第9話 闇金
徳森康之は徳森金融(株)という闇金の社長。一週間ほど前延滞者の保証人だった下井染佳を闇組織へ売り飛ばす積りでいたが、岡引とかいう探偵に邪魔されて借用書まで持ち去れらたうえ警察に婦女暴行容疑で社員全員留置所に泊まることになってしまった。
弁護士に間にはいって貰って仮釈放されたが、腹が立ってあの探偵に落し前をつけようとして調べさせると、警察とつうつうで警察が頼るほど凄腕らしい。
それと、あの静とかいう女房の強さは半端じゃない、全員ナイフでかかったのに五分と持たずに叩きのめされた。半数が骨折してしまい戦える状況じゃない。
――徳森があのパンチを食らった時マジ殺されると思ったぜ。いまだに顔中傷だらけだ……
娘の敦子が大学から帰ってきたようだ。
「ただいまぁ、腹減った」二階の事務所にちらっと顔を出してすぐ三階に自宅へあがって行った。
時計を見ると五時を過ぎている。
店を閉めて自宅へ帰る。
「ねぇ、パパうちの大学で不正入試があったらしいのよ」と敦子が突然言い出した。
「ははは、噂だろ……頭の悪そうな奴が近くにいて、とてもまともには入学できないだろうとか想像して、きっと裏口だ! なんて言ってんだろう?」
「違うの。内緒なんだけど、私の友達の結奈が、自分不正入学したんじゃないかなぁ、って言うのよ」
「自分が? なんでだ?」
「一条っていう准教授へレポートを提出したときに、『きみ、剣田って言うんだ。珍しい名前だね。お父さんはNasi食販の部長さんかい?』って訊かれて、そうだって答えたら。にやにやして、そっかそっかってその後何にも言わなかったんだって」
「それと裏口入学とどう結びつくんだ?」
「結奈が帰ろうとしたら『お父さんとお母さんにその節はお世話になりました、と伝えといて』って言われて、伝えたらお父さんはムッとして『そんなもん一々伝えなくていい』って怒るし、お母さんは『そう』だけ言ってなんか落ち着きなくなって、おどおどしてるみたいだった」
「それだけか?」
敦子が頷く。
「入試とは関係ない所でなにか繋がりがあったんじゃないかな? だから結奈には関係ない、と言っときな」
「そうよね、わかった」
――敦子にはそう言ったが、『お父さんとお母さんに…』ってことは、二人に夫々何かがあったってこと。
『お世話になりました』は一条が両親に何かの世話をしたということだ。
それを子供を通して言うってことは、半分脅しの意味もある。
こっちの世界だと、父親には金を、母親には身体を求めて裏口入学させた。……となるんだが。――
ちょっと調べてみるか、金になるかもしれんからな……。
早速、徳森は不倫相手の剣田壮子と会う約束をした。
壮子と知り合ったのは、夜の町でお互いはけ口を求めて彷徨っていて偶然同じバーで飲んでいて徳森が声をかけたのが切っ掛けだった。
その時は徳森の目には同年代くらいに写っていたのだが、ホテルでよく見ると大分年上だという事がわかって少し後悔した。
よく言うセフレ関係なので、娘から話を聞くまでは互いの家庭環境はまったく知らなかった。
「俺の娘があんたの娘と友達らしいぜ。同じ大学の三年生だ」
「え~、そんなことあるんだ」
壮子は胸を隠そうともせずベッドでたばこをふかしている。
「ところで、あんた一条准教授って知ってるだろう?」
「えっ、まぁ。どうしてそんな事訊くの?」
「その准教授がお宅夫婦を良く知っているようだったから、俺も知合いになりたいと思ってよ」
「あんな人と知合いにならない方が良いわよ」
そう言って天井にぶつける勢いで煙を吐いた。
「ほー、何か嫌な事でもあったのか?」
「もう、いいでしょ! その話はお仕舞。せっかくの気分が台無しよ」
半分も燃えていない煙草を灰皿でもみ消した。壮子がイライラしたときの仕草だ。
「まぁ、そう言わんと。で、入学の時にでも何かあったんか?」
「えぇ、ちょっと面会して色々話をしただけよ。セフレならそれ以外関心を持つんじゃないわよ……」
「ほ~、話ねぇ」徳森がにたりとすると
「私、シャワー入ってくるわ」と言って壮子は何も纏わず徳森の前を歩いてゆく。
金と色がぷんぷん臭う。
一度その准教授に会う必要があると思った。
しばらくして、徳森は財務経済大学の一条准教授に徳森敦子の父親として面会することになった。
研究室に入ると一条准教授が「外へ出ましょう」と言う。
大学の近くのレストランの個室に連れて行かれた。
「単刀直入に言います。お宅の大学で不正入学が行われていると教えてくれた人がいるんだけど?」
一条准教授は驚いた様子もなく「そんな噂は毎年のように立つんですよねぇ。困ったもんです」
「ふふっ、噂ですか?」徳森は鼻で笑って見せた。
そして「そういう話を持ち込まれたという人から聞いたんだけどねぇ」と、続けた。
ランチコースだという六品ほどの料理が円形テーブルに並べられた。
一条准教授は肩を竦めて「どうぞ、食べながらお話を伺います」
そして小皿に料理を取り分けて食べ始めた。
