雨フラシを担う一族の中で、唯一雨フラシができない女のコが、雨を降らせるまでの話💧
雨宮水希
序章 雨の子
何もない漆黒の中にいた。
ぽつぽつ、ぽつぽつ水滴が木の葉に弾け音がする。少女は重たい瞼を上げて空を仰いだ。
高くそびえ立つ木々の間から青褐色の雲が顔を出し、そこから細長い糸の様な水滴が顔に弾け頬を伝って滴り落ちる。
透明なそれはひんやりしていて、神様の涙みたいだと思った。けれど口に含み舌の上で転がしてみてもしょっぱい味は全くしない。涙のようで涙じゃない、でも見ているとこんなにも胸を締め付け切ない気持ちにさせる不思議な水滴だった。
森の木々達は、命を吹き返したように青々と茂り、新緑の香りが胸の隅々にまで広がる。
先ほどまでの全てを飲み込むような強い雨と打って変わって、乾いた奥底に慈悲のごとく注がれる優しい雨だった。
その雨に呼応するかのように、透き通った笛の音が少女の耳に届く。
気配を感じ周囲を見渡すと、いつの間にかたくさんの動物に囲まれていた。だが不思議と恐怖心は抱かなかった。どの動物も終始穏やかな顔をして先刻の少女のように空を見上げていたから。
彼らは自らを雨の中に置く。その瞳は瑞々しさを増し、その表情は恍惚としていた。そんな彼らに促されるように少女は今一度空を見上げた。
「母様の雨だ」
少女はまだ幼さが残る、あどけない顔でそう呟いた。恐ろしいほど真剣な眼差しで雨を見つめるその瞳には、希望と羨望そして少しの誇らしさが滲み出ていた。
いつの間にか笛の音は止んでいて、動物たちも散り散りに別れてしまった。
耳が痛くなるほどの静寂が支配する中、唯一聞こえる雨音は世界に自分しかいないのではないかと錯覚させる。
この神秘的な光景を、神聖な空気を少女は五感を最大限に働かせ必死に感じ取ろうとした。
いつの日か暗闇の中にあっても、きっと自分を照らしてくれると感じたからだ。
気がつくと衣服は随分濡れて体は冷たくなっている。けれど心はどこか温かかった。動物、虫、植物に至るまでその雨の恩恵を受け、一時の幸福に酔いしれる。
そこは正しく桃源郷。魂が帰りたかった場所であった。
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