第309話 ラテンの本場へ

 北海道でライブをやるなら、その最大の舞台は札幌ドームであろう。

 もっともミュージシャンの間でも、おおよそペイしない場所として有名になりつつある。

 五大ドーム開催という名誉でも求めない限りは、ちょっとここでライブコンサートをするのは難しい。

 レンタル料自体は、東京ドームのほうが、よほど高いのであるが。

 ちなみになぜか今は、札幌ドームのレンタル料に、交渉の余地があるらしい。

 不思議な話だ。

 第三セクターであるから、そういう融通は利かないと思うのだが。


 ノイズはと言うよりは俊が、そんなチケット売れ残りの危険があるハコで、演奏を考えるはずもない。

 もちろん阿部も、そんなところは予定していない。

 仙台は以前にも一度ライブをしているし、山形は比較的客数が少なかった。

 そのためしっかりチケットも売れて、いよいよ札幌という順番だ。


 2000人が入る、これまでにやってきた中でも、相当の規模のライブ。

 今までの最北が仙台で、メンバーに出身者がいるからと、考えていたのだが、札幌は本当に売り切れるのか。

 また土日ではなく平日なこともあって、心配であることは確かだった。

 比較的日程が近くなるまで、はけなくて心配もしたものである。

 最終的には全て売れたし、チケット転売を求む人間も、数人はいたのだが。


 これで主要四島のうち、三つで公演したことになるノイズである。

 次の目標は、四国までも含めたツアーか。

 夏休みなどに限れば、集客力も高くなり、可能であるのかもしれない。

 ただそういう時期は他のミュージシャンにとっても、稼ぎ時なのである。

 また長い夏休みには、大規模フェスがいくつもある。

 音楽好きが目的とするのは、そちらの方であるかもしれない。


 金を出してまで、そして時間を費やしてまで、満足できるものであるのか。

 無料で楽しめるコンテンツがある現在、金と時間を使うというのは、それだけ贅沢なことであるのだ。

 間違ってはいけないのは、無料ならば楽しめても金を出してまでは、と思う人間が多いということ。

 タイパなどという言葉があるように、無料を大前提として、若者などは活動をしている。

 本当に重要なのは、コアなファンがしっかりといるかということなのだ。

 そしてある程度のコアなファンがいると、自然とそちらに人は流れていく。

 かつては作られた流行が、今では難しくなっている。

 

