第二部 三章 ニューレーベル
第302話 帰国後のノイズ
ブラジル遠征は成功であったと言える。
少なくとも海外への渡航経験は積めたのだ。
俊としては海外の音楽市場に、目を向けることが出来た。
そこで改めて、確認していったこともある。
ノイズはあまり宣伝をしてもらわなかった代わりに、収入が多いようにした。
それでもある程度は、事務所やレーベルに渡っていく。
もちろん事務所は様々な手続きをするが、レーベルに関してはそもそもインディーズで出している。
この時点でもある程度、ノイズの収入は多いわけである。
レコード会社の役割は、昔に比べれば随分と様変わりした。
メジャーとインディーズの違いはあるが、実際は世界的にメジャーなレコード会社は、ごく限られている。
その中で多くのレーベルが、音楽を出しているわけである。
ノイズの場合はあえてインディーズレーベルに所属し続けているが。
このレーベルや事務所との関係というのも、日本と海外では大きく違う。
日本は言うなれば、中堅とでも言うべきミュージシャンが、それなりに稼げるようなのだ。
欧米、特にアメリカでは、トップが多くを取っていく。
これはアメリカ社会における、多くの分野でもそうと言える。
日本のミュージシャンは昔から、アメリカ進出をずっと考えていた。
そしてそれがどんどんと失敗していたのが、90年代であるという。
そもそも国内の市場だけで、その時代は充分に食えたのだ。
だがCD販売が頭打ちになると、他の稼ぎ方を考えないといけない。
以前はカラオケ文化もあったが、これも一気に廃れた。
他の遊びが多くなったというのもあるが、あのコロナ騒動が致命傷になった店は多い。
特にバンドグループは、ライブでの収入が大きかったのだ。
これはグループのみならず、イベント屋も同じく収入が激減した。
ライブハウスも閉鎖したところがあるし、ライブバンドも苦しかったことだろう。
もっとも政府による補償で、ある程度にはどうにかなった店もある。
ただカラオケにしろ、ライブハウスにしろ、一度途絶えてしまったというのが、元に戻るのには時間がかかった。
ライブハウスはまだしも、カラオケは相当に数が減っているのは確かだ。
このコロナ騒動の裏で活発になったのは、配信の文化ではないか。
自分の部屋からもそのまま、世界中に発信していける。
歌ってみた、や、弾いてみた、というのはこのあたりから特に目立ってきたとも言える。
実際に音楽に限らず、普通の会社であっても、リモートで働くということは多くなったはずだ。
社会人にとってみれば、リモートワークというのはそのまま、通勤の時間が余分に使えることとなる。
このためYourtubeのチャンネルの回転は、多くなったとも言われる。
コロナ需要というのは、電子書籍などでも高まったし、音楽や映像の配信も高まった。
とにかく不要不急の外出を制限されれば、部屋の中で楽しめるコンテンツが拡大するのは当然。
そしてここでVtuberの出番は増えたと言える。
実際にここで、顔出しをしない歌い手、という存在は大きくなったのだ。
ユニットを組んだりもしたし、あるいはボカロ曲をカバーしたりもした。
また多くは古いアニソンをカバーしたりもしたのである。
ともかくノイズは帰国した。
その後数日は時差ぼけしていたが、いつまでもそんな調子でいるわけにはいかない。
そろそろ今年のツアーの日程を、調整していかなければいけないのだ。
目標としては、30箇所以上でも開催となる。
特に東京圏、近畿圏の二つでは、大きなハコを用意したい。
中部と北九州でも、それなりの大きなハコは必要だ。
あとは月子のオーダーとしては、淡路島と山形、そして京都。
京都は特に問題もないだろう。
主要都市だけではなく、まさにこれは全国ツアーと言える。
そして夏にはまた、フェスへの参加が期待される。
出来ればまたアリーナあたりも、コンサートを開きたいものだ。
武道館に関しては、残念ながら苦しい。
