第14話 浮かぶ死体

 それから十日ほどして徳森康之の刺殺死体が隅田川に浮かんだ。

一心は真っ先に一条准教授を疑った。

「数馬と一助、一条准教授のアリバイ探れ!」

なんてったって一条を恐喝していたと見られる徳森が刺殺死体で発見されたんだ、容疑者第一候補だ。

「だけどよ、一条って腹刺されて病院だろう。無理じゃん?」と、数馬。

「えっ、あーそうだったなぁ……リハビリ始まったとこだった」

 ――そしたら、闇金の客とトラブルか?

「美紗、徳森の口座洗ってくれ、五百万以上の入手金な」

「おう」

美紗が三階へ駆け上がる。

「裏口入学した子供の親を脅迫したなんてことないやろか?」

静の言葉に唸った。

「正にその通りだ。そこ見落としてた。静、聞き取りに行こう」

該当者は四名。

 

 しかし、疑う根拠となる情報も証拠品もなく、美紗の調査結果でも一条からの振込以外は無かった。

アリバイを家族と一緒だったと口を揃えていうので白とも黒とも言えない。

一心は丘頭警部のところへ情報収集の為向かった。

 

「ちわ~」一心が相変わらずパソコンと睨めっこをしている丘頭警部に声を掛ける。

丘頭警部は一心をチラリと見ると「田川刑事! 徳森康之殺害事件の調書の写し応接にね」

そう言って応接室を指さす。

「いや~参ってさ、裏口入学した四名の親に会って来たけど反応薄いし、闇金で被害にあった人の家族とか恋人とかかなぁ……なんか情報ない?」

一心が訊くと

「あら~珍しい。一心考え過ぎてんじゃないの?」

「えっ、どういうこと?」

「徳森のケータイに残された最後の通話者。誰だと思う?」と、丘頭警部が謎を掛ける。

「家族か?」

「ふふふ、剣田藤樹よ。裏口入学した剣田結奈の父」

「なんで父が徳森に電話なんか?」

「変でしょう? だから今話を聞いてる。まだ、殺ったとは言ってないが、証言があやふや……」

「警部の感では?」

「黒ね」

丘頭警部はそう言って一心にウインクする。

 ――可愛くないから、それ止めてくれ~……

「まだ、一時間ほどしか取調べしていないから吐いてないけど、時間の問題と見てるわ」

と、丘頭警部は自信を覗かせる。

「なんだ、じゃ、俺らの出番無いな……一条准教授を刺した犯人追う事にするわ」

そこへ田川刑事が調書の写しを持ってきた。

一心は礼を言ってそれを受け取り「吐いたら教えてくれな」

と言い残して署を後にした。

 ――がっかりだぜ、そっかぁ、ちょっと考えすぎか……そう言って自嘲的な笑みを浮かべる一心だった。

 

 

 

 

 高橋麗香は只畑彩音の経営する弁当屋で働き続けていた。

オーナーの夫只畑宗司の姿もあれからずっと見えない。

同級生の彩木は毎日お昼に弁当を買いに来てくれる。そこでの短時間だが会話がいつの間にか麗香の楽しみになっていた。

 ある日の夕方店から帰って弁当を食べているとチャイムが鳴った。

「どなた?」一瞬只野のことが頭を過りドキリとした。

「彩木です。ちょっと良い?」聞き覚えのある彩木の声にホッとする。

ドアを開けると大きな花束が目の前に差し出され驚いて「きゃっ」と小さく悲鳴をあげた。

「誕生日おめでとう!」

そう言われて思い出した。今日は麗香の誕生日だった。

「彩木くんありがとう。よく覚えていたね。まぁ、どうぞ……」

嬉しくて何も考えずに彩木を部屋に入れ鍵をかける。

「今、夕飯にお弁当食べてたの」

ちょっと恥ずかしくって台所に片付ける。

「一緒にケーキ食べない?」

彩木はケーキの箱とオードブルを茶の間のテーブルに置いて、「ビール買ったんだけど冷蔵庫に入れて良い?」

「あっ、私やるから座ってて」

麗香は箸やら取り皿やらコップやらをテーブルに並べ自分も座って、彩木にビールを注ぐ。

「ありがとう、こんなに沢山」

「いや、誕生日に一人じゃ可哀そうかと思ってさ……じゃ、おめでとう。カンパーイ」

 

