サムライガールズ・オブ・ネオニホン
そあ
第1話 カツカレーと合法ロリ
かのマルコ・ポーロは東方見聞録にて、ある東洋の島国を“黄金の国”と評した。
その異名は現代でも受け継がれているが、当時と現在とでは、その名の意味するところは大きく異なっている。
世界にその名を轟かすかの島国の代名詞が、“スシ・テンプラ・ハラキリ”から、“カレー・ラーメン・カローシ”へと変わったように。
何を隠そう、現代においてかの島国が“黄金の国”と呼ばれる所以のひとつは、世界郷土料理美食ランキングで堂々の一位を獲得したカレーライスにある。インドで生まれたその料理は、時代を超え、国を超え、新たな料理として生まれ変わった。その新たなカレーの生誕の地こそ、ここ日本に他ならない。
そして日本の誇る黄金は、もうひとつ。
「くゥーッ、ここは合法ロリのパラダイスですゥーッ!」
そう昂ぶる心の内を溢れさせたのは、金色に煌めくストレートのセミロングヘアをなびかせる、青き眼の若い女だった。
彼女の名はシェリル・
騎士と言っても、古式ゆかしい甲冑ではなく、現代的なジーンズとジャケットの庶民的な装いだ。開いたジャケットの内から覗くTシャツには、“俺、参上!”なるイカす漢字もプリントされている。これは私服だが、今日日、戦闘においても鎧を着込む騎士はまずいない。何より、みだりに剣を見せず、職務の外では帯剣しないのが、現代の剣士のマナーだ。ゆえに今のシェリルは、傍目には日本語の流暢な観光客でしかなかった。
が、しかし。剣士には見えずとも、英国淑女ではある。先の煩悩にまみれた発言は、些か品位に欠けるものであった。シェリルは襟を正し、グラスに注がれた冷水で喉を潤した。
剣の修行に臨む時のように心身を落ち着かせ、改めて店内に目を向ける。
風通しのよい木造建築の、現代的な和風食堂。幼い頃より祖国で通っていたジャパニーズレストランと似た雰囲気で、どこか懐かしくもある。しかしメニューなどはすべて縦書きの日本語で、英語のルビも添えられていない。何より建物が木造で、湿潤な空気を内と外とで循環させる建築となっている。目を凝らしても、目を瞑っても、日本に来た実感が押し寄せて来る。
その中でも一際心を打つのが、店内を行き来するウエイトレスだ。失礼のないよう己を戒めるシェリルだが、彼女の麗しさ可愛らしさについ見惚れてしまう。
白のブラウスにグレーのスラックス、店名の書かれた紺のエプロンと、彼女の装いはカフェテリアの店員のようだ。しかし、これがモダンなジャパニーズレストランの雰囲気と実にマッチしている。
彼女はまさにシェリルの理想とする大和撫子だった。
黒曜石を思わせる黒く澄んだ瞳。上品な所作から薫る清楚な雰囲気。まくった袖から覗く引き締まった上腕。少女めいた顔立ちは騎士のように凛々しく、後ろで結わえたポニーテールが揺れる様は小動物めいた可愛らしさがある。尻尾の下から見えるうなじの白さは、西洋では見慣れぬベージュ色で、艶やかに光る黒髪との絶妙なコントラストは黄金比を思わせた。
更に、背丈は目測で百六十にも満たない。百七十以上あるシェリルと並んだら、頭が目線の高さまでしかないだろう。その日本人らしい小柄な体躯と童顔から十代の少女にも見えるが、実は年上の可能性もある。これぞシェリルが日本の女子に憧れる所以だ。
そうして一人悶えていると、ウエイトレスが四角い木製のトレーを運んで来た。少女らしい甘酸っぱさと落ち着いた清涼感の同居したシトラス系の香りが、シェリルの鼻孔をくすぐる。
が、それも一瞬。彼女が手に持つもうひとつの黄金から漂う別種の芳香が、シェリルの胃を締め付けた。
「お待たせ致しました。カツカレーの大盛と餃子になります。ご注文は以上でお揃いでしょうか」
「ハイ。ありがとうございマス」
「ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
空腹に捩じれた胃が嬉々と悲鳴を上げる。早速、シェリルはスプーンでカツを切り、ライスとルゥと頬張った。
祖国で食べたカツカレーはローカライズされたチキンカツだったが、本場は専らポークカツだという話は本当だった。付け合わせの福神漬けと細切りキャベツも、さっぱりとして口直しに最適だ。お陰で、スパイスの刺激に舌を麻痺させることなく、新鮮な気持ちでカレーを堪能できる。
途中で思い出してギョーザなるサイドメニューに噛み付くと、ニンニクと香味野菜による少し癖のある旨味が口の中に広がった。他の店員が食べているのを見かけて気になったのだが、注文して正解だった。シェリルは一口でギョーザの虜になった。
