第11話 女同士の戦い

 剣田壮子は山出さくらと浅草のカフェで待ち合わせしていた。

息子が起したトラブルに親が出るのもどうかと思ったが、そういう育て方をしてしまったと後悔は有ったが仕方がないと決心したのだった。

時間通りに行くとそれらしき女性が既に来ていてコーヒーを啜っている。

壮子は一応スーツを着てきたのだが、女性はTシャツにデニムのパンツ姿で友達にでも会うみたいにラフな格好で少々驚かされた。

「失礼ですが、山出さくらさんですか?」と訊くと女性が頷く。

「剣田翔の母です」と名乗って、コーヒーを注文する。

「翔には恋人がいます。さくらさんに愛情は無いそうです。だから子供は諦めてくれと言ってます。それについての費用は全額翔が負担するそうです」

ここは相手のご機嫌を窺う必要もなく用件だけを端的に話した。

「それは本人にはっきりと拒否したはずです。私は産むので認知と養育費を要求しただけです。父親が当然に行うべきことを要求しているだけです」と、さくらは答える。

「あなたお金が目当てなのね。お金貰って子供下ろして、そのお金で遊ぶ気なんでしょうがそうは行かないわよ」

「翔の髪の毛があるから親子鑑定してもらって裁判所に判断して貰っても良いのよ。弁護士さんに相談したら間違いなく勝てるって言ってたし」と、さくらが言う。

「ふふふ、そうやってお金作ってきたんでしょう、これまで何人そうやって騙してお金稼いでたの?」

さくらの表情が険しくなった。

「話しても無駄ね。じゃ、裁判所でお会いしましょ」

「そうね、その翔が結婚したいって言ったらどうなるのかしら? 楽しみだわ」

さくらは一瞬壮子を睨みつけたがすぐ目を三角にしたままプイと背を向け店を出ていった。

 ――彼女、結婚する気なんてないから、口から出まかせに言ったけどいい方法かもしれないわね……

 

 

 

 

 「先生! 会って下さい。お話がしたいんです!」

また、大林康代だ! 参ったな。一条は研究室でコーヒーを啜りながら舌打ちをする。

「話は終わったはずだ。金も渡したろ! いい加減にしてくれっ!」

「だって、先生、私の事好きだって言ったじゃない。幸せにするって言ったじゃない!」

「その時はそう思ってたに過ぎないよ」

「うそ、今夜、マンションに行く」

「君はまだ若い、これからいくらでも恋愛もできる。俺のことは忘れてくれ!」

「嫌です。先生から離れられません!」

「そもそも、俺には女房がいるんだ、だから君とも遊びだったと言う訳なんだからあれこれ言わずにすっきり別れようよ」

「私の気持はどうなるんですか? 私は遊びじゃない、真剣なんです」

「じゃ、この後人に会うから失礼するよ」

 ――聞いてられない。うるさい女だ……

「別の女に会うのね! 許さないわ」

ぞっとする。こう言う女が死んだら怨念が地上を彷徨うんだろうな……

康代が電話の向こうで何かを喋っていたが電話を切った。

そして着信拒否の設定をする。

 

 

 

 

 電話を切った後康代は学食でコーヒーを啜っていた。

 ――どう話しても一条准教授が受け入れてくれない。子供も下ろせしか言わない。どうしよう……

「やあ、講義かい?」声のする方を向くと高木聡一だ。

康代は喋る気にならず黙ったままコーヒーを啜っていた。

「どうした? また一条准教授に何か言われた?」

 ――この高木と言う男、ほんとうるさい。

康代は黙ったまま席を立って講義室へ向かうと高木がしつこく付いて来る。

講義室までも付いて来るので、そのまま黙って屋上まで上がる。

そこにはベンチも置かれていてそこで食事をしている人もいる。

お日様に背を向けてベンチに座っていると、高木が現れ

「なぁ、俺と付き合わないか?」

と、言う。

「人の気も知らないで何言うのよ……あっちに行ってよ」

声を荒げる。

周りの人がこちらを見ている。

「俺、康代が心配なんだ。何か力になりたい」

弱々しい声で囁くように喋る。

「同じ事を何回も何回も……聞き飽きた! 私の答えは先週から言い続けてる!」

准教授の事で頭が一杯なのに、加えてこの高木がしつこくて……誰も助けてくれない。誰も私の気持なんか分からない……。

高木が突然康代の肩に手を置いた。

康代の身体の中を電気が走り、頭の中で迸った。

頭が真っ白になって、訳が分からなくなり、悲鳴を上げて闇雲に走った。

真っすぐ、青空の向こうまで逃げるつもりだった。

後ろから康代の名を呼ぶ声がした。「やめろ~」

その声が遥か空の彼方から聞こえてくる……。

 ――あっ、赤ちゃん……

 