 楽しく過ごしているとあっという間にケーキ以外のおつまみが無くなった。

「何か、買ってこようかしら……」麗香がそう言うと「もう、良いよ沢山食べてお腹も一杯。まだ、ビールあるからもう少しだけ飲もうよ」

「そう、じゃそうしよっか」

始めは向かい合って座っていたが、いつの間にかソファに並んで座っていた。

麗香はある予感がしたのだが、それを拒むつもりはなかった。

肩を抱かれ、彩木の顔がすぐ傍にあった……。

 

 ……彩木が帰ったのは夜中の二時を回っていた。

ぼんやり彩木の暖かさを肌に感じながら眠りについた。

朝、眠いはずだったがすっきりと起きた。

心に支えが出来たような気がしていた。

出ようとしたとき、封書に気が付いた。

差出人も受取人も書いてなかった。

「夕べは随分とお楽しみだったようだな。このすけべ女。

あんな男の何処が良いんだ。

そうか、旦那が死んで誰も何もしてくれないから溜まった欲求不満を解消したってわけか。

ははは、お陰でこっちも楽しませて貰ったぜ……」

と書かれていた。

身体から血の気が引いてゆくのが分かった。

こんな事をするのは只畑しかいないと確信した。

 すぐ彩木に電話を入れたがまだ寝てるのか出ない。

以前に警察の名刺を貰ったことを思い出した。丘頭桃子警部という女性の警部だった。

ケータイに電話を入れ用件を話すと「直ぐ行きます」と言ってくれた。

仕事があるので丘頭警部に店に来てもらう事にした。

 

 三十分後店の事務室で丘頭警部と只畑彩音オーナーと三人で面会した。

手紙の写しをオーナーにも渡す。

オーナーの顔色が変わった。

「宗司ね、こんな恥ずかしい。麗香さんごめんなさい」と彩音が深々と頭を下げる。

「麗香さん、これは部屋の中に盗聴器仕掛けられてるわね。その確認をしましょう。お店は何時まで?」

「今日は午後4時です」

麗香が答えると「良いわよ、直ぐ帰って、時間は付けとくから。早く安心したいでしょう」と、彩音。

丘頭警部は署に電話を入れその筋の専門家を呼んだ。

 

 一時間後、麗香の部屋から盗聴器が三台見つかった。

「手紙と盗聴器の指紋を採取して」

そう部下に言って、丘頭警部は麗香と店に戻る。

「彩音さん、お宅へ一緒に行って旦那さんの毛髪か指紋か取りたいのでお願いできる?」と、丘頭警部。

そして鑑識に只畑宅に向かうよう住所を伝える。

麗香は丘頭警部の勧めでホテルに泊まることにした。只畑オーナーが宿泊代を出すと言ってくれた。

 

 次の日、麗香が店に出ると、指紋が只畑宗司のものと一致したと丘頭警部から電話があった。

只畑オーナーにも伝えた。

「麗香さんごめんなさい……」

何回も苦しそうに麗香に頭を下げた。

「いえ、オーナーが悪い訳じゃありませんから」

麗香はそう答えたが何か只畑オーナーに申しわけない気がしていた。

 

 丘頭警部はK建設(株)に只畑宗司を尋ね、高橋麗香宅への侵入、盗聴器の設置、盗聴器で知り得た情報をつかった脅迫などについて事情を訊き、浅草署への同行を求めた。

只畑は麗香のことがどうしても忘れられず不法行為と知りつつやってしまったと素直に白状した。

それを受けて丘頭警部は只畑宗司を逮捕した。

麗香の所に丘頭警部からそう連絡が入ってホッとした。


 一方、麗香は只畑オーナーが引越代を負担し、エントランスにオートロックが設置され各部屋にモニター付きのインターホンのあるマンションに引っ越した。

勿論、彩木くんには引越のお手伝いもお願いした。

 ――あ~ここなら安心だわぁ…… 

 

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