ただどこかで空きが出来たら、そこでやることを準備しておくべきだろう。
夏場のどこかの海外フェスに、どうにか出られないものか。
阿部は己の伝手を駆使して、それを探っている。
ある程度の日本文化が伝わっているとはいえ、英語圏ではないブラジルで、ちゃんとあそこまで集客できたのだ。
最終的には一万人以上が集まっていたとも思える。
もう国内であるならば、メインステージを埋めることが出来るようになったノイズは、さらに上のステージを目指している。
四月になれば千歳は、また大学が始まる。
いよいよ彼女ももうすぐ、問題なく酒が飲める年齢になる。
自分もそろそろ家を出ようか、と考えている千歳。
ただ今は同居している叔母と、ほぼ家事を分担している。
それが一人になった場合、果たしてどうなることやら。
その点では一人暮らしを始めた暁は、特に問題もなかった。
元々父はライブツアーに帯同して、家を留守にすることが多かったのだ。
小さな頃は祖母がやってきてくれたりもしたが、今はむしろそうなると、俊の家に泊まりこみに来たりしていた。
月子のいる部屋に、布団を敷いてもらって泊まっていたのだ。
レコーディングで缶詰の状態に似ている。
そういう時は千歳も、タイミングを見て宿泊していた。
ただ大学まではわずかではあるが、叔母のマンションの方が近い。
暁の場合もわずかだが、実家のマンションの方が近いのである。
しかし集団で生活すると、家事については外部に注文しているため、音楽に集中することが楽になる。
四月になってから千歳は、また周囲が騒がしくなってきたのを感じていた。
帰国後の初ライブである。
ノイズの人気度で、いまだに300人のハコでやるというのは、もう収容しきれなくなってきている。
チケットの料金は少し高くなったものの、それでも比較的低価格。
もっと広いところでやってくれ、とはよく言われる。
確かにイベンターに言って、もっと広いところを用意は出来る。
ただし週末などではなく、平日のライブになるが。
それでも千歳を別にすれば、ある程度は調整が出来る。
ミュージシャンとして本業でやっていけているのだから、都合はつくのだ。
千歳にしてもそうぎりぎりまで、授業を詰めているわけではない。
アルバイトなどもすることなく、音楽で食っていけるようになってしまった。
その点では暁と千歳は、苦労知らずでいるのかもしれない。
もっとも暁はともかく千歳の場合、特に周囲とのコミュニケーションに難があるわけではない。
それに暁は副業のような形で、ギターのリペアとクラフトの店で働いている。
順調ではある。
だがちょっと順調ではない方が、俊としてはほどほどに追い込まれていいのだ。
そこで阿部はまた仕事を取ってくる。
音楽番組への出演であった。
「何を演奏するの?」
「新月だと」
これまでノイズがテレビでやってきたのは、アニメタイアップなどの曲ばかりである。
しかし新月はイメージが違う、特にタイアップなどもしていない曲だ。
今までのノイズのカラーとは、また少し変わった曲。
もっともずっと、変化をし続けてきたのがノイズであるのだが。
ラテンの雰囲気を感じさせながらも、軽く明るいものではない。
どこか怪しいこの楽曲は、ちょっと話題にはなっている。
音源としてはまだ販売はしていない。
だが近いうちにはやろう、と決めてはいる。
今はブラジルでのフェスで、客が撮影した演奏が、Yourtubeに上がっている。
そしてしっかりと回転しているのだ。
もちろん完全に違法であるが、基本的にCMを入れずに流していれば、見逃している傾向にある。
これで知名度が高まって、そこにレコーディングしたバージョンを流すわけである。
とりあえず近くに迫っているフェスで、ブッキングがあればそこに出演してもいい。
しかしそれより早く、テレビのオファーがあったのだ。
テレビで演奏すると、暁のギターが映える。
ただ出演料などを考えると、ギャラはそれほどでもない。
フェスの方が高いのだが、宣伝という意味合いは強い。
