第13話 男の欲望

 静が只畑彩音がオーナーを務める店に弁当を買いに行くと、オーナーが顔を出して

「静さん、ちょっと相談があるの、裏に回って」と言う。

静が職員口から中に入ると事務室になっていてオーナー以外誰もいない。

「実は、剣田藤樹という本部部長がしょっちゅう来て、私に付き合えっていうの。勿論、食事位なら良いんだけど、そうじゃなくって愛人になれって事なの……」

「ほんまに? 信じられへんなぁ」

「そうなの、はっきりそう言われたの。そうしたら利益がもっと出るようにしてやるし、断るんだったら潰してやるって脅すのよ……」

「え~、権力を笠に着てとんでもない事言いはるお人やなぁ。帰ってな、一心と相談するさかい電話教えてくれはりますか?」

「はい、えっと番号は……」

「じゃ、後ほどな」

静はそう言ってお弁当を貰って帰宅した。

 

 一心と相談して、彩音に電話を入れ事務所に来てもらう事にした。

彩音の胸に盗聴器を仕掛け店に盗聴カメラをセットする。

そして数馬とめぐが彩音を尾行して盗聴カメラで剣田と会ったところからすべて映像として残すことにした。

さらに一心と静は面が割れてないので彩音と剣田の後を一緒に撮影しながらついてゆくことにした。

 

 夕方六時店に戻った彩音に同行して美紗が盗聴カメラをセットする。

そして彩音が剣田に「決めました」と言って店に来るように促す。

 剣田が店に到着したのは午後七時。

録音、録画開始だ。

少し話をしてから二人は店を出て小料理屋に向かった。その後を一心と静が続く。

店の女将に話をつけ注文した酒やつまみをめぐが衣装を借りて運び、盗聴カメラを部屋の隅の電話台にセットする。

美紗がノートパソコンでカメラの画像や音声を微調整する。

剣田はやたらご機嫌だ。

すっかり彩音が自分の愛人になった気でいる。

自分が仕事上でも女を喜ばせるテクニックも素晴らしいものを持っていると自慢話ばかり喋り続けている。

 ーー聞いてる一心でさえ恥ずかしくなる様な内容だ。

二時間近くもそこで喋って、剣田がホテルへ行こうと言い出した。

彩音は黙って俯く。

剣田が彩音の肩を抱きその店を後にした。

数馬とめぐは盗聴カメラを片付けそのあとを追う。

カメラはその様子を写し続けている。

それとは別に一心も盗聴カメラを胸につけていて、剣田らの様子を写している。

五分程歩いてラブホテルの前に来た。

剣田が肩を抱いたまま入ろうとするが、彩音は嫌がる。

「嫌です! 利益を出してやるから抱かせろと言われてもできません。止めてください」

事前に打ち合わせしたとおりの台詞だがなかなか気持が籠っていて良い演技だと一心は感心する。

「彩音はんおじょうずですなぁ」と、静。

そこで数分揉めていると、予定通り剣田が腹を立て、

「いう事を聞かないとお前の店潰すぞ!」と、大声で怒鳴った。

それをしっかり録画して一心と静が剣田の前に姿を現し

「剣田部長! 権力を笠に着て、立場の弱いオーナーを自分の愛人にしようなんてとんでもない奴だ。すべて録画した。これを本部のお前の上司に提出する。処分を覚悟しておくんだな! 彩音さん行こう」

静が彩音の手を引いてラブホテルの門の外へ出る。

「待て! なんだお前たちは! 俺の彼女をどうする気だ!」

「バカかお前は、俺は探偵の岡引一心。こちらの彩音さんに頼まれてお前の悪行を暴きに来たんだよ。小料理屋とここでお前が彩音さんに言った言葉、すべて映像として残ってるんだ諦めな」

その会話も数馬が録画している。

呆然と立ち尽くす剣田を放って彩音さんと岡引一族は事務所へ笑顔で向かった。

彩音さんは涙を浮かべてお礼を繰返す。

 

 翌日、一心は美紗がコピーした編集なしの映像をそのまま丘頭警部に届けた。

それを見て丘頭警部が「ふ~む、脅迫罪かな……一心、事情聴取した方が良いんでしょ?」

「おー、一応してくれ、圧力にはなる」

「わかった、で、あんたはこれから本社へ?」

「あ~一応電話入れたら山岩健吾っていう業務課長が会ってくれるらしいから行ってくる」

「同行するかい?」

「いや、別の方が良いんじゃないか、盗聴とか盗撮とか違法で入手した音声に映像使うから、警察居たらまずいしょ」

「ふふふ、そうだわね。じゃ、頑張って行ってきて、ただ、警察に通報したと言った方が良いだろうね」

「了解、じゃ」

そう言って一心は府中市のNasi食販(株)の本社に向かった。

 

