第293話 反響

 アーティストというのは、作品だけがアートなわけではない。

 そもそもアーティスト自体がアートであるのだ。

 それこそパフォーマンスもまた、アートであろう。

 音楽などは音源を作ることだけが目的ではない。

 ライブで演奏することは、明らかに音源だけを聴くのとは違う。


 ステージでのパフォーマンスは、正確さよりも熱量が重要。

 それこそクラシックにしても、練習で100点を出し続けて、本番では100点を上回る点を出すのだ。

 本番のステージというのは、そういうものであろう。

 そして存在自体が、アートになってしまう人間がいる。

 アイドルではなくとも、俳優やロックスター。

 作品ではなく人間に、価値があると思われてしまう人間だ。


 ノイズのライブはそれなりに大きなハコでも、いっぱいにしてしまうことが出来ていた。

 だが番組の放送の後から、よりそのファン層が広がったと言おうか。

 またグループ名こそ言わなかったものの、地下アイドルであったという経歴自体は、番組でも放送される。

 そして同じ事務所のソルトケーキが、俊の曲を使っているのだ。


 メイプルカラーのファンなど、コアなところは50人もいなかっただろう。

 それでもその活動の晩期、紫のミキの歌が、中心になったのに気づいた人間はいる。

 そして気づいてしまったら、拡散もしてしまうものなのだ。

 今の時代は高度情報化時代。

 それにメイプルカラーは、音源もしっかりと売っていたのだ。


 メイプルカラー時代の音源など、それほど残っているわけもない。

 だがミキであった時代のルナの歌声は、そうと指摘されればそれなりに分かる。

 売れない地下アイドルから、中堅程度のボカロPと組んで、スターダムに成り上がる。

 このルートは一つのストーリーとして、さらにアーティストを神格化するものとなった。


 月子のチェキというのも、一応はまだ世間に残っていた。

 もっともアイドル時代と今では、メイクも変わっているので、そうはっきりと分かるものでもないだろうが。

 メイプルカラーの時代が、やっとノイズのルナへとつながった。

 しかしそれ以前の京都、またさらに前の山形には、さほどの注目がされていない。

 月子が成功するきっかけとなったのは、俊と組んでからだ。

 それ以前の地下アイドルとの、人気の落差には面白いものがあるが。


 以前から別に、完全に顔出しNGであったわけではない。

 面倒くさがりのところがある月子は、家事こそ祖母に仕込まれているが、化粧などはさほどもしない。

 すっぴんで出ているならば、多少は美人と思われはしても、ステージや撮影の顔とは変わってくる。

 なので相変わらず、キャーキャーと騒がれることはないのだ。


 弱点というのはものによっては、公開してしまえばむしろ長所になる。

 そもそも月子のこれはハンデであっても、弱点ではない。

 トップクラスのミュージシャンが、こういう逆境から生まれているということ。

 むしろこれは知名度を高めるチャンスではある。

 身近な人間や、あるいはステージを共にした永劫回帰にMNRのメンバーには、月子のことは話してある。

 もっとも月子の場合は、京都に来る以前のことが、本人のトラウマであるのだが。




 ノイズという物語は、月子が主役になるのだろう。

 俊は名馬ではなく、名伯楽といった感じか。

 他のメンバーは月子を引き立てるという要素が強い。

 ただ一人だけ、暁はちょっとまた別の存在であろうが。


 俊と月子で作ったノイジーガール。

 だがマスターが完成したのは、暁のギターが入ってからである。

 そしてライブにおいては、二人だけだと暴走していた。

 今ならばもう、ある程度のコントロールは出来ているのかもしれないが。


 月子だけではなく他のメンバーも、それぞれに個性がある。

 栄二などは唯一の常識人枠かもしれない。

 信吾の女癖の悪さも、実際には好き放題に手を出しているわけではない。

 以前はある程度そうだったが、今では完全に三人に絞っている。

 その選出条件は、他の女と別れて、と言わなかった人間だ。


 才能だけなら暁も、コミュ障の代償として持っている。

 暁の場合は天性と、ギターにひたすら没頭することで、力を手に入れてきた。

 千歳の場合は己の悲劇が、表現力を高くしている。

 暁は孤独であることで、その音の中に怒りや激しさ、悲しみまでも表現するのだ。

 ただ彼女も、ノイズというバンドの中では別である。

 馴れ合いはないが、家族に近い存在なのだ。


 この先世界に出て行く時、何が武器になるのか。

 それはもうずっと前からはっきりしている。