 裾野が広いことは、重要なことではあるのだ。

 鬼滅の刃のような作品が、一気にとんでもなく売れたという現実がある。

 入ってくるのは無料であっても、そこからちゃんと人気があれば、爆発的な頂点にたどり着く。

 ただほとんど金にならない作品も、むしろ増えてはいる。

 ネット発の作品などは、間口を広げたものであろうが、テンプレが多くなりすぎると、飽きられてもしまうだろう。

 それでも二匹目の泥鰌が当たるのが、現在の業界事情であるのか。

 その点では素人から参加可能なボカロ曲というのは、ネタ曲もあるがクオリティの高さでヒットする。

 もちろんここもバンドと同じように、裾野は低くとんでもなく広い。


 俊は商業的と呼ばれても、別にそれは構わない。

 そもそも売れる曲、聴いてもらえる曲を作るというのが、どれだけ大変か分かっているのだ。

 他の名前で作ったネタ曲が、長く自身の最大のヒットであった。

 その皮肉が俊に、現実感を与えている。




 北海道とは言っても札幌は、それほど涼しいとも感じない。

 まだ熱い季節でもないのだから、それも当然であろうが。

 もっとも東京だと、夏日になる日がかなり多い。

 昭和生まれの人間であると、わしらが子供の頃には、猛暑日などという言葉はなかった、と言う人間もいる。

 実際に35℃を超える日というのは、ほとんどなかった。

 今では普通に夏場には記録されている。


 ライブハウスの中の熱量は、とんでもないものである。

 ただ暑いわけではなく、興奮して倒れてしまう、という人間も時々いる。

 おそらくロックとポップの最大の違いは、この熱量にあるのでは、と暁などは思っている。

 もちろんポップスのライブでも、興奮して倒れる人間はいる。

 それこそアイドルのコンサートでも、普通にいるものなのだ。


 熱狂させる、ある種の暴力性。

 理性からの解放を、求めてしまうのがロックなのか。

 魂のあり方、また生き方こそがロックである。

 暁が普段から言っている、魂がロックな人間が演奏するなら、それは全てロックなのである。

 俊は別に、暴力性を求めているわけではない。

 ただ芸術とはまた違った、原始的な本能を追及するという点では、重要なものだと思っている。


 単なるファッション、という音楽でも必要とされる場合がある。

 BGMに適した音楽というのもあるだろう。

 クラシックやジャズなど、そういったものはそういったもので、否定するつもりはない。

 ただジャンルは違うし、自分の求めているものでもない、という程度には考える俊。

 しかし楽曲のテクニックには、クラシックの技法を使ったりはする。


 同じジャンルと思っていても、国が違えば感触も変わったりする。

 実際に欧米と日本では、使うコードが違ったりするものだ。

 またロックのジャンルは何度か、原点回帰を行っている。

 下手に技巧的なものになると、むしろ敬遠されるということもある。

 ただアメリカなどの場合、ギターが家にあるのは当たり前。

 そのため普通のアマチュアにも、とんでもなく上手いミュージシャンがいたりする。


 アメリカはアメリカで、今はまたも何度目かの移民問題に、ポリコレやLGBTなどの訳の分からないものがあり、混乱の中にある。

 ただその混乱の中から、新たな力が生まれてくるのもアメリカだ。

 しかし純粋なロックの系統は、完全に衰退している。

 今や商業主義ですらなく、むしろヨーロッパの各地から、新しいロックが生まれてきたりもする。

 などと言っている間に、新しい力が生まれているかもしれないのが、アメリカという国の強いところだ。




 ブラジルのステージというのは、ノリが明らかに日本とは違った。

 また俊は直接は参加したことはないが、アメリカやイギリスのフェスとも違うと思った。

 そこにやってきたのが、スペインからのオファーである。

 どういうブッキングを考えているのか、正直不思議にも思った。

 一度は上手くやっているので、去年もオファーを出して来たアメリカから、今年も話があるかもとは思っていたが。


 新しい刺激がインプットされた。

 ただそれを消化して、自分のものにするのには、まだ少し足りていない俊である。

 メンバーの中で変わったのは、暁と千歳であろうか。

 暁のギターと、千歳の歌が変わった。

 暁のギターは積極的に明るくなり、千歳の声は伸びやかになった。

 もちろんその感覚は、このツアーの間に築かれていったものでもある。


 変化を止めないこと。

 まだ成長しているのが、10代の二人である。

 技術的なことだけではなく、精神的な面でも、二人はノイズを牽引する。

 核となるのは俊や月子だが、二人は上手くパワーを出してくれる。

 そこから新しく、音楽や感情を乗せていくのだ。


 札幌の大きなハコも、セッティングは大変だったろう。

 演出に関しても、万全であったとは言いにくい。

 だがそういった事前の不備を、全て覆すかのようなインパクト。

 オーディエンスにそれを与えるから、ノイズはロックバンドでいいのだ。


 俊はステージ上のパフォーマンスで、想定以上の力を出すことが、あまり得意ではない。