シェリルはカツカレーとギョーザを平らげ、満足して食後のホット麦茶を飲んだ。
カレーライスに大和撫子。これぞ黄金の国、日本。
昼食を済ませたシェリルは、
出国に先立って、英国騎士協会を通して免状交付の申請はしてあるが、現地で手続きする必要があるとのことだった。資格は欲しいが、その手続きは煩わしく、億劫な気持ちがないと言えば嘘になる。とはいえ先送りにする訳にもいかない。
と、地図アプリを頼りに東京の街を歩いていると、電機屋の店頭に並ぶテレビが、警報と共にテロップを流した。もしやと思いディスプレイに目を向けると、祖国における『
シェリルは地図を頼りに、避難区域の中心、悪魔の源たるマナの集合点へと走った。本来なら魔力探知で悪魔の居所を探っているところだが、この国のマナは少々特殊なのか、魔力探知が上手くいかない。島国など閉鎖的な土地では、文化だけでなく魔なるものも独自の進化を遂げることがあるとする学説もある。この土地特有のマナに慣れるまでは、地図と警報を頼りにする他なさそうだ。
逃げる人々の流れに逆走していると、やがて往来が掃け、ゴーストタウンと化した商店街の一画へと辿り着いた。来日より半日と経たずして、シェリルは早くもこの国の悪魔と邂逅する。
「うウェえええええイ!」
開幕、戦場に馳せるべく駆けた勢いをすべて乗せてドロップキックをかます。悪魔は寸前で振り向き、シェリルのキックを顔面で受け、後方へと吹き飛んだ。
「大丈夫ですカ? しっかリ!」
悪魔に襲われていた女性を抱き上げる。辛うじて息はあるようだが、顔色が悪い。身体に外傷がないことから、生命力を吸い取られたことが察せられた。シェリルは彼女をその場に寝かせ、悪魔へ発砲している警察官の下へ駆けた。
「ワタシ、こういう者デス! ひとまずココはお任せくだサイ!」
最初はシェリルを振り払おうとしていた警官だったが、騎士免状を見るや銃を収めた。
「分かりました。じき
「それト、彼女をお願いしマス! 気を失っていマスが、まだ息はあるみたいデス!」
シェリルは倒れた女性を警官に任せ、鞘込めの剣を携えて被害の元凶たる日本の悪魔と対峙した。
「カッパァァァ!」
日本の悪魔が独特な鳴き声で叫ぶ。シェリルは首を傾げた。
「
初めて見る、奇怪な容姿の悪魔だった。緑色にぬめる下っ腹の出た、二足歩行の人型。カエルの悪魔とも取れるが、奇妙なことに、背中には亀の甲羅、口には鳥のようなくちばしがあり、おまけに頭の上に皿を乗せている。
アニメ版バケットモンスターでもあるまいし、カッパーと鳴くからといってカッパーと名付けるのは流石に安直過ぎるだろう。とはいえ日本での呼び名を知らないので、シェリルはひとまず、この悪魔を怪物カメガエルと呼ぶことにした。
カメガエルが奇怪な鳴き声を上げて飛び掛かる。シェリルは半歩下がってそれを躱し、斜め下からロングソード“グリムリーパーⅡ”の反撃を見舞う。が、刃はカメガエルの体表を滑り抜けた。
この手応えは、粘液の滑りというよりも魔術的な防護だ。外傷なく生命力のみを奪われた被害者たちの容態とからしても、この悪魔は魔術を得意とすると推察される。
シェリルは立て続けに斬撃のジャブを繰り出し、カメガエルの動きを封殺した。
日本のサムライが来るまでの時間稼ぎに徹するとしても、間合いを開けるよりは至近距離からの牽制を繰り返す方が適切だとシェリルは判断した。相手が奇怪な魔術を得意とするなら、魔力を練る隙を与えるのは危険だからだ。加えて、牽制といえど攻撃を続けていれば、万に一つでも突破口を見い出せる可能性もある。
「カッパァァァ!」
怪物カメガエルが叫び、くちばしから靄がかった息を吐きかけた。回避の寸前、後方にまだ逃げ残っている市民や警察官がいる可能性が頭をよぎり、剣でそのブレス攻撃を受け止める。ブレスに物理的な重みがないことに、シェリルはかえって危機感を覚える。
シェリルはブレスを打ち払って横に飛び退き、くの字に蹴り返してカメガエルに斬り掛かった。迎え撃つは、水かきのついた掌によるカメガエルの張り手。
衝突は一瞬。情けないほど軽い音を断末魔に、シェリルの剣は真っ二つにへし折れた。
「折れタァ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げるシェリル。そこへカメガエルの張り手が打ち込まれ、シェリルは後方へと弾き飛ばされた。
折れた剣を握ったまま受け身を取り、体勢を立て直す。見れば“グリムリーパーⅡ”の刀身はひどく劣化していた。人々から生命力を吸い取った技の亜種だろうか、先のブレスは、業物の剣を瞬く間に朽ちた骨董品へと変えたのだ。