今でもテレビという媒体は、見ようと思ったら日本の各地に、映像を届ける媒体としては最強に近い。
またそれを録画して、勝手に流す人間もいるだろう。
そちらはもちろん、普通の手配で止めることは出来る。
ただとにかく、知られている方がいいのだ。
テレビ放送の終了直後に、レコーディングした映像も伴ったものを流す。
もちろんこれは、まだマスターとして販売するものではないが。
レコーディング機能を取り戻したのは、本当にありがたいものである。
もちろんレコーディングスタジオは、金さえ払えばちゃんと使える。
だがいつも使えるというのが、本当に重要なことなのだ。
千歳は大学に入ってから、それがようやく分かってきた。
周りにはプロ志望のミュージシャンというのが、かなりの数いるからだ。
一般的な音大と違い、俊と千歳の大学は、現代音楽をメインにしている。
なので本気でプロを目指している人間は多い。
ただ音大というのは、医大を除けば大学の中でも、授業料などがものすごく高い。
その次に高いのが芸大であったりする。
金がないと入れないし、授業料も高額なはずだ。
実際に講義の中には、本当にレコーディングやプロモーションに必要な、実務的知識を教えてくれている。
ただそんな金持ちのボンボンたちでさえ、アルバイトをしている人間は多い。
勉強し、アルバイトをし、そして練習をする。
この中であまり必要ないのが、アルバイトである。
人生経験的にはともかく、音楽の役に立つかは微妙だ。
俊もアルバイトをしていたが、それは今の音楽というのが、小売の段階ではどうなっているか知るためのものであった。
今は店舗ではなくネットの時代と言うが、それならばライブはどうなのか、という話である。
俊が月子と信吾を居候させたのは、その生活のためのバイト時間を、無駄と考えたからだ。
もちろん逆境によってこそ、人は成長するという話もある。
だが単純な話、演奏というのは練習しなければ、上手くならないのも確かだ。
信吾はヘルプで他のバンドに入るし、栄二はフリーで仕事を取っている。
この二人は間違いなく、ずっと長く音楽業界で生きていくつもりだ。
特にドラムなどというのは、上手いドラマーは本当に少ない。
それに他のバンドなどに入ることによって、新たな発見もあるのだ。
もちろんノイズが最優先なわけであるが。
暁と千歳も、今は技術を磨き勉強をしている。
そう考えれば月子だけは、暇をしているのかもしれない。
ただ彼女の場合は、そもそも本が読めない。
なので映画やアニメを見たり、小説の朗読を聞いたりする。
そして三味線の練習をするのだ。
俊は他のメンバーはともかく、月子は周囲のサポートがなければ、生きていくのが厳しいとは分かっている。
だが下手に馴れ合うことはしたくない俊が、月子にしてやれることは、金を稼がせることだけだ。
居候して生活の根底を保証し、そして収入が貯金できるようにする。
やがていつかは、誰かを選んで結婚でもするのかもしれない。
もうそうなっても、不思議ではない年齢になってきた。
ノイズというグループが、いつまでも続くのか。
それは各人の事情によるだろう。
ただ俊は活動休止はしても、解散するつもりはない。
もしも誰かがソロになったり、あるいは離脱したとしても、新しいメンバーを見つけるつもりだ。
もっともそんなメンバーが、そう簡単に見つかるはずもないが。
一応はノイズにも、爆弾らしいものはある。
信吾の女性関係だ。
もっとも彼は婚約しているわけでも、誰かと結婚しているわけでもない。
単純に三股をかけているだけだ。
誰か一人を選ぶということを、信吾はしていない。
ただ相手がどれだけ、信吾を待つのかは俊の分からないところである。
栄二はノイズが解散しても、ミュージシャンとしてやっていくバックグラウンドは出来ている。
暁なども今、特殊な技術を学んでいるところだ。
千歳にしても将来何をするか、大学の中で学んでいるところだろう。
