第二部 終章 エターナル
第353話 そして時が過ぎた
輝くステージの上で、激しく音楽がかき鳴らされる。
その響きはアリーナを満たして、全方向から跳ね返ってくる。
オーディエンスの熱狂は建物から溢れんばかり。
歌声は重なり、そして機械的なラップが入っていく。
真夏の八月、三万人の感情を解放させる。
それだけの演奏に加えて、様々な演出も加えられている。
モニターに映されているのは、様々な場所で撮影されたMVである。
もっとも実は合成であるのだが、昨今は便利な映像が作れるものだ。
風が嵐のように吹く中で、演奏をしているという映像。
実際は巨大な扇風機を使ったものだ。
ああいった映像を作るにあたっては、現場では滑稽な姿が見られる。
いっそのこと全て、アニメーションにした方がいいのでは、という意見も出てきた。
作品によってはアニメーションもしたし、CGモデリングも試してみた。
ノイズのメンバーのキャラクターを、デフォルメをかけて作ってみた個体。
月子だけが浮いている、とは何度も言われていた。
毎月に近い頻度で、新曲を何曲も発表してきた。
中には月に二曲や三曲、という場合さえあった。
タイアップの企画が入れば、それはそれで別に作っていく。
俊は相変わらずの仕事人間だ。
それが悪いとも誰も言わない。
才能を持って生まれたものは、その才能を発揮する奴隷とならなければいけない。
才能というのはたまたま与えられたもので、それを磨かずに放っておくのは、許されるものではないのだ。
俊は自分が天才であるとは全く思わない。
だが最低限の才能は持って生まれた、とは思っている。
それに才能にも種類があって、真に創造的なのは、徳島のような例であろう。
あとはヒートなども短期間に、爆発的な成功を果たした。
それに比べれば永劫回帰やMNRでさえ、またずっと長らく活動を続けるパイレーツなどであっても、スタイルはある程度固定化されている。
もっとも変わらないことの良さ、というのもあるという人間もいるだろう。
しかし創造性という点においては、自分のスタイルを確立して、いつものアレを作ることを求められるなど、創作としては死んだも同然であろう。
少なくとも徳島は、そう考える人間であった。
そして俊は理由こそ違うが、変わっていくことの必要性を認めている。
せっかく月子の声というものがあるのだ。
それを色々な形で歌にしないというのは、人類にとっての損失である。
三日間に渡るステージも、今日が最終日。
中にはその三日間、全てに参加しているというコアなファンもいただろう。
ある程度の定番曲をやったりはするが、それぞれの日によってセットリストは違う。
すると演出から何から、全て少しずつ変えなければいけないので、裏方さんは大変であるし、演奏するほうも大変である。
だがその方が面白いと思えば、やってしまうのが芸術家なのだ。
ミュージシャンでありながら、同時にアーティストでもある。
俊は自分が思っているよりも、ずっとマルチな才能を持っている。
もちろんそれぞれを別に見れば、いくらでも上位互換の存在はいる。
しかしそれが一人の人間に集中していると、ちょっと珍しい才能に見えるのだ。
最初のMVにしても、またアニメMVのコンテにしても、自分で作って持っていった。
もちろん細かいところは専門のプロが、修正して完成させた。
それを別としても、ノイズを事実上プロデュースしているということ。
月子の才能を見抜いて、ユニットを作ろうとした。
そしてそれに暁が加わったところから、バンドという最終形を導き出した。
既に五人で完成しているように見えるところへ、千歳というピースを入れた能力。
ノイズというバンド自体が、そもそも俊の創作物と言えるのだ。
ゴートや白雪も、それに関しては高く評価している。
また徳島なども明らかに、あれは自分には出来ないと分かっている。
販売戦略にしても、ものすごく地味なところから始めているが、トップクラスにまで登ったスピードは、相当に早い。