 どこか一歩、冷めて見ている自分がいる。

 だがこれによって、出来の悪いステージが存在しないようにもしている。

 バンドというのはバランス感覚が重要だ。

 全員が前に前にと出て行ってしまっては、支える部分がなくなってしまう。

 確かにノイズはツインボーカルや、暁のギターソロが華のようになっている。

 しかし一番安定していて重要なのは、栄二のドラムであるだろう。


 信吾は走る時と止まる時、その区分をしている。

 走りすぎている時は、少しブレーキをかける。

 上手く走っている時は、自分のベースで低音を補強する。

 俊は曲にもよるが、打ち込みをしている部分が相当に多い。

 暁と月子が走りすぎたら、自分一人で止めることは出来ない。

 だがバンドメンバー全体が、かなりこなれてきたという感じは分かっている。




 人気の絶頂で解散してしまうバンドがある。

 メンバーの死亡や、人間関係といったものに、金銭関係が主なものである。

 また多く表向きの理由で言われるのが、音楽性の違いだ。

 実質は人間関係や、金銭関係であっても、こう言い換えられる。


 ただ本当に、音楽性で解散するグループもあるのだ。

 それはやりつくしたとか、発展性がないとか、そういった段階である。

 金銭的に考えれば、続けていた方が売れるに決まっている。

 しかし縮小再生産を嫌ったり、あるいは芸術性にこだわって消滅したりと、そういうバンドもある。

 今の時代には、休止中ということになっているものが多いが。


 かつては妥協が出来なかった。

 だからこそビートルズも解散したのだ。

 もっともあそこはレコーディングバンド化や、作詞作曲の配分など、そういった問題も抱えていたし、マネジメントをしていた人間の死もあった。

 それぞれが影響を与え合うよりも、自由にやることを選んだ結果が、解散という結果につながったのだろう。

 レッドツェッペリンの解散はボンゾの死が理由であるが、フレディの死んだQUEENは、一応まだ活動中である。


 ノイズは各人のスキルは、まだまだ成長の過程にある。

 バンドとしての一体感は、ほぼここが完成形であろうか。

 しかし実はメンバーの中には、恐れている人間もいるのだ。

 それは俊が、自分で認識しているより、周囲からは高く評価されているため。

 他のミュージシャンへの楽曲提供を、わずかだがやっているためだ。


 コンポーザーとして、またアレンジに加えポロデューサーとしても、一人でやってしまえる。

 しかもリーダーであるから、一人でやろうと思えばやってしまえるように見えるのだ。

 もちろん実際の俊は、ノイズでないと出来ない曲がたくさんある。

 自分の理想の音楽を追求するため、ノイズというバンドが存在する。

 レコーディングも好きではあるが、ライブの魅力も捨てられない。

 まだまだ表現の世界は、ずっと遠くにまで広がっている。


 アンコールに応えてライブが終わる。

 もう充分に経験を重ねているのに、流して終わることがない。

 特に女性陣は消耗が激しい。

 だが全力でやることを、絶対にやめはしない。

 もしも予定調和の演奏で終わるようなことになれば、そこで怒るのは暁であろう。

 実はノイズの中では一番、本能的な人間。

 ほとんどに人間は暁と話していると、そんな印象は抱かないのだが。


 信吾や栄二も汗をかいているし、俊にしても大きく息をする。

 体力というよりは、プレッシャーによるものだ。

 オーディエンスを満足させることも重要だが、自分たちが満足する演奏をしなければいけない。

 プロフェッショナルではあるが、この日程でライブをやっていると、さすがに体力的に厳しい。

 若くなければ出来ないことなのかもしれない。


 ガールズバンドはそれなりに多くても、ゴリゴリのメタルやハードロックが少ないのは、そういうところにあるのかもしれない。

 週末に一度のライブをするのと、ツアーで一気に四日や五日のバンドをするの。

 以前にはこれに移動の疲労まであったが、あれは世間知らずだからこそやれたことか。

 それにあの時は、地元のバンドとのブッキングであったので、演奏時間も短めであった。

 二時間以上を演奏するのは、相当の体力がいる。

 出せるパワーは増えてきても、体力がそこまで増えているわけではない。

 変に舞台慣れすることもなく、全力を出してしまう。

 だが全力を出さないことは、自分に許さない。

 特に暁の演奏は、バンドを引っ張るところがあるのだ。




 ツアーの第三段階が終わった。

 あとはスペインでのフェスが終わってから、最後に東京で〆る第四段階である。

 スペインへの移動は、ドバイを経由してのものとなる。

 およそ丸一日が、その移動で潰れる。

 他にヨーロッパの各国の経由もあるが、どちらにしろ直行便は存在しない。


 スペインは実は、日本の文化がそれなりに流通しているらしい。

 かつてはオリンピックもあった、人口は100万人を超える都市だ。

 ちなみにスペインの首都はマドリードであるが、このバルセロナオリンピックを憶えている世代は、そのせいで首都を間違えることがあるらしい。

 地中海に面していて、国際的な観光都市で、様々な祭りもある。