 

 

 

 学内に悲鳴が響き渡った。

高木は救急車を呼び階段を駆け下り康代の所に駆け付ける。

頭の周りに大きな血の池ができていた。

背中を丸めていた。……赤ちゃんを守るように……

死んでいるのは明らかだ。

「うわ~、俺のせいだ……」

高木はそう叫んでうずくまった。……ショックで動けなかった。

救急車が来て隊員が脈をみて首を横に振っている。

高木は警察官に引き起こされて浅草署で事情を訊かれた。

動揺した気持は時間が経過しても変わらない。刑事の質問に答える形で康代と一条准教授との関係や自分と康代との関りをすべて話したようだ。……何をしゃべったのか記憶は無い。

辺りが薄暗くなったころ解放された。

 

 気付くと部屋にいたが、どうやって帰ってきたのか覚えていなかった。

 夜、ベッドに身体を沈めたが眠れなかった。窓が明るくなってきたころ眠りについたようだ。

目覚めたのは昼過ぎ。

だるい身体をベッドから引き剥がし大学へ行くと講義はすべて休校だと案内板に書かれていた。

警察が昨日のうちに一条准教授に警察へ出頭してもらい大林康代との関係とお腹の子の父親について細かく聞いたみたいだった。

学内はその話で持ちきりで、今、教授会が開かれていて、そこで一条准教授が説明を求められているという話だ。

そのため休校になったのだった。

 改めて高木は、生徒に手を出しただけでなく、妊娠が分かると冷たく突き放す、そういう一条准教授を許せなかった。

それに自分が康代を救ってあげられなかったことに悔しさを感じていた。

それもあって高木は一条准教授に復讐しようと決心する。

 

 翌日、葬儀の時高木は受付の陰から弔問客をじっと見ていた。

学生も多かったが教授も知ってる顔は全部揃ってた気がする。

だが、一条准教授は姿を見せなかった。

それにもまた腹が立った。

 

 初七日が過ぎた日、たまたま一条准教授の研究室の前を通ると中から怒鳴りあう声が聞こえてきた。

少しドアを開いて覗くと大林の両親だと名乗った中年夫婦がノートを一条准教授に見せて鼻息を荒くしている。

どうやら亡くなった娘に謝れと言ってるようだった。

高木はもっとやれやれと思いながらその場を離れた。

少し歩いていると三名の警備員とすれ違った。一条准教授が呼んだのだろうこれでまた教授会から説明を求められることになる。――ざまあみろ。高木はほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 「こんにちわ~」

岡引探偵事務所の二階の入口付近で呼びかける声がする。

「は~い、今行きます」

一心が事務所に顔を出すと中年の夫婦が深刻な顔をして佇んでいる。

夫妻を応接ソファに掛けさせ名刺を渡す。

「この事務所の所長の岡引一心です。どういったご用件で?」

夫妻は、大林と名乗り、ノートを一冊取り出して、付箋を張ってある頁を開いて、

「ここから後ろを読んでください」と、言う。

 

 さーっと読む。

「娘さんがこの准教授と不倫関係にあって、妊娠しその子供をどうするのかでもめ、娘さんが自殺してしまった、という事でよろしいですか?」

「はい、その通りです」

「で、私に何を調べれと?」

「一条准教授を捕まえて欲しいんです」

父親の大林洋が身を乗り出して訴える。妻の澄江も頻りに頷いている。

「お父さん、何の罪で捕まえようと考えてます?」

「それは……素人の私どもには分かりません。ですから探偵さんに調べて欲しいと……」

「一条准教授は娘さんとの関係を認めていないのですか?」

「いえ、それは認めています」

「お腹の子の父親だということは?」

「認めています」

「ふ~む、このノートを見ると娘さんは一条准教授に妻が居ることを知っていたと書いてありますよね。それに、妻と別れるから娘さんに付き合って欲しいとは書いていません。ということは、何が出来るかと考えた時、子供が出来たと分かった後、余りにも冷たい態度が娘さんの心を傷付け自殺に追い込んでしまったとして、慰謝料の請求と言うのは出来るかもしれませんね」

「え~それでも良いです。このまま黙ってられない。なぁ母さん」

「勿論、康代の仇をどういう形でもいいから取りたい」

夫婦は揃って涙を一杯浮かべながら拳を固くしている。

「そうであれば、この件は探偵が調べる範疇を超えているので、弁護士の方へご相談ください。私が知合いの弁護士を紹介しても良いですが?」

夫婦は顔を見合わせしばらくの間考え込んでいたが、やがて

「なるほど、……いや、弁護士なら会社関係で知ってますので結構です。じゃ、そう言う風にします。いいだろ澄江」

「そうねぇ、そうしましょうか……」

 

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