第366話 カムバック

 音楽業界は一年も留守にしていれば、シーンがかなり変わってくる。

 今の日本は永劫回帰とフラワーフェスタが、新しい構成で売れていた。

 MNRが実質解散の活動休止となり、そのメンバーがこの二つのバンドに加入した。

 ゴートが積極的にプロデュースに回り、白雪もコンポーザーとしてではなく、アドバイザーに近いプロデューサーとして、フラワーフェスタをフォローしている。

 どちらのバンドもレーベルこそ違えど、親レコード会社は同じである。

 ALEXレコードの一人勝ち状態になりつつあったが、世界的に見ればそうでもない。

 日本ではメジャーであっても、世界的に見ればそれほどの規模ではない、ということはここでも言えるのだ。


 MNRの活動休止により、サミーレコードは売上が縮小。

 ノイズの所属するGDレコードは、業界第三位までシェアを伸ばしている。

 ただサミーレコードは、世界的に見れば巨大レコード会社の日本支社。

 ALEXレコードが日本での基盤を背に、どれだけ世界でシェアを取れるか、という話になってくる。


 だがそんな中で、ノイズが戻ってきたのだ。

 リーダーが商売人なので、扱いが面倒ではある。

 しかし売るということを考えているので、頼りになることも確かなのだ。

 アーティストの作る曲というのは、実験的であったり前衛的であったりと、尖ったものが多くなる。

 ノイズのサリエリはそんな中で、確かに独自色はあるが、それでも一般的にポップスからロックの範囲で、楽曲を作るのだ。

「活動再開の記者会見とかしますか?」

「それは病気のことを話すことになるんじゃない?」

 それは確かにそうではあるのだ。


 活動休止に関しても、健康上の理由、ということは一応言ってある。

 だが変に同情を集めたり、逆にアンチから攻撃されないために、詳細は説明していなかった。

 ある程度の期間を置いて、楽曲の発信自体はしていたのだ。

 ライブをしないと忘れられるのではないか、という不安は確かにあった。

 しかし実際のところは、活動再開の告知をしただけで、大きな反響が戻ってくる。


 休止の宣言をした時には、アンチがそれなりに発言していた。

 だが活動再開に対しては、アンチの反応がほとんど見られない。

 こういうことは放っておけば、問題なくアンチの活動は停滞するのだ。

 他人をやっかむことしか出来ない人間は、反応が返ってこないと、次の対象を見つけにいく。

 熱烈なファンなどは、ながい休止期間を待っていた。

 一年ほどの時間であるのなら、充分に待つことも出来たのだ。

 新曲自体はそこそこ、発表されていたこともあるし。


 一番人気が高まっていたところで、突然の活動休止であった。

 メンバーの一部は他のバンドのヘルプにも入ったが、フロントの女性陣三人と、リーダーの俊はほとんどアメリカに行ったまま。

 活動休止とはいっても、信吾と栄二は普通に日本に戻ってくることもあった。

 そういう時には質問されるが、話さないことを決めてあったのだ。

 当初は薬が効かなければ、このまま解散さえありえたのだ。

 そして手術が終わってからも、抗がん剤は使われていた。


 アメリカでの新薬は、現在の一般的な抗がん剤を、大量に使っても肉体へのダメージを減らせるというもの。

 これによって抗がん剤の副作用の一つである、脱毛の症状が出なかった。

 他にも白血球の数値が下がったりもしないなど、かなり楽な闘病を行うことが出来た。

 なんで日本でも早く保険で使えるようにならないのか、色々と不思議には思った。

