第12話 次代の剣、ネオニホンソード
先に入浴を済ませたシェリルは、ジャージに着替えて髪を乾かし、部屋で荷解きをしながら日和が風呂から上がるのを待った。
小一時間ほどの後、肩下までの長い黒髪を乾かし終えた日和が、ネオニホンソードを携えて部屋を訪れる。ドアを開けると、温かく湿ったシトラスの香りが舞った。シェリルも先程借りたシャンプーの匂いだ。香水と同じで、元の体臭と混ざって匂いが変わるのだろう。今は自分も同じ匂いをしているはずなのに、それとは少し違うように感じた。
部屋着姿の日和に招かれ、シェリルは屋敷とは別棟の武器庫へと入っていく。今日の内にネオニホンソードの手入れをしておきたいのだそうだ。メンテナンスの様子を見せてくれるとのことで、シェリルとしては是非もなかった。
武器庫は年季の入った土蔵で、改修や再建の繰り返された本棟や道場とは異なり、変わらず百年単位で受け継がれているようだ。
蔵に入ってすぐ、向かって正面に安置された一振りの日本刀が目に入る。丁寧に磨かれているが、近年使用された形跡が見えず、飾り物になって久しいことが見て取れた。その足下にはビニールシートが敷かれ、もっと実際的な用途で使われているであろう工具や電子機器、清掃用具といった品々が散逸している。これらはすべてネオニホンソードの整備に使用しているものだと、シェリルはすぐに察しが付いた。
「実際の戦闘を見てても思いましたガ、やはりただの剣ではないようデスネ。電子機器的な部分もあるのデスカ」
シェリルは整備道具を一見した感想を素直に述べた。日和はアルコールを含ませた布巾でネオニホンソードの汚れを拭き取りながら、刀身の損傷の具合を確認していく。
「見ての通り、ネオニホンソードは機械仕掛けの刀だ。通電することで発光し、強度や切れ味が大幅に上昇する。これは刀身が
日和はネオニホンソードの柄をシェリルによく見えるよう向ける。見れば、鍔の根本部分に、銃の引き金に似たパーツがあった。これが通電のトリガーのようだ。それと反対側、峰側の鍔のすぐ下には、これまた銃の
日和は安全装置によるロックを解除し、人差し指を軽く動かしてトリガーを押した。すると、柄から低い唸りが上がり、瞬く間に刀身がライトブルーに色付く。見ただけでは分からないが、これで強度や切れ味が各段に上がったのだろう。合氣道の有無という違いもあったにせよ、シェリルの“グリムリーパーⅡ”が敗北を喫したカッパの攻撃を防ぎ、いとも容易く斬り伏せたのだ。その性能は想像するに余りある。
「ちなみニ、電源が入っていない状態だトどれくらい強いんですカ?」
うむ、と日和は再度トリガーを押し、ネオニホンソードの電源を切った。刀身が元の鈍色に戻る。
「
そのまま刀を逆手に持ち替え、柄の先端をシェリルに向けてみせる。柄の端には十段階のゲージがある。日和が安全装置に触れてみせると、その内の八個が点灯した。バッテリーの残量が約八十パーセントであることを示しているのようだ。
「フル充電ならざっと一時間といったところか。刀に負荷が掛かるほど電力の消耗も速くなるから、あくまでも目安程度だが。一回きりの戦闘ならともかく、バッテリーの交換もなしに連戦するとなるば、戦闘中に切れることも十分あり得る。だから当然、予備のバッテリーパックは常備しておくものだ」
日和は柄の先端を開き、柄内部からUSBメモリディスクのような形状のスティックを取り出した。どうやらこれがバッテリーパックのようだ。
柄から引き抜かれたバッテリーパックは、棚にある充電器へと差し込まれた。一方、空になったネオニホンソードの柄には、充電器の隣に置いてあったバッテリーパックのひとつが再装填される。すると、バッテリーゲージ十個すべてが点灯した。
シェリルが目を輝かせてネオニホンソードを眺めていると、日和は鍔と峰を掴み、柄をシェリルに向けた。シェリルが顔を上げると、日和は無言で頷き、視線で促す。シェリルはネオニホンソードを手に取った。
