第336話 きんじられたあそび
脱ぎ散らかした服を俊が着る間、暁はブランケットにくるまっていた。
俊は水を飲んで、暁に声をかける。
「水、いるか?」
「ちょーだい」
一人暮らしの家には、必要最低限の家具しかない。
食器などに関しても、それは同じことであった。
運ばれてきたコップは、一度俊が口をつけている。
もちろんちゃんと洗ってから、また水を注いだものであるが、少し意識してしまう。
こんなことになってしまった。
ただ思ったほど、嫌な気分にはなっていない。
嫌な気分になっていない自分が、ちょっと不思議ではあるが。
「ここまで運んできた俺は、ベッドにお前を寝かせて、帰ろうとしたんだ」
暁が水を飲む間に、俊の話が始まる。
カーテンの向こうの朝は、既に淫蕩の気配を残していない。
暁は自分の体に残る、昨日の夜の感覚を、少しずつ思い出していた。
俊が去ろうとするのを、暁は裾を掴んで止めた。
「どうした? 水を持ってきてやろうか?」
優しく言った俊に対し、暁は潤んだ目で見つめてくる。
「俊さん、結婚しちゃうの?」
「どうだかな」
「結婚しちゃ嫌だな」
「そうは言ってもな」
話が長くなるかなと、俊はベッドに腰をかけた。
俊にとって暁は、ただのメンバーというだけではない。
多分今の日本では、男も含めてトップ層にいるギタリストだ。
何よりその音色が、俊の感性と合っている。
彼女がいなければ俊と月子のユニットは、ここまで発展することはなかっただろう。
妹のような存在かもと少し思うが、明らかに妹ではない。
おそらく誰かと結婚しても、暁よりも大切な存在とはならないであろう。
人生のキャリアを積んでいくパートナーとして、おそらくは戦友となる。
しかし俊は人生の主戦場を音楽とし、ノイズのメンバーを既に戦友として選んだのだ。
「誰だって人生は変わってくる。千歳だって今日も、恋人がほしいといってただろ? 暁もいつかは好きな人が出来るかもしれない」
もっとも暁に合う人間など、なかなか現れない気もする。
「あたしに普通に好きな人が出来るわけない」
「それは俺も同じだけど、好きじゃなくても結婚は出来るし、結婚をすれば有利になることはある」
「セックスも?」
「それも一つかな」
赤裸々に心情を晒すなら、俊も性欲がないわけではないのだ。
夫婦という安全な関係において、それを解消するのは健全なことだ。
それに俊は、自分を育てなおしたい。
虐待などをされたわけではないが、両親の離婚や父の不倫、また異母姉の存在などによって、俊は自分が傷つけられたと感じる。
もっとも今はその、自分の傷跡を愛せるようになってきたが。
楽に幸福に生きてきた人間の歌は、おおよその人間に響かない。
人間は自分が不幸と思いたがるから、不幸な歌にこそ共感する。
ただ傷跡を上書きしたいという気持ちはある。
暁は立ち上がると、俊の頭を抱えるように抱きしめる。
ガーリーなファッションに身を包む彼女は、胸さえ強調されなければ、中学生ぐらいに見えなくもない。
その豊かな胸で、そっと俊の顔を包んできたのだ。
「えっちならあたしとしてもいいじゃん」
さっきまではセックスと、そのままの言葉を使っていたのに。
「どうせいつかはするんなら、あたしも俊さんで卒業したい」
「……処女を捨てたいだけなら、そんなに焦ることはないぞ」
「あたしは……俊さんなら、いいと思う……」
そう言うと暁は、かぶりつくように唇を重ねてきた。
勢いがよすぎて、少し歯が当たってしまった。
俊もまだ酔っている。
しかしこの酔いのままに、暁を抱きたいという感情も湧き上がってきた。
理性ではなく本能的に、女を求めたいという欲求。
肌から香る匂いは、少しミルクのようだ。
俊は言葉もなく、暁のワンピースのボタンを外す。
それが肩口から、すとんと床に落ちた。
素っ気ない白いブラジャーとショーツが見える。
「待って」
暁はそう言って、枕元のリモコンを取る。
エアコンが動き出し、ライトが消える。
カーテンの隙間からの、かすかな光だけの薄闇。
触れ合ってもいないのに、暁の肩が上下していた。
俊の手はその頬を撫でて、髪をまとめていたゴムを外す。
上から少しずつ脱がしていく。
背中に手を回し、ホックを外す。
そしてショーツを下に下ろすと、暁が足を抜く。
まだ酔っ払っていたので、ベッドに倒れこむ。
「靴下も……」
言われて無言のまま、俊は全てを剥ぎ取った。
触れていく。
肌はじっとりと湿っていて、女の匂いが立ち上る。
その中に沈む込むように、俊も服を脱いでいった。
やがて全裸になった同士、覆いかぶさる。
暁の肉体は全体が華奢だが、胸は豊かで主張が激しい。
ウエストはずいぶんとくびれているのだが、その下は柔らかな曲線を描いていた。
指で触れて、掌で撫で回し、探っていく。