 ただ新しい薬というのは、どうしても副作用などを確認するため、大々的に使う前には治験を行われるのだ。




 ここでの記者会見などは、プロモーション戦略に大きく関わってくる。

 よって阿部だけではなく、さらにその上のレコード会社社長さえ、阿部との対話に時間を作るのだ。

 他にも各部署が参集し、ノイズの再始動について話し合う。

 大々的な復活コンサート、というのは行わない。

 ノイズは常にひっそりと、その動きを行っていくのだ。


 とはいっても都内でかなり大き目の、300人は入るハコを準備した。

 10倍でも客を集められるとは思ったが、ワンマンライブで二時間ほどもするのは、月子や暁の体力に不安がある。

 練習時間は普通に、わずかな休みを挟みながら、それぐらい続けてやっていたものだ。

 しかし本番ともなれば、消耗する体力は練習の何倍にもなる。

 出産してまだ二ヶ月の暁に、レコーディングメインで歌っていた月子。

 ワンマンのライブに出るというのは、不安が残ったのである。


 ツーマンのライブで、ノイズの時間を長めにしてもらう。

 事実上の前座をやってもらうのだ。

 ソルトケーキは独り立ちして、ジャンル違いの前座をするのは合わなくなっている。

 だが新参がすぐに出てきて、あっという間に消えていくのが音楽業界。

 俊はそのあたりは、さすがに阿部に任せている。


 アメリカでも相当の練習はしていたが、地下室に籠もるほどのものではなかった。

 俊の家の地下は、一応留守中にも設備の確認に、事務所の人間に見てもらいにいっていた。

 あるいは直接阿部が出向くことさえあった。

 しっかりと掃除をして準備をする。

 単純にスタジオとしてならば、普通に使うことが出来る。

 レコーディングのシステムがしっかりと動くか、それが問題なのだ。


 懐かしい空気が戻ってくる。

 とりあえずスタジオとして、空気の入れ替えなどもしっかりと行った。

 機材の方も問題はなさそうだが、そろそろ入れ替えたいとも考えている。

 音楽の技術革新は、他の分野と同じように、どんどんと進んでいくものだ。

 特にこの数年は、AIの利用が活発になってきた。

 AIに任せて曲が作れるのかどうか。

 そんなものは不可能だと多くのミュージシャンが思っていたが、蓄積されたものがあったら、それも可能であるらしい。

 ただそれが名曲になるかどうかは、また別の話である。


 DAWを使う時点で、既にかなりのサンプリングを行っている。

 ヒップホップなどはレコードからサンプリングするので、あれはパクリではないのか、などとも言われたらしい。

 リスペクトがあれば違うなどと言われるが、俊の意識としてはそこはどうでもいい。

 パクリかどうかはあまり問題ではない。

 重要なのは楽曲が、どういうものであるのかだ。


 俊にしても似たようなリズムやメロディが、作曲の上で入ってくることはある。

 完全に0から作られる作曲など、もうないのだろう。

 なにせピアノの前に座り、一音も弾かないまま時間が経過すれば、それを音楽としたりするものもあるのだ。

 さすがにポピュラーミュージックの世界では、そんなことは許されない。

 だが許すかどうかを決めるのは、果たして大衆なのであろうか。




 ノイズの活動再開ライブは、前座には同じレコード会社から、売り出したい若手バンドを持ってきた。

 正直なところ、それはどうでもいい俊たちである。

 ステージの時間は一時間半で、セットリストはこの一年でネットから配信したもの中心。

 問題は月子と暁の体力が、もつかどうかというものである。

