第12話 刺される

 只野千里と徳森敦子は一緒に一条准教授にレポートを提出するため、昼休みの終わる少し前に研究室を訪れた。

以前に敦子が一人でレポートを持参したとき、夜にマンションに来なさいと言われ何も考えずに言われたとおりにしたらその部屋で強引に押し倒されてしまったので、准教授の所へ来るときは必ず二人で来るようにしていたのだった。

 しかし、部屋は静で誰もいないようだったので机にレポートを置いて帰ろうとしたとき、二人を妙な臭いが襲った。あまり嗅ぎたくない臭いだ。顔を見合わせ鼻を詰まんだが何の臭いか分からない。

ふと、千里が机の横から足が覗いていることに気が付いた。

「えっ、敦子、敦子! 足……足が、床の上に寝ている……」

そう言って敦子の服を握り締めて恐る恐る机の反対側を覗こうとする。

「何? どうしたの? 千里……」

敦子も覗き込む。

「キャー」

二人とも悲鳴を上げてその場から慌てて逃げる。

出口で研究室の助手の山形潔にぶつかりそうになって

「あっ、山形さん、死んでる、死んでる……」敦子はパニックになって只管同じ言葉を繰返す。

「そう、ひとが死んでるぅ~」千里は半泣き。

「ちょっと、二人とも落ち着いて。何処に?」

「じ、准教授のとこ……」

「誰が?」

「人」

「倒れてるんだね?」

二人は頻りに縦に頭を振る。

山形が准教授の席に向かう。

その後ろから二人は抱き合いながら恐る恐るついてゆく。

「あっ、准教授!」

山形が叫んだ。

「君たち、救急車呼んで!」

そう叫んでから、「生きてる。……脇腹を刺されてる。あるだけ全部タオル持って来て出血止めなくっちゃ。一条さん、聞こえる? 一条さん……」

山形が一条准教授に何回も声を掛けるが反応は無いようだ。

千里が救急車を呼んでいる間に、敦子はそこらに置いてあったり干してあったタオルを持って山形の所へ走る。

山形が出血場所にタオルを当てて確り抑える。

「君たち、医務室に電話入れて応援に来てもらって」

「はい」千里が返事をし内線電話をとる。

「君! 警察にも電話入れて」

そう言われて敦子は百十番に電話をする。

 

間も無く救急車のサイレンが聞こえてくる。

「君たち、救急隊をここへ案内して!」

「はい」二人は飛び出した。


 二人が救急隊を連れて戻ると医務室の医師が助手に変わって准教授を見ていた。

「結構傷深いな」

「はい、出血が止まりません。意識ありません」

救急隊員がひと目見て「誰か一緒に救急車に乗って」

担架に乗せられた准教授が部屋を出て行く。

「はい、僕が行きます」と山形さんは准教授のバッグと自分のバッグを持って担架の後を追う。

「君たち、警察が来たら発見状況を説明してね」出口のところでそう言って姿を消した。

敦子が倒れていた場所を見ると刺された場所あたりに大きな血だまりが出来ていて、思わず目を逸らした。

 

救急車が大学を離れて行くのと、入れ違いにパトカーが学内に入って来た。

二人は浅草署の丘頭桃子という女性の警部に発見時の様子などを説明した。

 

 

 

 

 一心の探偵事務所に客があった。

名刺には財形経済大学 事務長村井大介と書かれている。

なんでも、昨日、大学の一条崇智准教授が何者かに刺され重傷を負ったらしい。

それで、学内が騒然とし収拾が付かないので、事件を早く解決して欲しいという教授会の決定を伝えに来たのだった。

茶封筒には帯封に巻かれた万札の束が入っていた。

一条准教授と言えばつい先日自殺騒ぎで取りざたされ、自殺者の両親から何とかしてくれと言われた人物だ。

 その日のうちに一心は、第一発見者、助手、生徒、教授らに話を聞いて回った。

勿論、自殺者の両親のアリバイも確認した。

「なぁ静こんなに女にだらしなくて准教授なんて務まるんだな」

「へぇ、被害にあった女性が何人いるのか分からへんどすなぁ」

「それに、第一発見者の徳森敦子ってあの闇金の娘だろう、友達が不正入学したかもしれないって悩んでるっていってたよな。明日、その娘に話聞くけど、被害者は女癖が悪いと言うだけじゃなくって悪事も働いてたってことだと加害者絞るの大変だぞ」

「美紗、ちょっと財務経済大学の先生や事務員の口座でここ四年間に五百万円以上の入出金ある人洗い出してくれ」

「おー、わかった」と、美紗。早速自室へ戻って行く。

「数馬と一助は聞き取り手伝ってくれ……女子学生多いから、お前たちの彼女連れて行った方が話聞きやすいかもな」

「おー、そうだな。彼女に聞いてみる」

 

 一心は被害者の様子を窺いに警察病院に行ってみたが、まだ意識は戻ってないようだった。

丘頭警部がいたので情報交換する。

「裏口入学」と聞いて丘頭警部の眉がピクリと動き眼光がキラリと光った。

「じゃ、共同戦線ということで……」と言って別れた。

 

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