そして自分のやり方を通したからこそ、外部プロデューサーなどからの、うるさいチェックを跳ね除けることが出来ている。
基本的に事務所の社長の阿部は、俊に足りない知識や伝手を、提供するのが役目となっている。
それで上手くいくのだから、自分のエゴを出すことはしてはいけない。
プロデューサーは、アーティストではないのだ。
アートを理解するプロデューサーもいるというだけで。
ともあれこれで、夏はフェスを残すのみ。
名実共にトップに立ったと言っても、相変わらず裏方さんまで誘って打ち上げである。
こういう時に人間は、自分より上の者とは一緒にいたくない、という心理が働く。
逆に目下の人間は、出来るだけいてほしいものらしい。
そしてヨイショさせるのだ。
「あ~、一杯目のビールが美味い!」
暁はそう言うが、二杯目からは他のアルコール分を摂取していく。
月子は相変わらず、からりとグラスを空けていくが。
俊は賑わいの中にいながらも、既に次のことを考えている。
「今日は早く帰らなくていいのか?」
「保育士の資格を持ってるハウスキーパーさんに来てもらってるしな。もう三つになるし、そんなに問題ない」
相変わらず淡々としているな、と信吾は思う。
結局のところ俊は、子供が生まれて成長しても、あまり変わっているところがない。
そう言う信吾の方は、色々と変わったのだが。
この三年で、信吾は三股をやめている。
正確に言うならば、あちらに捨てられた。
捨てるように誘導したのは、信吾の方であったのだが。
あちらもアラサーだったので、結婚はともかく妊娠と出産にはタイミングがある。
だから女はさっさと結婚して子供を産めばいい、などと信吾は思っているのだが。
本当に極悪な人間であるが、自覚があるだけまだマシなのかもしれない。
変わったと言えば、ノイズの環境が随分と変わった。
月子と信吾は俊の家を出て、それぞれ一人暮らしを始めた。
まだしも月子は家事などを出来るのだが、信吾はかなり適当な生活を送っている。
俊の家にいた方がよかったのでは、とも思うがほとんど毎日スタジオに来るので、あまり変化は見えない。
佳代も出て行ったので、今は夫婦と子供だけの家になっている。
俊は無理に父親をやろうとはしなかった。
しかし大人として、普通に接している。
情操教育に関しては、ほとんど暁がやっている。
ただ本人の方は、父親のことも大好きらしい。
本当に得な人間である。
もっともその分を、全て音楽とバンドに捧げているとは言える。
今年の夏も、一つのフェスは終わった。
日本よりも早く、アメリカのフェスには参加してきている。
認知度は間違いなく上がり、継続的に聴いているファンも増えているはずだ。
サブスク配信の契約金で、ノイズは大金を手に入れている。
俊は著作権料などでただでさえ儲けているので、そこの収入は他の五人で分けた。
一人頭年に三億、というのがこの二年の稼ぎである。
もちろんこれは、サブスクだけに限ったものだ。
ライブによる収入を、俊は今でも大切にしている。
またフェスにしても、北米とヨーロッパ、年に一度ずつはどちらかのフェスに参加できている。
一度回りだすと、勢いがついてしっかりと進んでいく。
成功というのは、こういうものであるのかもしれない。
また他の日本のミュージシャンも進出しているため、明らかなムーブメントが起こっている。
さすがにブリティッシュ・インヴェイジョンのような極端な例ではない。
しかし海の向こうのマニアが、日本の音楽を再発見するというのは、今の時代では珍しくなくなっているのだ。
もちろん変化はいいことばかりではない。
CDの販売というのは、店舗がより減ってきている。
俊としてはフィジカルとして残っている方が、いざという時にありがたい。
なにしろ今の時代は、主演の俳優が犯罪で炎上でもすれば、配信が停止されてしまったりする。
サブスクにしても金にならないと判断して、配信を中止することがあるのだ。