「長年金融業を営んでいると色んな情報が裏から入ってくるんですよ。お宅の大学の先生の中に春先に大金が振り込まれる方がいらっしゃる。どういうお金なんでしょう?」
「さぁ、それは個々人のことですから私には分かり兼ねますな」
「ほー、その中に先生の名前があってもですか?」
「徳森さん、根拠もないことを事実のように言うのは如何なもんでしょう?」
「財務経済大学は都立だから貰ったお金は賄賂にあたる……」
そこまで言って徳森は一条准教授の表情を窺う。
一条は平静を装っているようだが、せわしく箸を動かしている。動揺している証だ。
「それと生徒の奥さんと合格発表のあった翌月くらいから、ホテルへ行ってますね。所謂、不倫……」
「不倫と不正入学は関係ないでしょう。プライバシーの問題だ」
「ふふふ、では、どうしてその妻とあなたにお金を振り込んだ人と同じ家族なんでしょうか?」
不正があったとしたらと想像してはったりで言ったのだったが、図星のようだ。
一条の箸の動きがピタリと止まった。
「私にどうすれと言うんだ?」一条准教授は、不機嫌そうに言って再び箸を動かしてフカヒレ、えびちり、焼きそばと次々に口に運びながら徳森を睨みつける。
「ふふふ、一人分の受取額を頂ければ、私は無口になる」
「とん父兄だ」一条は侮蔑の眼差しを向けて言う。
「流石に准教授、物分かりが良い」
徳森は以外だった。
……こんなにすんなり認めて良いのか? 何か裏があるのか?
徳森は席を立って「先生、来週の土曜日に電話いれますので、用意しといてください」
そう言って部屋を出た。
徳森は事務所に電話を入れて迎えを命じ、待っている間にNasi食販(株)業務本部に電話を入れ剣田藤樹を呼び出した。……。
*
只畑彩音は山岸佐和子と午後7時に浅草のカフェで待ち合わせをした。
彩音には夫と別れさせる自信みたいなものがあったし、事前に、銀行で百万円も用意していた。
時間通りにカフェに入り店内を見回すと、写真より少し老けた山岸が窓際のボックスで外を眺めている。
「お待たせ、只畑の家内です」山岸を睨みつけながら言う。
山岸は軽く会釈して彩音に目線を送る。緊張しているのか表情は固い。
彩音はコーヒーを頼んで山岸の飲んでいるものを覗く。
――えっ、この女、妊娠してるのにコーヒー? ……
席に座ると同時に訊く
「子供が出来たと主人から聞いたけど、今何週?」
「えっ、今、6週よ」いきなりの質問に少し面食らった様子。
「そう、じゃ、母子手帳見せてくれない?」彩音は手を差し出す。
「はっ、今日は持って来てないわ」
「え~、それじゃぁ、子供出来たかどうか分からないじゃない。じゃ、家に帰ったら写真撮って私に送って」
思いっきり疑いの眼差しを向ける。
「それにあんた、妊娠してたら母子手帳と保険証を持って歩かないと、どこで何あるか分からないから……病院でそう言われなかった?」
「でも……」
――はっきりしない女ねぇ……いらいらするわ。
彩音は山崎の回答を待たずに
「それと、あなたの髪の毛一本貰えるかしら? 子供生まれたらDNA鑑定して血縁確認できたら私の離婚訴訟の証拠にするから……」
「え~そんな……」
――あらぁ、何驚いてんのかしら……結婚する積りなんか無いってことね。ふふふ、本性見えたっ!
「そしたら、あなた主人と結婚したら? 子供の為に良いでしょう? 勿論、離婚訴訟で主人から慰謝料と資産の半分は貰うわよ。で、貴女からも私が傷ついた見返りに慰謝料を貰わないとね」
「私そんな積りで……」
「家は子供も大きいからお金さえあれば学校出れるけど、これから生まれてくる子には両親が必要よ。だから、貴女に譲るわ」
山岸が俯いて考え込んでしまった。
――この女本当に妊娠してんのかなぁ。コーヒー飲んでたし、こんだけ言ったら妊娠は嘘でしたなんて言うかと思ったんだが……
「あの、……」山岸が顔を上げ彩音を見詰める。
「実は、子供の話は嘘なんです。別れたいって言われて……それで困らせてやろうと思って……」
彩音は「ははは」と笑ってしまった。
「分かってたわよ。次、妊娠したというなら、コーヒーは飲まないことね」
――バカな女……
「それできちっと別れて貰うのにこれ受け取って」
テーブルに茶封筒を置く。
「なんですか?」と言って、山岸が封筒を開ける。
「手切れ金よ。それで十分でしょう」
「こんなに……」
「その代わり二度と主人に近づかないでよ」
山岸は封筒をバッグに入れて「わかりました。すみません」と、言った。
「じゃ、これにサインして」
「はっ? なんでしょう?」
「領収書よ。主人と別れる為に手切れ金を受領したと言うね。これで、次、あなたが主人にあったら、どうなるか分かるでしょう……」
山岸は無言でサインした。
「これでいいですか?」
――住所、氏名、日付を書いたからオッケーだわね……
「結構よ。じゃ、よろしくね」
彩音はレシートを取って席を立った。
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