 本当なら一時間ぐらいで、終わらせたかったのだが。


 二人のパフォーマンスが低下したら、千歳を中心に残りの曲をやる。

 ギターとボーカルが存在するのだから、どうにか問題のない演奏になるだろう。

 ただ千歳にかかる負担が、とんでもなく大きくはなる。

 復活ライブなのだから、それだけ期待値も大きいだろう。


 失敗してもいいライブなどはない。

 だが全てのライブで成功するはずもない。

 クオリティは同じであるのに、昔は受けなかったという人気バンドは、いくらでもあるものなのだ。

 人は他人が熱烈に指示しているものに、同調する傾向にある。

 逆にそれから遠ざかる、ひねくれ者もいないでもないが。


 千歳はアメリカでも一人、路上でライブなどをやっていた。

 ボストンでも街の一角では、そういうパフォーマンスの出来る場所と日時があったりしたのだ。

 ギターとボーカルのみというのは、そういう時に強い。

 日本とは違って、ノイズの知名度はまだまだ低い。

 そんな中で演奏していたのだから、舞台度胸はさらについているのだ。

 もっともしばしの後には、日本の人気バンドのボーカルと拡散されて、急に注目度が上がったが。


 人気があると言われれば、それに群がってしまう。

 これこそまさに、その現象の一つであろう。

 一度バズったらそれだけで、後のある程度の反応は予想出来る。

 俊としてはその一発目が、なかなか出せるかどうかが怪しいのだ。

 音楽の世界というのは、これは素晴らしいと思っても、プロモーションの失敗で売れないということはある。

 今だとネットの個人推しで、そこから広がっていくこともあるのだが。


 俊はボカロP時代に、それを目前で見ている。

 自分の作った楽曲でも、いきなり動き出して驚いたことがある。

 ただそこで一発屋、などと言われないためにも、受けるのは三曲目なり四曲目なり、事前にいくつかの楽曲を発表していた方がいい。

 するとそれまでの曲も、PVが回っていくからだ。


 ノイジーガールの発表の時も、俊は微妙に失敗している。

 あの後にすぐ、二曲目や三曲目を発表するべきだったのだ。

 もちろんそれは、今の俊だからこそ言えること。

 当時の俊としては、ノイジーガールを作るのに、全力を出したものである。




 失敗というほどではないが、成功とはとても言えない経験を、何度もしてきた。

 ただ初ライブというのは、大失敗でなければ成功、などとも言われているのだ。

 そう考えればノイズは、特に最初のライブの後は、一度も失敗らしい失敗をしていない。

 今回のライブについても、期待値はかなり高いだろうが、逆に飢餓感も強いだろう。

 そこにしっかりノイズの音を届ければ、それだけで盛り上がってくれるはずだ。


 問題とも言えるのは一つである。

 ワンマンでやるのは体力的に厳しいか、と思ってツーマンライブにした。

 しかしその前座において、空気が冷えてしまうのではないか、ということだ。

 どういったバンドなのかは、既に聴かせてもらっている。

 まあ悪くないなとは思う程度の、ポップロックと言えるであろう。


 男ばかりのバンドであるが、ビジュアル売りというほどのものでもない。

 スタイルはノイズに似ているが、さらにカジュアルと言えるだろうか。

 阿部としてはこれから、売り出したいと考えているグループだ。

 全員がノイズ最年少の暁より年下なのだから、思えばノイズも長く活動している。

 ミュージシャンの旬というのは、三年ぐらいが一つの壁だ。

 それぐらいで賞味期限が切れるバンドやグループが、かなりの数であるのだ。

 