まず俊が気になるのは、暁の顔や頭だ。
一番良く見ているところを、しっかりと探っていく。
途中で体が揺れる場所があった。
耳のすぐ下である。
キスをしてから、そこに舌を這わせる。
体が震えているのが、しっかりと伝わってきた。
半ば目を閉じて、体の輪郭を確かめるように、手と指で触れていく。
豊かな胸は周辺から揺らしていき、やがて頂点にたどり着く。
そこでわずかに、空気の抜けるような喘ぎが聞こえた。
俊は丁寧な人間だ。
手と指に、唇と舌が加わる。
「う……俊さんは、あたしで何人目?」
あえぎ声を消そうとするかのように、暁は質問する。
「本当に聞きたいのか?」
「経験豊富なら、安心できるから」
「四人目だけど」
「あたしは初めてだからね」
「さっき聞いた」
俊はゆっくりと、受け入れる場所にまで手を這わせる。
途中で何度か、暁は体を震わせた。
小さな体だ。
暁は自分の中に、他人の舌が口に、それ以外からは指が、少しずつ入ってくるのを感じる。
誰かを受け入れるということ。
それは確かに、少し怖いものなのかもしれない。
(でも、俊さんなら大丈夫だ)
少し力を抜いて、また少し力を入れて、暁の息は短く荒くなる。
俊の息はまだ長いが、それでも荒くなりつつあった。
受け入れる場所が、自分の体の中にある。
そして受け入れる準備が出来て、潤ってきている。
自分の心臓の鼓動が激しく、混じっているのは自分の呼吸音。
「もう……いいから……」
「あと少し」
手を回せば、俊の体も汗ばんでいるのが分かる。
自分の体で興奮しているのが分かって、じんと少し痺れていく。
「それじゃ」
体全部を大きく広げられた感じがした。
自分の全部が開いてしまって、受け入れようとしている。
自分の中に他人が入ってくる。
暁はそれを実感していた。
「大丈夫か?」
「少し……痛いけど、それよりも、なんだか嬉しい」
俊おも嬉しく思ったが、下手に快楽を求めない。
暁は自分の知らない自分を、俊によって知らされていく。
痛みと、それを上回る充足感。
少しだけ入ってきた他人が、わずかに体を揺らしてくる。
奇妙な安心感があって、動きに合わせて暁は呼吸をした。
それを続けていくと、少しずつ動きは早く、深くなっていく。
「あ……ん……ん……」
吐息の中に、自然と声が混じってしまった。
やがてゆっくりと、とっても深い動きで、暁の内臓が圧迫される。
(こんなところまで……入るんだ……)
これ以上はないという場所が、体の中心のように感じてしまう。
触れる手足に、伝わる鼓動。
自分のものよりも激しい動き。
深いところで、少し止まってくれる。
そこからじわじわと、痺れが広がっていく。
「あ……そこ……」
一番深いところに、自分でも知らないものがある。
「そこ、そのまま……しばらく止まって」
「うん」
両腕と両足で、俊をぎゅっと抱きしめる。
お互いの肌を、一番多く密着させる。
痺れるような感覚が、暁の体を痙攣させた。
そしてその響きは、俊の肉体にも伝わっていった。
「あああああああああ」
思い出して赤面し、頭をかきむしる暁である。
「朝だし、食事にでも行くか?」
「いや、ちょっと待って。心の整理に時間がかかる……」
酔っ払った勢いであったが、本音ではぶつかり合ったのだ。
「うん、しばらく反省してるから、俊さんだけで行って」
「分かった。……病気は持ってないはずだけど、念のために婦人科は行けよ」
ここで女を残して去っていくあたり、俊は朴念仁と言えるのだろうか。
とりあえずシャワーを浴びよう。
そう思って立ち上がろうとしたら、股関節に筋肉痛が、下腹部に鈍痛がする。
(これ、すぐになくなるのかな)
またすぐにバイトが入っているが、歩きづらいことこの上ない。
シャワーを浴びながら、暁は反省する。
「うぎゅうううううう!」
いくら酒の勢いとはいえ、自分は何をやってしまっているのか。
お互いに酔っていた。
合意の上と言うか、暁から誘った形である。
「不健全! エロ女! エロ女!」
語彙が乏しくなっているのは、もうどうしようもない。
「こんなところ、よく入ったなあ……」
そう思っていると、内股をとろりと、体内から流れてくるものがある。
「うわ~、マジだ~、えっち~」
反省しながらも、体をしっかりと洗っていく。
昨日もちゃんと、シャワーを浴びてから行うべきであったろうに。
「臭くなかったかなあ」
自分の体から執拗に、セックスの残り香を消していく。
そして部屋に戻ったら、そこにもまだ愛の営みの匂いが残っていた。
「換気換気換気! 洗濯洗濯洗濯!」
ぐったりとした暁は、もうそれ以上この日、何もやる気が起こらなくなったのであった。
久しぶりに女を抱いた。
暁は俊の腕の中で、間違いなく女であった。
(すげ~良かったけど、なんでだろ?)
