十二時前には帰って来てたっていうの。それ以上細かい時間は分からないって言うのよ」
「そう言えば、剣田以外に徳森が脅迫しそうな奴はいないのか?」
「え~、他の裏入学した家は借金してお金用意したと裏取れてるから、徳森から脅されても金払うのは無理ね。徳森もそのくらいは調べたでしょうから可能性は無いと思う」
「徳森の遺体に犯人の遺留品は?」
「何点かあるが、剣田の持ち物とは一致していない」
「凶器は?」
「え~、今洗ってるわ」
「俺らに出来ることは?」
「隅田川近くの百カ所ほどの監視カメラの映像があるのよ。今、目検で被害者を探してるの……」
「ほう、じゃそれ美紗にやらせるからデータくれ」と一心が言うと
「そう、悪いわねぇ」と丘頭警部は言ってバッグから小袋に入った媒体をテーブルに置いてにやりとずるく笑った。
「おいおい、端からそのつもりかよ……」
「でもね、今、事件前後のタクシーのカメラの映像も集めてるの……それも良い?」
今度は少し申し訳なさそうに言う。
「はいよ、用意出来たら持って来て」
「きゃはは、やっぱり持つべきものは探偵一心ね」と、来た時とは大違いでにこやかな丘頭警部だ。
一心は三階に向かって「美紗~仕事!」と叫ぶ。
「おー、どこの監視カメラだ? 準備は出来てるぞ!」と、美紗。階段を駆け下りてくる。
「そろそろ被害者とカメラの映像の照合って警部が言ってくるんじゃないかと思って、お待ちしてました」
と言って胸を張る美紗。
「どっちの被害者?」と美紗に訊かれ「あ、あ~徳森のほう」と丘頭警部。
「そっかぁ、一条准教授を刺した犯人も監視カメラで探せるか?……」
丘頭警部はそんな感じに呟いた。
*
数馬はめぐを誘って中野の警察病院に鈴金智人を見舞いに行った。
病室に入ると橘香が迎えてくれた。
「どうです、鈴金さんは?」と数馬が訊く。
「え~意識も戻って、後二週間くらいで退院できそうなんです」と、香。
「あら~良かったわねぇ。どうなるのかと心配してたんですよ」
めぐが言うと「お二人に会えて本当に良かったと智人と話してるんです」
少し話をしていると鈴金が目を覚ましたようだ。
「あ~数馬さん、ありがとうございます」
数馬を見上げて話しかけてくる。
「いえ、もう大丈夫そうですね」数馬も笑顔で答える。
「はい、自殺も止めました」と、鈴金が明るく言った。
数馬とめぐは香からそうしようと思うと聞いていたが、いきいなり鈴金の口から飛び出した言葉に少々ドキッとした。
「そう、気になってたんだ。せっかく助かった命。また、自殺すると言ったらどうしようとめぐと話してたんだよね」
「香からも聞きました。俺も死んだ香を見るの嫌だし、子供を殺しちゃうのもどうかなって思って」
「で、どうするの? 香さんのご両親」
「え~、退院したら、行ってきます。例え、縁を切ると言われても子供を育てないといけないので、東京離れて住み込みでも良いから働きます。生き続けます」
「めぐ、なんかこの二人すっかり逞しくなった感じだな。俺たちの出番は終わったな」
「うん、そうね、香さん頑張って幸せ掴んでね」
「鈴金さん、困ったら浅草の岡引探偵事務所はずっとあるからね、来るんだよ」
「あの~、実家へ言って話をしたら、結果がどうあれ事務所に行って報告します」
香がそう言うと鈴金も頷いてきっと行きます、と言ってくれた。
数馬もめぐも幸せな気分に包まれながら病院を後にした。
「羨ましいなぁ」ぽつりと数馬が呟く。
「ほんと、羨ましいわぁ」めぐはじっと数馬を見詰める。
「な、なんだよ……」
――俺はいつでも良いと思ってんだけどなぁ……
「ううん、いつか私たちもあ~なるのかなぁって思って」と、めぐ。
――私は今すぐでも良いんだけどなぁ……
と、数馬はめぐの心の中を想像する。
*
探偵事務所で一心は一条准教授が関係を持った女子学生を当たった結果を聞いていた。
「俺が当たった七人は単位を取るためにマンションに呼ばれてそこで強引に関係を結ばれたと話している。
でも、一条准教授が二枚目で筋肉質で好意を持っていたので、被害届を出すとか言う気持はまったく起きなかったと言ってる。その関係も一回だけだったらしい」と、数馬。
「俺の方も当たった五人は数馬の報告と同じだ。ただ、一人裏口入学した娘はそのマンションでそう告げられ秘密にするからと言って関係を迫られ断り切れなかったと言ってた。関係は月に一回程度今でもマンションに呼ばれると言ってた。みんな、彩香が聞き出してくれたんだけどよ。アリバイを確認したら事件の日の午前中は講義があって、昼からは就職の面接が一時からあるので急いで家に帰って十二時半には千代田区の会社に居たと裏も取れたから犯人じゃないわ」
一助がそう説明する。
「自殺した娘の両親に会ったが、あの二人に一条准教授を刺すのは無理だ。父さんも細身で心臓に病気を持っていて激しい運動は禁止だそうだ。ただ、娘の康代を追っかけまわしてた男がいたらしい。見方に依ったらストーカーだ。名前は高木聡一。四年生だ。自殺する直前まで話してたらしい。丘頭警部も事情を聞いてる」
一心がそこまで言って康代の表紙に「日記」と書かれたノートを広げる。
「で、ここ見てくれ……」
美紗が素早くノートを手に取って読む。
「はぁ、康代はその高木聡一を嫌ってるな。きもいとかうざいとか書いてる」
「そいで、どうして屋上で話なんかしはったんやろ?」と、静。
「康代は生まれた子にパパは? と訊かれたらなんて答えるの? そう友達に言われて下ろすしかないかと思い始めている。それでも心の中で激しい葛藤があった。そんな時嫌いな高木が付き合おうとか、父親になっても良いとかしつこく言い寄ってきて、高木が康代の肩を力づけるつもりで叩いたのが引き金になって何かが康代の中で爆発して飛び降りてしまった……という事のようだ」
日記と高木の証言からはそう想像される、と一心。
「で、どうする一心?」
「美紗、徳森のカメラの照合は進んでるか?」
「おう、あと一週間くらいで終わる」
「それまで、凶器のナイフの出何処と購入者洗うか……但し、高木の住んでいる葛飾区と大学のある大東区を中心にな」
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