第36話

 それからしばらくして僕は退院することができた。


 結局、終業式には出られず、病院のベッドの上で夏休みを迎えることとなった。。


 自宅は相変わらず閑古鳥が鳴いている有様だったけど、もうすぐキャンプ客が押し寄せると父親の気合いは十分だった。僕は腹の傷を理由に絶対手伝わないと固く誓った。


 僕が自宅で悠々自適な生活を送ろうと思っていた矢先、泉からメールがあった。


『明日からハルの家で勉強会』


 メールにはそんなことが書かれていた。


 入院中に近江と泉も見舞いにきてくれた。泉はあの一件で両親との関係も少し改善しているようで引っ越しの話もなくなったらしかった。


 それから、予想はできていたのだが、近江と泉は付き合うことになったみたいだ。近江の惚気話には嫌気が刺したが、二人が幸せならそれでいいと思えた。


 それからの夏休みは今までで一番の夏休みとなった。小金井も含めた四人で夏休み中は勉強会を何度も開催した。泉と小金井の関係も以前より良くなっているように見えた。


 もうこれからは何の心配事もない。


 小金井が思ったよりも勉強ができないことを知って、僕は密かに喜んだ。僕は熱心に彼女に勉強を教えた。


 夏休みの間に夏祭りに行ったり、映画を見たり、四人で花火大会にも行った。


 本当に目まぐるしく、けれど鮮烈で手放したくないような日々だった。


 夏休み最終日も僕の家で四人集まって勉強をしていた。


 四人で僕の狭い部屋のローテーブルを囲んでいた。


「まっちゃん、ここわかんねぇんだけど」


 近江が笑っている。


「はいはい、私が教えてあげるから」


 泉がそれに答える。


 小金井は一人真剣な表情で問題集に向かっている。


「どうしたの?」


 僕の視線に気づいた小金井がこちらに話しかけてくる。


「いや、何でも──」


 その瞬間、当たりが暗くなる。昼が夜に変わってしまったみたいに全てが色褪せる。


 そして、さっきまでいたみんなは消え、目の前に男が座っていた。


「そんな話はありえないだろう?」


 男が声を発する。


 そこに座っていたのは髭面の二十代から三十代くらいの男だった。浮浪者のようにみすぼらしい姿がとても不快だった。何度か僕は彼を見たことがあった。


「俺たちのあの頃は本当に楽しかったのか? ご満悦か? そんなに綺麗だったのか?」


 その男が言う。


「何が言いたい?」


「お前は、俺は本当にそうだったのか?」


 自室にいたはずなのに、一瞬にして光景が変化した。


 そこは砂浜だった。


 そして、辺り一面にブクブクと白いモノが浮かび上がってくる。砂浜や海を白いモノが覆い尽くす。


 プックリと膨らんでドロドロと崩れそうなそれに僕は吐き気を催す。


 そこで僕の意識は消えた。

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