ノイズの場合は契約金だけで、しっかりと収入を確保したわけである。
稼ぐ金と動かせる金が増えてくると、だんだんモラルが薄くなるな、と俊は自分を戒めている。
あとは会社の金と自分の金の、区別がつきにくくなってくる。
出来るだけ会社の金を使えば、それは経費になる。
接待交際費は馬鹿にならない。
もっともそういったことは、阿部が主に考えることであるが。
お高い料理も出てくるのだが、月子は健康に良さそうなものを中心に食べている。
一人暮らしを始めて、家事の方が疎かになりかけているのだ。
ただ彼女が入っているマンションは、以前は暁が住んでいたところ。
つまり同じマンション内のご近所さんが、白雪や紫苑たちであったりする。
なので仲良く、自炊をして食べ物が偏らないようにしている。
それでも最近の月子の悩みは、お通じが悪いことらしい。
確かに昔に比べれば、走らなくなっているのは確かだ。
彼女の場合はノイズの顔であるし、またそのハンデキャップの面からも、注目されて仕事が入ってくる。
歌うことばかりで、生活していた頃の方が、シンプルであったかもしれない。
そんな月子は未だに、彼氏がいなかったりする。
夏のフェスが終われば、秋はちょっと変わった仕事が入っている。
久しぶりのボカロPとしての仕事だ。
楽曲制作ソフトの中で、特に最近発売された二つ。
SNOWとMOONはそれぞれ、白雪と月子の声を、元にして生み出されたものだ。
不思議な感覚ではあるらしい。
自分が歌っているわけではないのに、自分の声で曲が作られていく。
しかしいくら調声を上手くしても、まだまだ人間の生歌の方が、はっきりライブではいいと分かる。
人間の歌う声の中にある、感情というノイズ。
それこそが逆に、人間に何かを訴えていくのであるから。
もっとも俊自身が、これを上手く使っている。
普通に最初のバージョンなどでは、MOONに歌わせたりするのだ。
実際に歌った場合、もちろん月子の声の方がいい。
だがラップめいた調子であったり、コーラスを重ねるところだと、この機械的なところが逆にフィットする。
メインで月子が歌う場所は、必ず抑揚がついてくる。
それをステージごとに完全に、機械に歌わせることは出来ない。
ボカロPがMOONを使って作った曲を、月子自身が歌ってみたりする。
するとそれは、本家のお墨付きを受けたものだ、という扱いになってきたりするのだ。
実際にライブにおいて、それをカバーしたことはあったりする。
もっともアレンジが加わるため、交渉は相変わらず春菜に任せたりしている。
新しい才能は、どんどんと出てきているものなのだ。
今はノイズと双璧と言えるのが、フラワーフェスタである。
ルックス売りもそれなりにしているので、そちらのファンも取り入れることが出来ている。
ガールズバンドではあるが、女性の支持も相当に多い。
ノイズにしても男女のファン構成は、それほど極端に違うわけではない。
ただ男性ファンの方が多いのは、ちょっと不思議なところである。
打ち上げの席でも俊は、一通りの挨拶をした後は、自分の世界に入ってしまうことが多い。
天才特有のものだ、と今では思われているが、もちろんそれは違う。
単に集中すれば、人は誰でもこうなるのだ。
今はそれが許される立場になった、というだけである。
二次会まで行って、そして解散となる。
元気な人間は、まだこれから飲みに行くらしい。
ノイズのメンバーはさすがに、まだ夏のフェスが待っているので明日も練習。
そこで解散となっている。
東京都心まで、電車で一本という在所であるが、夜になれば静かなものだ。
俊と暁はその家に戻ってきたのだが、当然ながら息子はもう寝ている時間帯。
「疲れた~」
「シャワー浴びて歯磨いて寝ろ」
「今日は別々だからね」
「俺はちょっと仕事を進めておく」
「そちらもあんまり根を詰めすぎたら駄目だよ」
暁はそう言うが、俊は作曲に集中すると、脳内麻薬でトリップする。
自分もそうなので、強くは言えない暁である。
特に今日は問題もなかったようで、連絡も入ってはいない。
息子の顔を見てから寝るかな、と暁は二階に上がっていく。
今日は特別だったので、泊まり込みをお願いしている。
だがもう一人で寝ることが、多くなっている響である。
もう三歳になった。
特別に優秀なところもなく、特別に愚鈍なところもない。
ただ暁がギターを持っているので、自然とその真似をし始めている。
俊もキーボードの他に、ピアノを聞かせたりもするのだが、やはり持ち運び出来るギターの方が強いのである。
習い事をさせるには、赤ん坊の頃からやらせてもいい。
そういう基準であるならば、響はギタリストの道を歩き始めているだろう。
個人的に俊は、両親揃って人間関係が雑なので、友達の多い子に育ってほしいとは思っているが。
シャワーで汗を流した暁は、スタジオに籠もる俊のところにやってくる。
「どうだった?」
「おとなしく寝てたよ」
「そろそろおねしょをしないように、しつけないといけないよな」
「あ~、あれってどうしたらいいのかな」
子育てはそれこそ、本当に手探りで行っている。
もっとも保育士のハウスキーパーを雇っている渡辺家は、色々と教えてもらいながら育ててはいるのだが。
ただ仕方のないことかもしれないが、両親よりもシッターになついているところはある。
下手に引き離してしまうつもりはないが、色々と考えてしまうことは多い。
「新曲、どう?」
「う~ん……」
月子と信吾が居候していた頃は、すぐに話し合いが出来ていたものだ。
もっとも二人はいまだに、泊り込んで作業をすることは多いが。
それぞれの仕事が、別に入ってきたりもする。
特に俊に関しては、コンポーザーとしての依頼があるのだ。
ノイズは基本的に、女声ボーカルのバンドである。
だから男声用の曲が作れるなら、作ってほしいという案件である。
ただ俊はもう、長らく女声用の曲しか作っていない。
ノイズがそうだからというのもあるが、それ以前からボーカロイドは女声ばかりを使っていたからだ。
それに男が歌うような歌詞であっても、千歳がそういうのを歌ってしまうことが出来る。
彼女の声はもちろん、女声の声ではある。
しかし表現の仕方には、セクシャリティを超越した部分があったりもするのだ。
ノイズが結成されてから、かれこれ八年ほどになるのか。
幸いにも未だに、俊の生み出す音楽は、源泉が枯れていない。
ライブもしっかりとやっているし、物販も色々と売れている。
間違いなく成功したとは言えるのだが、まだ何か足りないものがあると感じjる。
それでいいのだろう。
俊がまだ、自分の求めているものに、満足しきっていない。
今に安住しない限り、ノイズは変わっていく。
そして生きるということは、変わるということだ。
もちろん今でも、ライブにおいてはノイジーガールが演奏されたりするが。
リマスター版などを作ったり、ベスト盤などを作ったりもした。
これがけっこう売れてくれて、年間トップのアルバムにもなったものだ。
それでも100万枚にはいかないあたり、時代の変遷を感じる。
そしていまだに、ライブで他のカバーをするあたり、ノイズには何かへの憧れがある。
「涼しくなったら、ちょっと皆で旅行でもしようか」
俊があまりにも人間らしいことを言ったので、かなり驚いた暁である。
「どこに?」
「秋口だったら、京都とか? 関西方面に」
なるほど月子が育った場所である。
地方での大きなコンサートも、またやってみたい。
一万人規模のホールならば、問題なく埋められることは分かっている。
しかし関東と関西、この二つに絞ることが多い。
どうしても俊は、失敗のしない安全策を取るのだ。
「京都かあ。大阪でライブするついでに、旅行もいいかなあ」
新婚旅行もしていない二人は、もう今さらと考えていたりする。
そして新たなインスピレーションを得るためなら、メンバー全員で行こうと考えるのであった。
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