その軽さに拍子抜けする。ずしり、という金属らしい重みが腕に圧し掛かって来ない。木刀ほど軽くはないにせよ、鉄ではありえない軽さだ。体感からすると、アルミニウムよりも軽そうに思える。
道理で太刀筋が恐ろしく軽やかなはずだ。なるほどあの縦横無尽な剣の舞は、ネオニホンソードの軽さあってのもの。重量のある日本刀やロングソードでは到底叶わない芸当だ。それでいて攻撃力や耐久性に難点がないのは、まさに素材の強みゆえだろう。
昂る心のまま、シェリルはそっと人差し指を動かした。トリガーが押され、低い唸りを上げて起動した機械仕掛けの刀が、その刀身をライトブルーに輝かす。果てなき晴れ空の如く澄んだその青に、シェリルはしばし目を奪われる。
「これガ、
「そうだ。導入当初は
「デスネ。どこの国デモ、時代と共に色々なモノが変わっていくものだと思いマス」
シェリルはそっと手首で刀身を揺らしてみた。軽さもそうだが、刃に沿って真っ直ぐに刀を振ると、恐ろしく滑らかに空を切れる。硬い物を切断せずとも、これだけで既にその切れ味の程が窺えた。
そのまま日和のように剣を振り回してみたくなるも、シェリルはその子供じみた欲望を抑え、通電を切って元の持ち主に返した。
「椎渡合金、でしたカ。この軽さも、通電すると光って強度が上がる性質も、その合金の特性によるものですカ」
日和は頷き、返されたネオニホンソードを鞘に戻す。
「椎渡合金は、
「タマモクリスタル……それがネオニホンソードの性能の秘訣なのですネ」
「ああ。玉藻結晶は氣と強い親和性を持つ。ネオニホンソードがそれを用いているのも、合氣道のアシストを目的に開発されたものからだ」
「ということハ、合氣道を心得ていないと、ネオニホンソードを十分に扱えないワケですカ。これだけ軽くて鋭いト、それだけデ剣として高性能な気もしますガ……更に合氣道による
シェリルの問いに、日和はにっと笑う。
「半分正解だ。古来より、サムライは合氣道によって刀や己の身体を強化して戦う。その要となるのが、『風見』『流帆』に次ぐ合氣道の基本技術のひとつ、『
説明をしながら、日和は工具箱から適当なねじを一本拾い上げ、目を閉じて意識を集中させた。『風見』で彼女の周囲を探ってみると、シェリルは日和の左右の手に氣の流れが輪を描いて循環しているのを感じた。
シェリルの『風見』を確かめると、日和はおもむろに、両の手でねじを小枝のようにぽきりと折ってみせた。
「これが『纏血』だ。極めれば、素手で石を砕いたり、木剣で真剣を折ったりすることも可能だ──理論上はな。妖も似た術を使うが、存在自体が“氣”の集合体なだけあって、あちらはもっと凄まじい。七鬼衆との戦いの際、奴らが素手でネオニホンソードを防いだのを覚えているか?」
「ハイ。腕に赤く光る文様が浮かび上がって……もしやあの赤い光ハ、ネオニホンソードの青い光と同じシステムなのですカ?」
「その通りだ。ネオニホンソードは玉藻結晶を織り交ぜて造られた椎渡合金を刀身の素材に用いることで、妖の使う“氣”を活用した物体の強化を再現している」
シェリルは合点し頷いた。武器と魔術に関する事情は、西洋と大差ないようだ。
悪魔との戦いは魔術が基本にあるが、だからといって体術や武器を蔑ろにしていい理由にはならない。そもそも魔術は悪魔の術だ。ただ相手の土俵で戦うだけでは不利になる。文明の利器という人間ならではの術と組み合わせて、初めて魔なる輩と渡り合えるというものだろう。
「なるホド。でハ、もう半分ハ?」
「ああ。騎士として悪魔と戦って来たあなたには、今更説明するまでもないだろうが──そもそもネオニホンソードは対妖を想定した武器だ。つまり使い手も自ずと合氣道使いに限られる。合氣道とは無縁な人間が扱うことは想定していない」
「合氣道ナシでモ、単純に剣としテ最高クラスだと思いますガ。軽くテ扱い易そうですシ」
「そう思えるのは、シェリルが悪魔退治を専門とした剣士だからだ。単純な話、合氣道なりの魔術の類が扱えない人間同士が戦ったとして、剣より銃を使った方が絶対に強い。銃弾を斬れるくらいの反応速度と剣術の腕がないのなら、銃相手に勝ち目はないからな」