相性が良かったのか、それとも暁が本当に良かったのか。
少なくとも胸部装甲は、今までの中で一番ではあったが。
初体験は、背徳と裏切りの味がした。
二人目はお互いに探り合いながらも、どこか遠慮したものがあって、かなりの時間がかかった。
三人目はお互いに体験済みであったため、スムーズに動きあうことが出来た。
しかしその快楽は、満たされるようなものではなく、吐き出してしまうものであった。
音楽と同じで、ものすごく呼吸が合ってしまっていた。
求められるものと、与えたいものが吊り合っていたバランス。
単純な快感だけではなく、お互いにしてほしいことが、ほとんど言葉にしなくても分かり合っていた。
排泄したというのではなく、循環したような快楽。
アレが本当のセックスなら、今までにやってきたのはなんだったのか。
いや、初体験のアレもまた、本当のものだとは思えていたが。
高校時代と大学時代、付き合っていた相手とのセックス。
あれは本当に、性欲の解消でしかなかったのだろう。
そんな雑な感じが伝わったから、向こうも離れていったのだろう。
今思えば悪いことをしたかもしれないが、10代の性欲などその程度のものだろう。
雑に快楽を与え合った大学時代。
そこで満足してしまって、もう女はいらないなと判断してしまったわけだが。
性欲を感じる。
(あ~、こういうのを上手く、上品にデコレーションすればいいのかな)
興奮しながらも抑制が利いていたのは、音楽を演奏するのに似ていた。
大切な楽器に触れるように、暁に触れていた。
それでも最後には、乱暴になってしまったような気がしたが。
(痛くなかったかな。大丈夫だったかな)
高校時代の処女の彼女とは、三度目でようやく成功したものである。
小さな体に、けれど自己主張の激しい胸。
乳首が小さくて、けれどゆっくりと屹立していった。
ぼんやりとした記憶を、俊もゆっくりと補正していく。
(ああああああああ!)
表情は変えないながらも、俊は脳内で悶える。
(消えろ! 煩悩! 消えろ! 性欲!)
元々暁のルックスやスタイルは、俊の好みではあったのだ。
(そういう目で見るな!)