武器もなく、まさに絶体絶命の危機。しかし避難はまだ途中だ。ここで退けば、この悪魔は必ず彼らを襲う。たとえ剣が折れようとも、それを黙って見過ごすシェリルではない。シェリルは折れた剣を握る拳に力を込めた。
一定の間合いを保ち、じりじりと睨み合う両者。そのとき、何かが後ろからシェリルの真上を飛び越し、目の前に降り立った。
魔女。それが彼女の第一印象だった。
茶色のローブを纏った小柄な女だ。彼女はフードを取ってその顔を見せ、肩越しに振り返る。後ろで一つ結びにした艶やかな黒髪が揺れ、シトラスの香りが風にそよいだ。
少女のような顔つきに、黒曜石を思わせる黒く澄んだ瞳。一度見たその美しさを忘れるはずもない。
「あなたハ、さっきノ……!」
「店に来られた異国の方……あなたも剣士だったのですね」
接客時とは打って変わって、まさに騎士然、あるいは武士然とした気丈な口調だった。むしろこちらが彼女の素なのだろうか。語気こそ強かだが、その声や佇まいに染み入った清冽さは、店で接客していた彼女のそれだ。そのせいか先程と別人のようだとは感じなかった。
「下がってください。この
彼女は茶のローブを脱ぎ捨て、その装束を露にした。店でも着ていた白のブラウスにグレーのパンツ、そして茶色のジャケットと、総じてオフィススーツのような印象を受ける。
しかしそれこそが現代の戦装束であると、腰に差した一振りの剣が告げていた。
「その剣はまさカ……あなたはもしや、ジャパニーズガラパゴスナイト“侍”……!」
瞠目するシェリルを他所に、黒髪のウエイトレスがその剣を鞘から抜き放つ。
刃渡りこそシェリルのロングソードと同程度だが、それはシェリルの知るヨーロッパの剣とは全く異なる代物だ。僅かに沿った片刃の刀身に、大判の如き鍔。中世後期において日本の剣士が使用していたとされるカタナに近い。が、それはシェリルの聞き知ったカタナともどこか違っていた。刀身は鈍色に沈み、鋭さをまるで感じない。
サムライの女は銃の引き金を引くかの如く、鍔の付け根にあるトリガーを押した。瞬間、鈍色に沈んでいた刀身が、静かな唸りを上げて鮮やかなライトブルーに光り輝く。
「私は
東本日和と名乗った女剣士は、青く光る刀を両手で垂直に構え、妖と真正面から対峙した。
そして、言霊を込め、己が剣技の名を唱える。
「ネオニホンソード
妖が靄を吐き放つ。日和は迷うことなく、青く光る刀身でそれを防いだ。
ブレスを打ち払うと同時に、僅か一歩の摺り足で敵の懐へと滑り込む。迎え撃つ妖の張り手。日和は真っ向から斬撃を打ち込み、妖の掌底を弾き返した。更に返す刀で妖の右腕を斬り飛ばす。
その滑らかな剣の舞は、さながら溝を伝う水の如し。見えない筋書きに沿うかのような、空恐ろしいほど鮮やかな一閃だった。
シェリルは思わず息の飲む。日和の刀も、それを操る技も、彼女の知る剣とはあまりにかけ離れていた。
重さと鋭さによって敵を断つのが剣だ。それは日本の刀も例外ではない。しかしネオニホンソードなる日和の剣は、まるで重さを感じさせず、にもかかわらず嘘のように鮮やかな切れ味を見せる。
妖が残る隻腕と伸びる舌でサムライを迎撃するも、ワイパーの如くに躍る剣先がことごとく拭い去る。反撃を受け体勢を崩す妖。そこへ上段から一閃、真っ向唐竹割りの斬撃が振り下ろされる。青の刃は頭頂の皿を打ち砕くや否や、同時に肘と手首の回転によって角度を変えて再度振りかぶられ、水平の一太刀で妖の首を両断した。
刎ねられた首が高々と宙を舞い、首無しの胴体ががっくりと膝を突く。舞い上がった頭が地に落ちると、妖はたちまち漆黒の爆炎となって四散した。
吐気と共に残心して対象の消滅を見届けると、日和は再度鍔の付け根にあるトリガーを押した。ライトブルーに輝く刀身が光を失い、また元の鈍色に戻る。日和は刀を腰の鞘に収め、シェリルへと振り返った。
「怪我はありませんか、異国の剣士殿」
日和は凛とした微笑みを浮かべ、シェリルに歩み寄る。シェリルは少しの間呆然とした後、感極まって彼女の手を勢いよく両手で掴み取った。さしもの日和も思わず目を見開く。
「あなたのような方を探しておりまシタ! ナニトゾ……ナニトゾ、ワタシを弟子にしてくだサイ!」
「で、弟子? 一体何を……」
シェリルの熱に気圧され、日和はたじろぐ。シェリルはその青の瞳で、彼女の黒の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「ワタシはシェリル・
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