「アー……確カニ。すっかり忘れてまシタ」
日和は数歩下がって距離を取ると、ネオニホンソードを鞘から抜いて手首でくるくると回す。戦闘中もこうして軽やかに刃を回転させていた。曲芸めいた動きではあるが、中々どうして理にかなった実戦的な動作だ。
シェリルも最初は魅せ技かウォームアップの動きとしか思っていなかったが、今訊いたネオニホンソードの特性と照らし合わせ、決してそうではないことに気が付いた。
ネオニホンソードの軽さでなければ不可能な動きであり、そしてネオニホンソードの切れ味ならこの軽い斬撃でさえ致命傷になり得る。剣の振り方を少し工夫すれば、銃弾や魔術等による遠距離攻撃に対しての防御にも使えるだろう。剣というより槍やヌンチャクを扱うかのようなこの曲芸めいた動きは、なるほどネオニホンソードという剣の特性を最大限に活かした動きなのだ。
「古来よりサムライは、合氣道を用いた剣術──斬術によって妖と戦って来た。だが、今からおよそ六、七十年前。高度経済成長期の頃。妖の力が増し、それまでの斬術では対抗し切れなくなった」
「それまでの斬術でハ限界が来タというコトですカ」
日和は頷く。
「合氣道には同化や鬼化のリスクがあると説明しただろう。強大化した妖と戦う内、戦死者だけでなく、合氣道の暴発によって自滅したり、自らが妖となったりする者が続出したそうだ」
「それデ……新たな刀が必要になったワケですカ。新しい時代の戦いに適した刀ガ」
「それ以前からも新しい刀の開発は進められていたが、武士道協会はずっと否定的だったそうだ。が、いつまでもそう言っていられなくなり、サムライの変革期が訪れた。お陰で私が生まれた頃には、サムライの刀はすっかりネオニホンソードになっていたよ。だから私も、実戦で真剣を振ったことはないんだ」
「実戦でハ……訓練や余興でハあるのですカ?」
日和は少し恥ずかしそうに笑い、蔵の奥に鎮座する日本刀に目を向けた。
「高校生の頃か。一度だけ、父に見てもらってさ。すごく重かったよ。あれじゃとてもネオニホンソード斬術はできないな」
「そうでしょうトモ」
シェリルもつられて苦笑する。“グリムリーパーⅡ”で同じことをしようものなら、すぐに手首を壊してしまう。
「そういえば、イギリスの騎士はそのあたりどうなんだ? シェリルの剣も、何か魔術なり機械なりの仕掛けがあるのか?」
「エエ。ワタシの“グリムリーパーⅡ”には、刀身に悪魔の牙を混ぜてありまシタ。ヨーロッパでは悪魔の血や骨なんカを剣や杖の材料に使うことが多いですネ。エンチャントがしやすくなるのデ」
「なるほど。西洋騎士の剣は、より真っ当に魔術方面で進化しているのか」
「デモマー、ここ数十年ほどデ、剣よりも銃がメインに変わってしまっタんですけどモ。対魔武器市場のシェアは魔銃メーカーだトップになってしまっテ、魔剣の鍛冶屋は廃業の危機デス。知り合いの鍛冶屋サンも何人か魔銃メーカーに転職しちゃいまシタ」
「そういえば、祖国の剣の文化を途絶えさせない為と言っていたな。いつかまた時代が剣を求めた時の為に、新しい時代の剣を残したいと」
「ヱエ。でもソレは半分本音、半分建前デ。剣士のサガですネ。単純ニ、日本の剣に興味があったからデス」
勿論、カレーをはじめとした和食や少女然とした大和撫子にも、大いに興味があった。先に述べた大義も嘘ではないが、シェリルの動機はむしろ個人的な興味と趣味にある。
それを聞いた日和は、愉快そうにふふっと笑った。内心少しばかり緊張していたシェリルは、ほっと息を吐く。最初は日和に対して若干堅物そうな印象を持っていたが、肩肘を張らずに本音を話してしまって大丈夫そうだ。
その後も二人は剣について語り合った。
次第に疲労と眠気で意識が混濁して来たので、二時間ほどで歓談を切り上げ、この晩はひとまずそれぞれ部屋に戻って床に就いた。
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