頭の中で何度も自分を殴りながら、自宅にまで歩いて戻ってくる。
暑さの中で、全く頭が冷えることはなかった。
シャワーを浴びていれば、ようやく体に染み付いた、暁の匂いが消えていく。
そしてそれと共に、冷静な思考力も戻ってきた。
体が辛いのは、単純に普段はしない運動をしたからだろう。
筋肉痛である。
(もう随分としてなかったしなあ)
そう思いながらも、すぐにスタジオに入っていく。
先に月子がもうそこにいた。
普段の月子は、スタジオにいるのは夜のことが多い。
昼間は色々、都内を出歩いているのだ。
千歳の大学に行って、二人で何かをしたりもする。
もっともあの建物は、在学生などの同行がないと、内部に入れない。
俊の立場は岡町の助手で、一応大学に在籍する職員でもある。
「髪、濡れてるけどシャワー浴びたの?」
「ん、ああ」
普段の俊は、寝る前にシャワーを浴びるのだ。
だが寝落ちするまで作曲して、起きてシャワーを浴びるというのも珍しくはない。
「昨日はあれからどうだったの?」
「あ~、暁がべろべろになってた」
「ええ? 最後はちゃんと誰かが送っていった?」
咎めるような視線に、俊は正直に話す。
「ああ、俺が送っていったから」
「なら大丈夫だね」
信頼が痛い。
微妙に話を合わせておくべきではないのか。
二人の関係は、他のメンバーには話さない方がいい。
そもそも昨晩のことは、ちゃんとなかったことにしておくべきだ。
そのあたりも暁と、ちゃんと話さなければいけない。
そう思っていたところに、暁からの連絡が入る。
『二日酔いとバイトで、二日間はスタジオに行けません』
言い訳でもないだろうし、心の整理をするのに二日で大丈夫なのか。
俊はそう思ったが、とりあえず頭の中にある音楽をアウトプットする。
「バラード?」
「ああ。出来ればラブソングにしたいんだよな」
「珍しい」
「頼まれていたあの作品、けっこうラブストーリー要素強いだろ」
「あ~……切ないよね、確かに」
それも絶対に肉欲が絡まない話なので、余計に悲しく愛おしい。
俊は暁と、微妙に話を合わせた。
二人の関係は、これからも変わらないだろう。
変わらずにいられるというのが、この場合はありがたい。
「俊さん、ちょっと今度暇なとき、半日ほど時間作れない?」
「暇な時がないから、そちらで作ってほしい日程を指定してくれ」
暁からはこんな要望があったりしたものだ。
呼び出されたのは、暁のマンションであった。
二人の関係は、メンバーにはバレていないはずである。
少なくとも俊も暁も、普通の距離感で接しているとお互いに思う。
そもそも二人が、そういう関係以上に、信頼しあうバンドメンバーとしての要素が強いのだ。
元々暁のマンションに、俊が来ることはほとんどない。
家具の組み立てやネットの開通ぐらいであるが、それも今では簡単になったものだ。
「それで、用はなんなんだ?」
「うん、これ」
暁が出したものは、一目瞭然の商品であった。
スキンである。コンドームとも言う。
「え、何これ」
「うん、あのさあ、この間のことだけど、けっこう頭がぽやぽやのまましちゃったじゃん? だからちゃんとやり直しておきたいかなって」
「え、何それ」
本当に、なんだその提案は。
暁は頬を染めていて、少し早口にもなっていた。
「せっかく体験したのに、それを憶えてないってもったいないじゃん? だからこれを使い切る回数ぐらい、してほしいんだけど」
「……う~ん……」
「あ、別に恋人になろうとか、結婚しようとか、そういうのは全然ないから。むしろあったら困るし。ただあたしにとっては、やっぱり俊さんが一番安全というか」
せっかくやってみたのだから、もう少しやってみたい。
その考えは、実は俊には分かりやすいものであった。
俊としても、もう一度暁を抱いてみたかった。
あの感覚が、また体験できるのかどうか、試してはみたかったのだ。
これはインプットの中の一つである。
「俺はいいけど、本当にいいのか?」
「うん、ちゃんと避妊して、これを使い切るまで」
「じゃあ四日ぐらいかな」
「え、12個入りなんだけど」
「一日に三回ぐらいは普通に出来るからな」
「え、ええ、そうなんんだ……」
(体もつかな……)
少し暁は不安になったが、無理なら無理でストップしてもらおう。
「あたしはシャワー浴びたから、俊さんもどうぞ。バスタオルとか出しておいたし」
暁は既に、脱がしやすそうな部屋着になっている。
準備は万端というわけであるのか。
ここで断ったら、むしろ恥をかかせることになるのかな、と俊は言い訳を考えた。
だが実際のところ、素直に自分ももう一度したかったのだ。
「分かった。それじゃシャワー借りるぞ」
前回と違い、今回は完全に素面である。
二人の間には、性欲らしきものが介在している。
しかしそれ以上に何か、お互いを信頼しあって、音楽以外の媒体で共有し合うという、変な目的意識が生まれていた。
九月、まだ外の空気は暑い。
ベッドに座った暁は、もじもじと足の指先を動かして絡ませていた。
やがて水音が止まり、シャツの姿の俊が出てくる。
立ち上がった暁は、腕を広げてそれを迎えた。
「それじゃあ、お願いします」
「うん、頑張るから」
この後むちゃくちゃセックスした二人は、たった一日で予定の半分を消化したのであった。
暁はもちろん俊も疲れ切ったが、ほとんど同時に気絶するぐらいまで、二人の情交は続いた。
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