第37話
蓮見岬に僕はいた。
空の青と海の碧が眼前に広がっていて、その青の景色の中心に白と黒が浮かんでいた。
扇のように広がった黒髪と蓮見中学の白いワンピース型の夏服。誰もいないと思っていた海の上に女の子が浮かんでいた。
僕は心臓を摑まれるような思いだった。遊泳禁止区域で女の子は微動だにせず海面を死体のように漂っていた。岩の上から見るその女の子は生きているようには見えなかったのだ。
僕は考える間もなく海に飛び込んでいた。
六月でも海は冷たかった。服が海水を吸ってうまく泳げず、もがくように手足を動かした。いくらか海水を飲んでしまったがなんとか浮いていられた。
「だ、ぶっ、大丈夫、ですか⁉︎」
水が口に入ってうまく声が出ない。
海に浮かぶその人の長い髪が波に揺れている。高い鼻がツンと空に向いているのが印象的で瞳には空の青が映っていた。
「あの!」
声をかけても返事はなかった。本当に死体なのかと恐ろしくなった。
しかし、彼女はゆっくりと手を空に向けて伸ばした。ブレスレットだろうか、彼女の手首で青いガラス玉のようなものが煌めいた。僕はようやく彼女が生きていることを確認し、安心した。バタバタと水面を叩きながら彼女に近づいた。
彼女と目が合った。
「○%#$%△&*□?>●」
その時、彼女は何かを言った。何を言っているのかわからなかった。
いや、違う。これは小金井の声じゃなかった。小金井の声はもっと高くて……
ぼやけていた意識がだんだんと明瞭さを取り戻す。まるで曇りガラスが晴れていくような感覚だった。
女の人の声が頭に響く。
誰の声かわからない。この海には小金井がいるはずなのに、そこに小金井はいなかった。
「ハル! 何してるの⁉︎」
女性の怒声が響く。
僕は誰かに抱き寄せられる。
「いい加減にしてよ!」
僕の体を包み込むその人の体は温かかった。
「誰?」
僕を包み込むその人に尋ねる。
視界が徐々に明瞭になっていく。
「私のことを忘れないでよ!」
そこにはかつて出会った学者の女性がいた。ずぶ濡れで二人して蓮見岬の海に浮かんでいた。
「ハル! いいかげん目を覚まして」
彼女の声が聞こえる。
その声はよく知っている声だった。
記憶が明瞭になる。僕はこの声を知っている。当たり前だ。それは泉の声だった。聞き間違いようがない。
「泉! どうして?」
僕は驚いた。どうして泉がここにいるのかいくら考えてもわからなかった。
そして、僕は目の前に白くて曖昧な靄のようなものを見た。それは真っ赤な口を開いている。
「わかるの? やっと……」
泉は泣き笑いする。
「泉、それは?」
僕はその白いモノを指さして言った。
「何?」
僕はずっと前からそれを理解していたのだ。
泉の肩にいるそれは小金井が言っていたものだ。
これがシラズ蛙だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます