第305話 GWから始まる

 長期休暇というのは、フェスが行われやすい。

 ゴールデンウィークにも関東ではあちこちで、音楽フェスが行われる。

 テレビ出演もして、フェスにも参加して、全国ツアーを告知。

 そしてゴールデンウィークの終わりから、まずは神奈川の川崎から、ツアーは始まった。

 とは言ってもこの川崎のライブは、日帰りライブである。

 まずは1000人以下のハコで、お試しというものである。

 しっかりとチケットはソールドアウトしたが。


 まずはテレビ出演である。

 これはかなり急に決まったものだが、ミュージシャンの場合誰かが急病で倒れたりすると、そこを埋める人間が必要になる。

 ただノイズとしても渡りに船であった。

 全国ツアーの告知も出来るし、フェス前の肩慣らしといったところもある。

 ブラジルのフェスで演奏した曲を、テレビでもって流す。

 不思議なラテン調の曲は、ノイズの音楽性をまた広げたものとなった。


 俊の音楽は一つの方向性を、突き詰めていくというものではない。

 狭く深くではなく、広く浅くなのだ。

 シンセサイザーを使った小手先の音楽にならないようには注意する。

 しかしバンドの形式だけでは出来ない音も、シンセサイザーを使えば奏でることが出来る。

 またシンセサイザーを使わなくても、QUEENはその系統の音を出していた。


 俊の音楽性を示すなら、本当に手当たり次第、としか言いようがない。

 だが日本の民謡も取り入れたし、ラテンも取り入れた。

 基本的にはロック調のポップスであるが、バラードもしっかりと入れている。

 それはボーカルの機能が、優れているからである。


 ゴールデンウィークにおいては、またも幕張でメインステージに立つ。

 ヘッドライナーにならないのは、不思議に思われたりもしているが。

 集客力などを考えた場合、フェスのまさにトリである、ヘッドライナーにならないのも不思議な話だ。

 最後までオーディエンスを引きとめるためには、人気ミュージシャンが必要なはずなのだが。 

 ただノイズのファン層は、比較的若年層が多い。

 正確に言うとかなりの年齢と性別にバラけているので、夜遅くになるまでのステージの方がいい、と考えたりもしているのだ。

 もっともライブはどうしても、夜中になってしまうものだが。


 ブラジルでは一万人程度のオーディエンスしか集まらなかった。

 知名度もあるが、やはりそれが今の限界なのだろう。

 全世界的にバズるというのは、さすがに難しいことだ。

 しかし何かで一つバズれば、一気に有名になるのが今の時代だ。


 ブラジルでのライブの様子は、どんどんと拡散されていっている。

 日本と違って海外のフェスは、拡散されることが許可されているものが多いのだ。

 面白いと思われれば、実際に見に来てくれるかもしれない。

 そういうことがあったとさえ知らなければ、関心を持ってくれるきっかけにもならない。

 その映像だけで満足する人間は、どうせライブにも来ないし音源も買わないのだ。




 現在において価値とは、知名度と同等とも言える。

 迷惑系などといって知名度を稼げば、そこから稼いでいける。

 これは別に今のことではなく、昔から言われていたりもするのだ。

 悪名は無名に優るとか、美名も悪名も名声は名声とか。


 政治家にしても元芸能人であったりすると、知名度だけで当選したりする。

 芸能人ではなく小説家などであると、さらに知名度で勝負出来たりする。

 特にこれは都市圏の、ノンポリ層には強いのだ。

 人気商売はネタにされる程度で丁度いい、とも言えるかもしれない。 

 ネットでいうところのミームであろうか。


 音楽性以外の個性も、ノイズは意識している。

 ファッションなどがその一つで、それぞれがバラバラの系統の衣装に身を包んでいる。

 月子がドレスなどを着ていても、暁は売れないパンクロッカーのような地味なスタイル。

 また千歳も飾らないカジュアルさが、かえって珍しいと言えるだろうか。

 その中で俊と信吾は、ファッショナブルな部類に入る。


 昔から音楽業界には、いや芸能界には、知名度が何よりの財産であったのだ。

 そして昔は大手の会社の資本が、それを宣伝していった。

 今は個人が発信出来る時代で、その点がやはり大きく違う。

 自分が発信するのではなく、ファンがどんどんと発信してくれる。

 なのでSNSをやっている有名人とは、しっかりと付き合っておいた方がいい。

 ただここで月子などは、ディスレクシアがやはりハンデとなってくる。

 もっともそれが大きく知られた今は、むしろアピールポイントにもなっているのだが。


 フェスの物販コーナーでは、しっかりとグッズが売れていった。

 音源に関係した物が、俊としては一番かなと思っている。

 色々な切り取り動画などで、その楽曲がバズればどうなるのか。

 一気に知名度が上がっていくのが、今の世の中なのである。


 今は安定しているな、と俊は感じている。

 ただついにフラワーフェスタが、この規模のフェスに出演するようになってきた。

 花音が歌わなくても、他のメンバーがボーカルとして歌える。

 また楽曲によっては花音のキーボードや生ピアノが、強烈な印象を与えてくるのだ。

 基本的にフェスであっても、グランドピアノを持ち込むのは難しい。

 電子ピアノなどでは花音の繊細なタッチが、どうしても再現出来ないのだ。


 フラワーフェスタこそまさに、大きな舞台でコンサートをやれば、本領を発揮出来るバンドだ。

 ただやはりギターパートの微妙さと、花音が歌いながら演奏出来ないというのが、全力を出せていない原因となっている。

 四人全員がボーカルが出来るという点では、ノイズをも上回る要素である。

 特に花音がボーカルをする時は、他の三人がコーラスで歌う。

 これが今のところは、最強の布陣ではなかろうか。

 ピアノを弾きながら歌えるようになれば、QUEENの布陣で歌うことができるので、それを目指すべきなのだろう。

 それにしても花音の微妙な不器用さは、俊から見ても不思議なものである。




 そしてゴールデンウィークの終盤には、川崎でライブを行う。

 一応全国ツアーはここが始まりとなっている。

(そろそろオファーがあってもいいよな)

 夏場のフェスに関しては、そろそろプロモーターがミュージシャンを選んでいっているはずだ。

 ただこういったフェスはあちこちでやるために、意外とぎりぎりまで出演が決まらないのは、日本でもよくあったことだ。


 目標とするところはアメリカ。

 ただイギリスもロックに関しては、巨大なフェスがある。

 また俊が意識しているのは、スペイン・ポルトガルでのフェスである。

 ブラジルがポルトガル語系で、スペイン語とも近似している。

 そのためブラジルでやったあのフェスで、この二カ国においてかなり知名度が上がっているのだ。


 ヨーロッパはあちこちで、本当に音楽フェスをやっている。

 ロックだけではなく、ポップス全体のフェスだ。

 スペイン、フランス、ベルギー、オランダ、その他諸々。

 ヨーロッパの音楽フェスは、どこも巨大なものである。

 そしてアメリカのフェスに劣るものでもない。

 特にイギリスは、ビートルズをはじめとして、素晴らしいミュージシャンを大量に輩出した国なのだ。


 基本的にはアメリカでやりたい、というのは確かだ。

 多様性の時代と言いながら、アメリカの発信力が最大であるのは、いまだに変わらない。

 しかしイギリスも英語圏で伝統的なフェスはあるし、フランスなども捨てがたい。

 フランスは日本のマンガとアニメがかなりの人気で、そこからノイズの音楽を知っている人間も多いはずなのだ。

 実際にマンガは、英語版とフランス語版、またポルトガル語版などと色々出ている。


 今年のノイズは日本の夏フェスは、一つしか出演しない予定だ。

 もっとも他のミュージシャンが突然欠場し、その時に予定が入っていなければ、出演するのはやぶさかではない。

 八月の末は確実に空けてある。

 本当はお盆あたりにも、フェスに参加はしたいのだが、国外に今は目を向けている。

 まずは国内を支配しろと思う人間もいるかもしれないが、音楽というのはそういうものではない。

 日本でさらに知名度を高めるより、国外に出て行ったほうが、効率がいい。

 まだノイズを知らない人間が多いというのもあるが、海外で成功した日本人に対し、日本人は賞賛を送る傾向にあるのだ。


 一番期待しているのは、やはりアメリカのシカゴ。

 去年は既に予定が入っていたので、どうにも出来なかった。

 その後のブラジルでのフェスの様子は、当然向こうのプロモーターも知っているだろう。

 さらに知名度を上げた日本のバンドを、今度は早めにオファーを入れてくるかもしれない。

 あとはスペインであろうか。


 もっとも海外でのフェスに参加しても、それほどの巨大な収入にはならない。

 地元で既に知名度があり、動員を計算できるミュージシャンなら違う。

 日本の場合は交通費にホテル代と、そこまでしっかりと面倒を見てくれたら、バンドに払うギャラはぎりぎり三桁万円台に入る、ぐらいにしかならない。

 ここでノイズの、メンバー数が多すぎる問題というのが出てくる。

 呼ぶだけでも金がかかるのだ。




 川崎でのライブは、しっかりと演奏が出来た。

 正直なところ日本のホールで演奏した方が、下手に海外フェスに行くより、収入にはなる。

 海外の人気フェスは、今年の夏の分などは、既に去年のチケットがソールドアウトしているのが珍しくない。

 今はキャンセル分や、増やせる分をどうにか、狙っているところであろう。


 ブラジルから帰ってきてからだが、よりノイズのPVは回るようになってきた。

 確実にフェスのライブを見た人間が、拡散しているということだろう。

 かつてスペインとポルトガルは、海外に巨大な植民地を築いた。

 いまだに南米では、特にスペイン語が公用語の国が少なくない。


 その後にイギリスの時代が来て、アメリカでも主に使われるのは英語だ。

 だから英語圏を狙っていくのは、間違いのないことである。

 しかしスペイン語とポルトガル語を合わせたら、相当の人口が世界的には存在する。

 そのあたりも客層として、狙っていけないものだろうか。


 重要なのは聴いてくれるだけではなく、金を出してくれるかだ。

 しかし今の時代は、金を出さなくても広めるだけで、価値がある時代である。

 ライブのブッキングをどうするか、迷うところなのである。

 国内は国内で、相当の規模のライブハウスから、やってくれないかという話が来たりもするのだ。


 ライブはロックバンドの命である。

 レコーディングではどうしても、その熱量を充分に伝達することは出来ない。

 映像記録などの方が、むしろそれには適しているだろう。

 もっともライブ版をCD化、という物も世の中にはあるのだが。

 実際にライブの映像は、どんどんと世界に広まっている。


 音に加えて映像。

 感じるものが倍以上に増える。

 映像というのは想像しているよりずっと、音のイメージを補完するものなのだ。

 だがライブではそれに加えて、熱量が全く違ってくる。

 収入だけを考えるなら、大きなハコでやるのがいいのに決まっている。

 しかしオーディエンスを近くに感じる、50人規模のハコでやるのも、それはそれでいいものだ。


 警備の問題で、もうあまり小さなハコでやるのは難しくなっている。

 ダイブ禁止と書いてあっても、いまだにやってしまう人間は多いのだ。

 ノイズの場合はパフォーマンスに、そういったことをする人間はいない。

 そのあたり行儀のいいバンドだ、などと言われたりもする。

 ロックスターが破天荒でいられたのは、せいぜい2000年代までか。

 今の世の中、無茶なことをすればすぐ、炎上してしまう。




 川崎のライブが終わって、次は名古屋。

 その前に阿部が、話を持ってきた。

「アメリカから、来たわよ」

「よし!」

 さすがに珍しくも、拳を握り締める俊であった。


 八月中旬の、シカゴで行われる大規模音楽フェス。

 そこのメインステージではないが、それでも三万人が入るステージである。

 ブラジルではどうにか、一万人が最終的に集まった。

 これが追い風になるのかどうか。

「あとスペインからも、オファーが来てるけど」

「なんで?」

 いや、ありがたい話ではあるのだが。


 音楽に関しては基本的に、国外ならアメリカとイギリスが、分かりやすい消費地である。

 なにしろ英語が通じるのであるから。

 ブラジルのフェスというのは、けっこうな賭けではあったのだ。

 ギャラも安かったし、ホテルもそれほど高級ではなかったりと、文句のつけられるところはあったが。

 日本のビジネスホテルは、狭い以外は快適である。

 海外のホテルは格差が激しいのだ。


 アメリカは八月の中旬で、これは完全に問題がない。

 スペインのフェスについては、日程が六月の上旬。

 あと一ヶ月というのは、ちょっと急すぎないか。

「まあ他のバンドのキャンセルがあったとか、ギャラが折り合わなかったとかなんでしょうけど」

「一応ツアーの日程とはかぶらないのか……」

 それにしてもこの調子なら、フォレスト・ロック・フェスタの出場も可能になるような気がする。


 多くのステージがある中で、やはり一万規模のステージが用意されている。

 ただこれに関しては、条件があまり良くはない。

 ギャラは示されているが、航空機のチケット代も含まれている。

 さすがにホテルについては用意されているが。

 おそらく地元のミュージシャンが抜けた枠を、こちらに持ってきたというものであるのだろう。

 足が出ないかどうかは、ちょっと計算してみないと分からない。

「こっちは交渉して、機材の運搬や移動にかかる費用も出してくれるなら、OKといった感じですかね」

「もったいないけどね」

 アメリカのフェスの前に、もう一度海外の大規模フェスでステージが用意される。

 本当ならばこれで、知名度を上げていけるのだが。


 あとはこの時期だと、確実に千歳が大学を休む必要が出てくる。

 ただでさえツアーの日程上、大学を休む日は出ることが決まっている。

 まったくもって昔の、貧乏暇なしツアーの方が、そのあたりの予定はなんとかなっていた。

 夏休みやゴールデンウィークに集中して、一気にやってしまっていたからだ。

 あの頃の我武者羅な力が、今はないような気もする。

 ステージのクオリティ自体は、間違いなく上がっているはずなのだが。




 これに関しては、千歳に確認をする。

 そもそも今の大学は、絶対に出席が必要というものではない。

 欠席しようが課題をこなしていれば、それでいいというものなのだ。

 ただし講義を欠席すれば、それだけ知識を得る機会を失うというものだ。


 しかし千歳の目的を考えれば、ここは違う経験を積むべきではないか。

 経験と言うか、キャリアと言うべきかもしれない。

 将来も音楽の世界で生きていくなら、キャリアアップに伝手の増加は、絶対にあった方がいいものだ。

 千歳としては自分が、ソロで歌うということは想像が出来ない。

 もしもノイズが解散などしてしまっても、バックがないと歌えないだろう。


 千歳は決断する。

「あたしは行ってもいい」

「じゃあ、あとはギャラと待遇の問題か」

 そこの交渉は阿部の役目である。

「それにしてもさ、そんな大きなフェスでそれなりのステージなのに、どうしてギャラが安いわけ?」

「こういったフェスはメインやヘッドライナーの有名アーティストが、特別に高いからな」

 お前らはまだそこまでの価値はない、と言われているようなものである。


 ショービジネスの世界というのは、トップが総取りというところがある。

 悔しかったら自分たちで、客を集められるようになれ、という話だ。

 そのための機会は用意して、赤字にならない程度のギャラは払う。

 主催者側の本音としては、そういったものであるのだろう。


 もっとも日本でこれまでに参加したフェスでは、それなりのギャラがしっかりと出ている。

 これはノイズが、単体で万単位のコンサートを、成功させているからだ。

 充分に既に、集客する側になっている。

 だからこそどんどんと、ギャラの提示も高くなっているわけだ。


 一番楽に、というか確実に利益を出すなら、関東圏の3000人までのハコで、ライブをすることだろうか。

 既に設備の整っているところであれば、設営などにあまり人手もいらない。

 もっともそういったローディーまでも含めて、賄えるぐらいの収入があればいいのだが。

 ミュージシャンはいずれ、その才能が落ちていくことはあるだろう。

 だがローディーたちの技術は、失われることはない。


 そういう点では俊も、自分の能力を技術的に考えている。

 初めから才能などは、ほんの少ししかない。

 全くないわけではないから、それに色々と経験を加えて、職人となっていくのだ。

 自分はとにかく、メンバーの才能を表現するための楽曲を作る。

 主人公になるのは、自分ではないと考えればいいのだ。


 六月にスペインへの移動。

 ビザの更新などは、全く問題はない。

 あとは阿部が、どのように交渉してくれるかだ。

 確かに海外の大規模フェスでやれば、それだけ箔付けにはなる。

 しかしそのためだけに、金にもならない演奏はしない。

 あえて最初からボランティアならばともかく、自分たちはプロであるのだから。

 そう考えていた俊に、阿部は条件の変更を飲ませることに成功したと告げた。

 あちらのプロモーターとしては、それほどの金額の差でもないはず。

 だが俊はその交渉に、親指を立てたのであった。

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