 応接室で待っていると

「お待たせしました」

差し出された名刺を見ると業務課長山岩健吾と書かれていた。

「あ~、お宅が電話したときの課長さんですか。よろしくお願いします」

「いえ~、こちらこそ探偵さんにご指摘を頂くなんて不名誉この上ありません」

一心はメディアを渡す。

「これは、編集を一切していない映像と音声です。業務部長が立場を悪用して女性オーナーを自分の愛人にしようとした証拠です。一応、脅迫罪にあたると思われるので警察にも提出してありますので、いずれ警察もこちらへ来るかと思います」

「他に提出した先はありますか?」

「ははは、大丈夫です。マスコミ関係には一切渡していません。私と警察とここと三つということです」

「ありがとうございます。では早速見せて頂きます」

ノートパソコンを開いてメディアをセットする。

 

 見終わった後、「酷い……」山岩課長が一言。

「その部長慣れてそうだから、これまでも随分と泣かされたオーナーいるんじゃないですかね」

「そうですね。直接社長に見せます。それで、……このメディアに関する権利一切を手前どもに譲って欲しいのですが?」

「探偵にも守秘義務ありますから我々から外部に漏れることは一切ありません。これまで何十件と言う事件に関わってきましたがそう言ったことは無かったし今後も絶対にあり得ませんから、大丈夫ですよ」

一心がそう説明したが、山岩課長は納得していないようだ。

「私は良いんですが、トップが……私の立場が無くなるので、何とかお願いできませんか?」

「ふ~む、嘗てそう言った話はまったく無かったので……じゃ、譲渡契約書を作ってという話になるんでしょうか?」

「多分」

「ふ~む、一切他言しないと言う誓約書じゃダメですか?」

「はい」

「じゃ、そちらで適当に作ってみて下さい。それを見てから判断します。それで良いですか?」

「助かります」

「それで、このオーナー店への部長の出入りは直ぐ禁止して下さいね」

「このあと直ぐ、本部に戻るよう社長命を出します」

「では、失礼します」

 ――これで大丈夫だろう。本部にまともな人間がいて良かったと一心は思う。

 

 翌日、彩音オーナーから静に電話が入った。

社長が新部長と一緒に直接来て、剣田部長を降格処分にし、且つ内勤にしたので二度と同じことは繰り返さないと謝罪し頭を下げたそうだ。

「ま、良かったな。これで仕事に集中できるだろう。静、たまに弁当でも買いに行ってやれ」

「へい、早速今日の夕飯はそのお弁当ですさかい、な」

 

 

 

 

 一心が警察病院を訪れる。

「こんにちわ」

と言ったが一条准教授とは初対面だった。

「どちら様?」

「探偵の岡引一心と言いまして、一条准教授が刺された事件の調査をしています。傷は痛みますか?」

「え~、まぁ時々」

「で、警察にも言ったでしょうけど、犯人に心当たりは?」

「ありませんなぁ……黒の目出し帽に上下黒の服着て、それに一瞬でしたから」

「刺す時何か叫びませんでした? この野郎とか死ねとか」

「いや~、身長は私と同じくらいかな、百八十弱、痩せ型だったと思います」

「若そうでした?」

「そう、学生かもしれない感じでした」

「先生は随分女子学生に手を出しておられたようですが、名前覚えています?」

「それは警察に書いて出しましたよ」

自慢げに喋る一条准教授に、なんだこいつ全然悪びれる様子も無く、恥を知れ、恥を、と一心は心の中で叫ぶ。

「あ~そうですか。じゃ、警察からそれ貰います」

「えっ、警察がそんな! 貰えるのか?」

「特別な関係があるんで、警察と私と情報は共有してるんです」

「何か凄いな」

「あと、裏口入学させた生徒の名前は?」

「そんなの無い」一条准教授はちょっとムッとしたようだが、証人がいる。

「いや、隠さないで良いです。その生徒を強請って刺されたってことも有るかも知れないので」

「ば、ばかな何を言いがかりつけて、帰ってくれ! もう話すことなんかない!」

顔を赤くして怒る一条准教授、核心を指摘され動揺している。

「そうですか、今日はこれで失礼しますが、また来ることになると思いますので、その時にはまた宜しくお願いしますね」

にやりと微笑みを見せつけて一心は病院を後にした。

 

