第46話

 それから俺はシラズ蛙とシーラカンスについて以前よりも更にのめり込むようになっていった。


 高校卒業後もそれらについて調べられるように海洋生物に関する学部のある大学に進学した。泉も俺と同じ大学の学部に進学することになった。


 俺はシーラカンスとシラズ蛙だけが小金井と俺をつなでくれるように思えた。だから、俺は調べ続けた。


 あの津波から随分長い時が経ったけど、まだどこかで小金井が生きているんじゃないかと思っている。だから、俺は時折蓮見岬を訪れる。


 大学生になっても相変わらず俺にはシラズ蛙が見えていた。でも、そのことを泉に言ったことはなかった。


 ある日の夕暮れ時、大学からの帰宅路でのことだった。


 俺は泉と二人で歩道を歩いていたのだが、前を小学生くらいの女の子が歩いていた。

そして、その子の肩にはシラズ蛙が見えた。


「どうかした?」


 泉は心配げな視線をこちらに向けてくる。


 俺はそれに「何でもないよ」と答えた。


 しかし、交差点に差し掛かり、その女の子が横断歩道を渡っている時、トラックが目の前に現れた。


 鈍い衝突音とブレーキの甲高い音が響いた。


 そして、泉の叫び声が聞こえ、そこでようやく何が起こったのか理解した。


「ハル!」


 泉に名前を呼ばれてようやく俺は女の子の方に走り出した。


 女の子の体は壊れた人形のように地面に横たわっていた。俺は震える手で救急に電話をかけた。


 この時、小金井と浜辺を歩いていたあの日のバイク事故を思い出した。あの時の感覚と同じだった。眼前の死が鮮明に脳に焼き付く。そして、あの時とは別の感覚が俺を襲った。それは無力感だった。自分はこの子が死ぬことを知っていたのに何もできないという自責の念にかられた。


 遠くで響くサイレンの音がやけにぼやけて聞こえていたことを覚えている。


 その日から俺はより一層、研究に力を入れた。いくらやっても焦りや不安が薄れることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る