そしておそらくは、ノイズというグループにいるのが、奇跡的なことだと気付いてくれる。
月子のことは心配だ。
彼女は能力的なことだけを言えば、ソロのシンガーとして成立する。
問題があるとすれば、それは彼女の障害に関してである。
しかしノイズにいる限りは、俊を筆頭に他のメンバーが、彼女をフォローする。
一番フォローが必要であるが、同時に一番の代えがいないのが月子だ。
そもそも三味線で現代音楽を弾けて、さらに歌えるという人間が稀少すぎる。
俊自身はどうなのか。
今はもうとにかく、ノイズの活動に全てを注いでいる。
しかし作曲をしていると、これはノイズでやるものなのか、というものも出来てくる。
そういったものはとりあえず、そのまま寝かせてあるわけだが。
ソルトケーキのために、以前の楽曲を調整した。
同じようなことを、また依頼されるかもしれない。
アイドルの歌というのは、ちょっと他の歌とは違うのだ。
ロックやポップスの中では、もちろんポップスではある。
しかし分類するなら、それ以上に歌謡曲という要素が強い。
またソルトケーキはボーカルを、一人にしてしまっているところが弱い。
ダンス要員二人が、少しはコーラスしてみせても、メインボーカルは一人なのだ。
ギターとキーボードという、メロディーを担当する楽器だけがいるグループ。
バンドと言うにはちょっと、違うものであろう。
彼女たちは同じ事務所にいるが、レーベルは違うところから出す予定だ。
メジャー志向で売り出していく予定なのである。
アイドルというのは賞味期限が短い。
そのアイドルを上手く売り出して、次にどういうキャリアを積ませるのか。
そもそもアイドルというだけで、芸能界を生きていくことは出来ない。
上がりは女優転身か、あるいは結婚といったところになるのか。
そこまではさすがに、俊の考えるところではないだろうが。
全国ツアーに関しては、俊と阿部、それに栄二が予定を組む。
まだ決まってはいないが、フェスへの参加はある程度、ほぼ決まっているところもある。
その中で俊は、今年は郊外型のフェスには出なくてもいいかな、と考えている。
なぜかと言うと単純な理由で、利益があまり出なかったからだ。
もちろん比較問題の話だが。
とりあえず連休中には、まずフェスがある。
そこでステージを一時間は確保している。
同じ連休中に、ツアーを開始していく。
まずは東海道を西に下っていくのだ。
単純に儲けだけを考えるなら、茨城あたりから日本列島を横断し、北九州で完結するルートを辿っていけばいい。
日本の人口の半分は、そこに存在しているのだ。
だが南は鹿児島、北は札幌と、大きな街はそれなりにある。
そこを切り捨てることは、効率はいいのかもしれないが、後々響くかもしれない。
それでも限られた予算の中で、ツアーの計画を練るわけである。
九州はともかく四国は、ちょっと難しい場所だ。
あそこは基本的に、山によって交通ルートが限られているからだ。
昔の日本では、流刑地扱いであったりもする。
もっとも戦国時代になると、三好氏があそこに本拠地を置いて、畿内に勢力を伸ばしたものだが。
交通網を考えれば、なんとか一ヶ所ぐらいはライブを出来ないであろうか。
高知か、あるいは松山あたり。
その判断の基準となるのが、Jリーグの所在地であったりする。
単純な話、人間が集まるのであれば、そこでライブをしてもいい。
今回は月子の主張で、淡路島と山形が入っているが。
京都に関してはそもそもの人口、特に学生が多いが、大阪にもある程度近い。
それを考えれば、客の取り合いになるだろうか。
だがそれは京都から大阪に行く時間を考えれば、やはりどちらでもやる意義はある。
交通費をそのまま、チケット代にしてくれればいい。
会いに行けるアイドルではなく、こちらからツアーで会いに行く。
ノイズは成長する以上に、より拡散していかなければいけないのだ。
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