第2話 今を生きるサムライ

 遠い異国の地にて出会った女サムライの手を固く握り締め、シェリルはその青い瞳を輝かせた。


 幼き日より夢見ていた日本で、憧れのサムライに、それも凛として可憐な大和撫子に出会えたのだ。ジダイゲキなる邦画のビデオで見た侍とは少し違うが、シェリルは幻滅するどころか、いたく興奮した。

 センゴク・フィルムの舞台としてポピュラーな十六世紀から、既に五世紀も過ぎているのだ。時代が変われば人も物も変わる。ならば剣士もまた変わっていて然るべきだ。

 世界に轟く日本の代名詞が、“スシ・テンプラ・ハラキリ”から“カレー・ラーメン・カローシ”へと変わったように。


「……サムライになる為、ですか」


 日和は怪訝そうな顔で復唱すると、シェリルの握る西洋のロングソードに目を落とした。相棒の“グリムリーパーⅡ”は、刀身が二つに折れ、見るも無残な姿だ。

「あなたはイギリスの騎士であるはず。なのに異国の剣を学びたいと……なぜです? 自国の剣に不満があるのですか」

 突き放すような態度であえて問う日和。シェリルは笑って首を横に振った。

「武道もまた学問に同ジ。外の世界に出て見識を広めることが、プラスにならないハズがありまセン。きっと祖国の剣モそうして磨かれて来たのでしょうカラ」


 シェリルは折れた“グリムリーパーⅡ”を鞘に戻すと、日和に一歩寄り、内緒話をする仕草で声を落とした。

「それとデスネ。実は今のヨーロッパでハ、騎士はもうあまり剣を使わなくなって来ていましテ。イマドキナイトは魔弾の射手なんデス」

「騎士が剣を捨てて銃を?」

 シェリルの話す西洋騎士の現状に、日和は目を丸くする。

 意外と反応がいい。先程はああ言っていたが、彼女も内心では海外の剣士に興味があるのかもしれない。シェリルは内心ほくそ笑む。


「エエ。イングランドはドラゴンが多いですし、他にもペガサスとかタイタンとか、とにかくヨーロッパには空を飛ぶ悪魔や大型の悪魔が多いんデス。なのデ土地柄、どうしても飛び道具が欲しくなるという事情がありまシテ」

「なるほど。それであえて魔術的強化エンチャント効率に劣る銃を使うように……いや。魔銃なるものが開発され、その欠点がクリアされたから、ということですか」

「デス」


 日和は未だ驚きながらも、納得した様子で頷いた。

 サムライとして剣に誇りを持っているようではあるが、武器の選択についてはむしろ合理性を重視するのかもしれない。西洋の騎士が剣を捨てたことについて、怒りや侮りを感じている様子はまったくなかった。

 話の通じる人だ、とシェリルは感じた。彼女なら取り合ってくれるかもしれない。

 しかし話が通じるということは、逆にあちらから疑問を投げ掛けられ得る、ということでもある。


「ならば、あなたも銃を使えばよいではありませんか。剣にこだわる理由はないはず」

 日和は務めて平坦な声で訊ねた。その疑問については、祖国で既に何度も答えている。

「魔銃が開発されたとはいエ、剣には銃に勝る点が幾つもありマス。このままヨーロッパから剣が廃れてしまっては、いざ時代が再び剣を必要としたときに打つ手がありません。だから私は残したいのです。新たな時代の為に、新しい剣を。その為に、今もサムライなる剣士がいるという日本に来たのデス」


「なるほど……よく分かりました。あなたの考えと行動に、同じ剣士として経緯を表します」

 そう言って微笑む日和に、シェリルはぱっと顔を輝かせる。が、次の瞬間、日和は顔を引き締めた。

「しかし、あなたにサムライの剣を教えることはできません。」

「な、ナゼ……やはり機密デスカ」

「それもありますが……そもそもサムライの剣、というより日本の武術は、少々特殊です。学んだところで、あなたが得るものはありませんよ」


 日和の言葉の真意が分からず、シェリルは胡乱げに眉をしかめる。

 確かに、この国のマナの特異さは、空港を下りてすぐに気が付いた。魔術があまり得意ではないシェリルでは、初歩的な魔力探知さえ満足にできなかった。それほどに特異な風土であれば、対魔武術もまた特異なものになっていることは想像に難くない。だからといって、それを理由に学ぶ意義がないとは、シェリルにはとても思えなかった。

 何より、日和はどこか奥歯に物が挟まったような物言いだ。まだ何か隠しているようにも思える。


 話している間に、やおら人が集まって来た。半分はマスコミや野次馬だが、もう半分は警察や救急隊員といった公務員だ。警察官は手早く現場に立ち入り禁止のテープを敷き、現場の検証やマスコミと野次馬の対応に当たっている。怪我人は救急車で搬送されていく。

 西洋でも見慣れた光景だ。やはり国は違えど、悪魔災害への対応は概ね同じようだ。


「それより、ミス・カリバー。あなたはこの国の妖退免許は持っているのですか?」

 シェリルは首を横に振って答え、上着の内ポケットから英国騎士免状を取り出して、日和に見せた。

「コッチに来る前ニ、騎士道協会を通して申請はしたのデスガ、現地の役所で手続きしないとイケナイらしく。コレはコッチでは通用しないんデスよネ?」

「はい。残念ながら。日本で妖退治をするには、『妖災対策局』の発行する免状が必要になります。あなたは剣士ですから、妖対局の『武士道協会』からサムライの認可を受けなければならない。でないと最悪、刀剣の所持が認められず、銃刀法違反で逮捕されます」