 ノイズはデビューから数えれば、もう八年ほどになるか。

 うち一年間は、活動休止中であったが。

 一年目日本の主要都市ツアーをしたし、二年目には大規模フェスに出るようになった。

 そこから数えたとしても、もう一つの壁は完全に突破している。

 全盛期とも言えるタイミングで、活動休止となったのだ。

 もっともそれは、ほぼ解散のMNRも、似たようなものであったか。


 俊が思ったのは、女性はミュージシャンに限らず、キャリア形成が難しいということだった。

 月子の病気はともかく、暁の妊娠と出産は、ほぼ一年間は活動を限定的なものとさせた。

 ハリウッドのセレブたちが、代理母を使うという風潮。

 これは確かにキャリアの中断になるのかな、と思ったものだ。

 実際に稼ぐという点に関しては、妊娠から出産までを任せることが出来れば、暁もしっかりともっと稼いでいたのだ。

 二度目の場合は月子の病気があったので、どうしようもなかったのだが。


 千歳は遠距離恋愛で、仲が途切れてしまうということはなかったらしい。

 そもそも千歳の援助があって、それで小説の執筆が可能であったらしいので。

 ヒモに近いのではとも思うが、千歳がアメリカにいる間は、生活費の多くを自分でどうにかしていたそうだ。

 住居費だけは千歳が、ただで自分のマンションに住まわせていたそうだが。

 本当に健全な関係なのだろうか、と俊は思わないでもない。

 だが千歳もまた、昔から変わらず進歩している。

 この変化が望ましいものである限り、俊が何かを言うのは違うであろう。

 そもそもバンド内恋愛を禁止しておきながら、それを破ったのは俊なのだから。

 もっとも最初のあれは、恋愛ではなくただのセックスであったが。




 ノイズのメンバーは基本的に、SNSをあまり使わない。

 使うとしてもノイズのメンバーとしてではなく、普通に自分で使うぐらいである。

 千歳は好きなアニメやマンガを、普通に話題として見ていた。

 ただ自然と、ノイズの活動再開が、トレンドに上がっていたりする。


 普通に使っているだけで、目に入ってしまったのだ。

 なのでそこから、一般のリスナーの反応も見てしまう。 

 病気の治療のためとは言っていたが、詳細は説明していない。

 またヘルプに入っていたメンバーのことから、女性陣の誰かか俊だ、ということも推測されている。

 そこで止めていればいいのに、動画でそれを拡散していたりする人間もいる。

 そういったものを利用して、売り出していったのもノイズなので、全てを否定することは出来ないが。


 基本的には活動再開は、望ましいものとして捉えられている。

 だがどういった理由であったのか、知りたいとも思われているのは確かだった。

 癌治療のためと言っても、別にマイナスのイメージにはならないであろう。

 そう千歳は思ったのだが、俊や阿部は考え込んでいる。


 月子本人はどう考えているのか。

 それもふまえて全員で、MCなどで事情を説明するのか、話し合うこととする。

「別に話しても、少なくともマイナスにはならないと思うけどな」

 信吾は何度か帰国して、そのたびに休止の理由を聞かれることが多かった。

 病気療養自体は話していたが、その内容までは告知していなかったのだ。


 ロックスターが一番簡単に伝説になるのは、その全盛期で死んでしまうことだ。

 もちろんいくら早死にでも、実力がなければ忘れられるだけだが。

 マジックアワーやヒートなどは、ボーカルの死によって伝説となった。

 月子もまた、ノイズのメインボーカルである。

 確かに彼女が失われれば、ノイズも伝説にはなったのだろう。 

 ただそれは俊も、他の誰も望んだ形ではない。


 単純に名前を売るならば、それこそ告知してしまえばいいのだ。

 癌治療と手術、一応はその治療も終了し、あとは再発しないのを祈っている段階。

 ノイズを単なる音楽ではなく、そのストーリー性で売っていく。

 元から月子は、ハンデキャップの話を番組でやって、充分以上に知られてはいたのだ。 

 そこからさらに闘病となれば、本当にどれだけ波乱万丈の話なのか、ということになる。


 いっそのことこのあたりで、自伝でも書いてしまえばいいのではないか。

 もちろん自分自身では、書くのは難しい月子である。

 だが身近には文筆をもって生活している人間が、しっかりといるではないか。

 なんなら普通の文章であれば、俊であってもおそらく書けるだろう。


 生きている間に本になってしまう。

 一つの伝説の形であろう。

 ただ月子ではなく、ノイズの話となると、色々と複雑な事情も出てくる。

 千歳の両親の事故の話なども、当時は普通に周囲の人間に、衝撃的に受け止められていた。

 可哀想な子供、という扱われ方を、千歳は一番嫌っていた。

「まあ、最終的な判断は、月子に任せるけどな」

 その内容については、相談に乗る俊であった。

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