 事務所に戻ると、財務経済大学の先生の銀行口座を調べていた美紗から

「一条准教授だけ五百万円を超える入出金があったぞ」と、明細を貰った。

その中に自分が裏口入学したんじゃないかと不安がっていた女子学生の親の名前があった。

そして今年一件だけ出金があった。

「なに? 徳森康之?」

一心が首を傾げていると静が

「それって、闇金の……」

 ――なんで、闇金のおやじに一条が金を振り込むんだ? ……一心は考える。

「もしかして、一条准教授は徳森に裏口入学の事で脅されてたんじゃ……」

「そうじゃないか。それ以外に一条が闇金に金払う理由ない」と、美紗。

 ――確かにその通りだ。で、どうして一条准教授が刺されたんだ? 逆なら分かるが……

「静、警部に報告してから闇金に行くか?」

「へぇ、お供しますぇ」

「二人とも闇金が飛び道具持ってそうだから気いつけろよ」

一応美紗が心配してくれている。

「おう」

そう返事をして事務所を出た。

 

 捜査課に一心と静が入ると丘頭警部が目ざとく見つけて

「なにか情報?」と声を掛けてきた。

「大学関係者で一条准教授だけ五百万を超える入出金があって、どうやら裏口入学をやってたようなんだ」

「ほ~、良く掴んだね」

「美紗にハッキングさせて口座を調べたんだ」

一心は美紗の作ったリストを差し出す。

「この四人の子供は大学に在学してるのかな?」と丘頭警部。

「いや、その中の剣田だけ娘が自分は不正入学じゃないかと悩んでいて友達に相談したのを掴んだんだ」

「なるほど、他の三人の誰かが入学できずに怨んで一条を刺したってことも考えられるわね。いいわ、そここっちで調べさせる」

「それでな、一件だけ出金があるだろう」

「え~、これは何かしら?」

「想像だが、相手が闇金の、こないだ警部に乗り込んでもらった徳森金融の社長なんだ」

「あら、だとすれば脅迫されてたってことかしら?」

 ――流石警部話が早い……

「そういう事さ、で、これから静と話を訊きに行こうかと……」

「……ちょっと待って、危ないわよ。一条が大学側の窓口ってこともあるから、背後に何らかの組織が絡んでいると考えた方が良いし、それを相手に脅迫するとすれば、そっちの背後にも大掛かりな組織が絡んでるかもしれない。二人で行くのは危険すぎる。そうでなくてもあんたがた怨まれているはずだから……」

しばらく警部は考えて「ちょっと私に任せてくれない? 先ず、周辺を洗ってから徳森に会いに行くから」

一心は静と顔を見合わせ

「警部がそう言うならしかたないな。俺たちは一条を刺した犯人を追うわ」

「そう、ありがと。そうして」

「桃子はんも気ぃつけてな」

「え~ありがと」

 

 

一心は事務所に全員を集めて状況を報告した。

そして

「丘頭警部から提供された一条と関係を持った女子学生及びその周辺と関係を断って単位が取れなかった学生……その辺を洗おう」

一心が説明してリストを配る。

「なんでこんなにいるんだ?」と数馬。

「こんなんで大学の先生やってんの?」と一助。

「確かに、酷い奴だ。事件解決したらこのリストを大学に提出しようとも考えてるんだ」

一心がそう言うと数馬と一助は「そうだそうだ」と言う。

「静と美紗は今回は数馬と一助と一緒に当たってくれ。彩香と恵も仕事あるから毎回毎回じゃ大変だから、な」

「え~よろしおます。じゃ、あてが一助と。ええな、一助」

「え~、まぁ、しゃあないか……」

「何か不満でもおますのんか?」静にじろりと睨まれて一助は首を竦める。

「いえ、ありません」

「じゃ、俺は数馬と行く。いいな」

と、美紗。

「どうでもいいけど、お前女らしい言葉で話訊けよ。男言葉じゃ皆引いちゃうぞ」

「分かってるって」

「そう言えば、一心。あの自殺した娘の親はその後どうしたのかな? 腹に据えかねて一条を刺したなんてこと考えられないか?」

数馬の指摘通りだと一心は思った。

「そうだな、それ俺当たってみるわ」

「せやな、ええとこ気ぃつきましたなぁ」

「よし、じゃ、来週の打ち合わせまでにな」

「おー」

 全員で気勢をあげた。

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