「エェッ!? ちゃんとした騎士なのにデスカ!?」


 心底心外といったシェリルの反応に、日和はばつの悪い顔で目を逸らす。

「最近その辺が厳しくなっているもので……とはいえ、騎士免許を理由に、剣の所持は限定的に認められるかもしれません。妖退治の認可はまず下りないでしょうけれど」

「特殊な悪魔である妖を倒すにハ、日本式の特殊な武術が必要、というコトですカ」

「概ねその通りです。この国の魔力が少々特殊であることは既にお気付きでしょう。この国独自の魔術でなければ、この国では満足に魔力を扱えませんから」

「なラ」

「駄目です」

 言い終わる前に却下された。最早取り付く島もない。


「ともかく、あなたは私が武士道協会へお連れします。今回の妖災の報告書には、現場に居合わせたあなたのことも書かなければいけませんし……何よりあなたも、せめて帯剣許可だけでもないと困るでしょう。よろしいですか?」

「エエ、もちろんデス。お願いしマス」

 シェリルが答えると、日和は頷き、踵を返した。近くの警官に事後処理を頼むと、この場を後にする。シェリルはその後ろをついて行った。



 結論から言って、シェリルの帯剣については辛うじて不問とされたが、妖退治の認可は下りなかった。妖災害の現場に遭遇した際は、サムライや警察の指示に従い、立場上は一般人として避難誘導等の補助に当たるように、とのことだ。

 日和の見立てでは、騎士免許を理由とした帯剣の許可も、決定まで時間を要するだろうとのことだったが、意外と早く結論が出された。窓口で対応してくれたスタッフ曰く、剣が既に折れていることもあり、この件については見なかったことにするとのことだ。正式な許可を貰おうと思ったら、やはり日和の見立て通りに相当な期間を要するのだろう。許可が下りたというより、黙認してもらったと言った方が正しい。


「すみません、ミス・カリバー。法とはいえ、騎士であるあなたに失礼なことを」

 日和は深々と頭を下げる。かえって申し訳なく思い、シェリルは首を勢いよく横に振った。

「そんナ、ヒヨリサンが謝ることではありまセン! 顔を上げてくだサイ!」

 実際シェリルも、妖退治の認可を得られなかったことに不満はありながらも、役所からの回答に一応の納得はしていた。


 日和の話では、シェリルの剣を折った怪物カメガエル改めカッパなる妖は、妖の中でも下級の部類に属するとのことだ。その程度の妖に敗退した分際で、妖退治をさせろと言うのもおこがましい。

 日本の風土に慣れず実力を発揮できなかった、などは言い訳にもならない。むしろ、日本では十分に戦えないというのなら、それこそが大問題だ。そのすべを身に付けて、初めて日本での戦いの土俵に立てるというものなのだから。


 シェリルに絆され、日和はおずおずと顔を上げる。日和がこれ以上気負わないよう、シェリルは微笑みかける。が、そのまっすぐな青い瞳を見て、日和はかえって険しい顔になる。

「ミス・カリバー。あなたは……悔しくは、ないのですか。自分の剣を否定されて」

 眉をしかめる日和に、シェリルは一瞬きょとんと首を傾げる。少しして、彼女の言わんとすることが理解できた。

「また妖が現れたトキ、何もできなかったラ、きっと歯痒い想いをするでショウ。でも、悔しいとはちょっと違いマス。ワタシの剣はヨーロッパで悪魔を討つ為の剣。日本で妖を退治する為の剣ではありまセン。ここでは力になれなくテ、むしろ当然デス」


 シェリルの答えに、日和はぐっと押し黙る。いかにも、理屈は妥当だが感情が納得できない、といった顔だ。

 確かにある意味では、シェリルの剣は日本の役所から戦力外通告を受けた、とも言える。そのことで誇りを傷付けられたと心配しているのだろう。他人のことをここまで気にかけてくれる彼女の優しさを、シェリルはすぐ好きになった。


「それより、ワタシは今とってもワクワクしてマス! 日本のサムライの剣、ワタシ、初めて見まシタ。スッゲークールデス!」

 シェリルの純粋な眼差しに、日和は悔しげに赤面して俯く。

「あなたの度量を見誤っていたようです。未だ知らぬ剣を知ろうとするのは、剣士のサガというもの。ちっぽけなプライドなど持ったところで、ありもしない恥を抱えるだけ……狭量なのは私の方でした」

 搾るような声で言い切り、日和は顔を上げる。その顔は晴れやかだ。国や流派は違えど、同じ剣士として、シェリルは彼女と心を通わせることができた気がした。


「デハ──」

「が、これとそれとは話が別です」


 言い掛けたシェリルの言葉を、日和は先んじて断ち切る。相手の防御が緩んだ隙に勢いで押し切ろうと思ったが、思った以上の鉄壁だった。こと弟子入りという点に関しては、梃子でも動かない構えだ。

「あなた自身の為にも、サムライの剣を教える訳にはいかないのです。申し訳ありませんが、今回の旅は観光にでも切り替えてください」

 そう言って、日和は深々と頭を下げ、踵を返した。その背中はどこか名残り惜しそうではあったが、サムライの剣を教えないという一線は超えないという意思が感じられた。


 彼女の気を変えるすべが分からず、シェリルはやむなく日和の背中に頭を下げた。

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