 人口は160万人だが、都市圏人口は400万人を超える。

 東京ほどではないが、大阪には近いといったレベルの街か。


 なおスポーツのバルサとしても、有名でもある。

 サッカーの強豪クラブの中でも、世界屈指の名門だ。

 イングランドリーグがサッカーでは一番の人気とも言うが、スペインも相当に人気はある。

 今のイギリスのサッカーの場合、フーリガンが怖いという話も聞くが、それは音楽フェスでも似たようなものだ。


 スペインのフェスは、一週間をかけて行われるお祭りだ。

 日本でそんなことをすれば、社会が麻痺するのでは、とも思われる。

 もっともスペインはシエスタとして、二時間ほども昼の休憩を取る国だ。

 スピードの感覚が、日本とは全く違うのかもしれない。

 ただこのシエスタも、近年は廃止の動きもあるのだとか。


 スペインもバルセロナも、比較的治安のいい国と都市である。

 だが日本に比べれば、ちょっとした置き引きやスリなどはある。

 それは日本にしても、場所によっては治安が悪いのと同じだ。

 ノイズが演奏する時間帯は、夜となっている。

 昼間はもっと家族向けの、音楽以外のイベントもやっているらしい。


 ビッグネームも来るが、マイナーどころもたくさんいるのだとか。

 その中でノイズは、一万人のステージを一時間用意されている。

 ブラジルでの演奏から、そういうオファーとなったのだろうか。

 ただ日本のアニメの人気もそれなりにあるため、そこから客の導線を見たのかもしれない。


 誰も知らないインディーズバンドも、小さなステージで演奏をする。

 その中で一万人というのは、かなり多い方であろう。

 設営されているのは、海岸のビーチに存在するものである。

 海が見える場所で、演奏をしていくというわけだ。




 知名度はとんでもなく高いフェスだが、ビッグネーム以外にもステージがあるのは、日本のフォレスト・ロック・フェスタに似ているだろうか。

 ただ向こうの方は、街の中の色々な場所で、イベントをやっているらしい。

 音楽だけではなく、アートの展示もあったり、パフォーマンスを見せるところもある。

 音楽フェスではなく、フェスタなのだ。


 幸いなことにバルセロナの市街地では、英語が通じる場所が多いという。

 俊と暁に加えて、最近は千歳も英語をしっかりと学んでいる。

 なにしろ大学では、英語の単位が必修であるのだ。

 選択が多い大学の中で、かなり例外的なもの。

 ただ千歳も英語の歌詞を理解しようとしているので、かなり実際に身についている。

 人は必要になれば、頑張れるものなのだ。


 一週間のフェスのうち、プロモーターが取ってくれているホテルは二日間。

 あとは自腹でというあたり、なんともビッグネームとの扱いの違いを感じる。

 それにどうせ他のホテルを探そうとしても、この時期には空いていることがない。

 つまり到着してリハをして、演奏をして寝て、次の日には帰るという日程だ。

 いっそのことマドリードまで足を伸ばせば、そちらで観光も出来るのかもしれないが。

「大学がなければな~」

 千歳は真面目にやっているので、彼女一人だけを帰すという選択は、さすがにしないノイズメンバーである。


 そしていよいよ日本を発つ。

 その前に俊は、あちこちに挨拶に行ったりもしていた。

 スペインのフェスは、それなりにビッグネームも来るが、純粋な音楽フェスではない。

 ただノイズのやっているようなポップロックは、受け入れられるのではないか、と言われた。


 海外で演奏するというのは、それなりの名声を稼げる。

 ただやはりやるならば、アメリカというのが一番だろう。

 あるいはイギリスなどは、アメリカよりも強い熱気を持つフェスがあったりする。

 ヨーロッパは基本的に、イギリス以外は陸続きでもある。

 だから色々な国から、フェスのために集まることはあるのだ。


 往復の移動にそれぞれ一日ずつ。

 そして三日間かけて、一時間のライブをする。

 とんでもなくコスパもタイパも、悪いように思える。

 だがステージが一万人規模なら、決して軽く見られているわけでもないだろう。

 むしろしっかりと埋めるだけの、演奏をしなければいけない。

「あ、KCも出るんだ」

「まあメインステージだけどな」

 ケイトリー・コートナーはビッグネームなだけに、当然のように名前があった。

 他にも何人も、知っているビッグネームがいる。

 ただ全く無名と言うか、日本では知られていないミュージシャンも多い。


 ブラジルまでに比べれば、まだしも飛行機での移動時間は短い。

 それでもほぼ丸一日なのだから、長いことは間違いない。

 コンディション調整が、またしても重要になる。

 さらに言えば準備の時間も、かなりタイトなものなのだ。

「なんだかまた、大変な感じにはなりそうだね」

 挨拶に行った時、白雪は完全に他人事で、そんなことを言っていた。

 ただMNRにしても、今年の夏は海外のフェスに、出場する予定が入っているのであった。

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