 もちろん色々と種類はあるが、一番は民族性。

 月子の持つ民謡の要素が、欧米においては新しく思われるだろう。

 三味線を弾きながらでも、歌うことは出来る。

 ただボーカルに集中するなら、三味線の部分を打ち込みにしてしまってもいい。


 しかし、単純にボーカルなわけではなく、彼女もアーティストなのだ。

 目の前であえて演奏することが、パフォーマンスにはなる。

 そして海外でライブをする機会があったなら、着物を衣装にした方がいいだろう。

 演歌歌手なわけではないが、日本人の和装というのに、あちらの文化は弱いらしい。

 実際に月子は、自分一人で着付けが出来るのであるから。

 なんなら暁はともかく、千歳も和装でいいかもしれない。

 カジュアルに作務衣でも着てみて反応を試したらどうだろう。


 冗談はさておき、ここからは月子の力が、さらに強くなってくる。

 歌唱力自体は、千歳はまだ音階が狭い。

 彼女の場合はそれでも、メッセージ性を乗せる上ではいい声をしている。

 シャウトをするには、明らかに月子よりも向いているのは確かだ。




 ここでふと俊は考えたものである。

 せっかく世界に出て行くのだから、もっと日本の要素を増やせないか。

 ただ勘違いしてはいけないのは、日本のポップスはそもそも、コード進行やメロディーの性質が、欧米よりも違うところにある。

 しかしこれまでに世界進出してきたミュージシャンたちの手によって、その要素はかなり浸透している。

 ノイズの前には、まだ開拓された道が広がっている。

 その中でどう戦っていくか、それが問題なのである。


 商業主義が悪いはずはない。

 経済が回ってこそ、人間の生活は豊かになるのだから。

 売れ線をとにかく嫌うというのは、それこそ昔からあることだ。

 ただ芸術的というか、難解であるプログレなどが、ものすごく売れた時代がある。

 あれは受け取る側にも、その素養が生まれていたからであろう。


 ノイズの音楽は、高い技巧でなされることもあるが、下手に難解なわけではない。

 一番技巧に走るというか、単調さから離れているのは、暁のギターであろうが。

 速く弾くメタルだけではなく、音から外れかけるプログレなど、様々にコピーしてきた。

 お手本が音源として、子供の頃から身近にあったのだ。

 そんな暁のギターがあるから、ノイズはなんだかんだ言いながら、ジャンルがポップスとロックが混じっているのだ。


 ノイジーガールの英訳版には、まさにそのギターが乗ったと言えるだろうか。

 暁はそのギターの元が、古い洋楽にある。

 また子供の頃から純粋に、いかに速く正確に弾けるか、それを試したこともある。

 ノイジーガールの英語版は、そんな彼女のギターにマッチした。

 元々ノイジーガールは、三分ほどの時間を、暁のギターで五分ぐらいまで伸ばした曲である。

 ここでまたさらに、ギターによる変化が入ってくるのだ。


 ノイジーガールの英語版は、ゆっくりとレコーディングした。

 俊の自宅にレコーディングの設備を、再度設置したものである。

 機材の扱いについては、もちろん俊しか分からない。

 ただ大学で勉強していけば、千歳も分かるようになるかもしれない。

 もっともこういった技術は、自分でどうにか身につけるものだ。

 教えられて身につくものは、それほど多くないのである。


 稼いだ金を自分で使って、最新の機材を手に入れる。

 さすがにそれは無理であるが、俊の必要なものは手に入った。

 そこでレコーディングをするわけだが、英語の発音に何度も待ったが入ったものだ。

 そして作った音源で、アニメーションの完成を待っていた。

 12月に入る前には、なんとか出来上がった。


 アニメスタジオの仕事というのが、どういうスケジュールで動いているのか。

 俊としては今回、特に学んだものである。

 レベルの高いアニメーションを作るには、スタッフも厳選する必要がある。

 だが短いアニメーションに人数と金をかけていいなら、充分なMVも作れるものなのだ。

 まして今回は俊が作った実写と、考えていたコンテがあった。

 これで欧米にも、意味の理解出来るノイジーガールが届くということだ。




 ノイズはいまだにインディーズのレーベルである。

 だからこそしっかり、儲けが出ているとも言える。

 ブラジルのフェスはともかく、夏の欧米のフェスについては、どうしてもビジネスが優先される。

 ただしそれまでに、あちらで一気に有名になってしまえば、話は別となる。

 またフェスに関してのみ、メジャー契約を結ぶというなら、そこでスポンサーを取ってこられる。

 阿部としてはもうノイズは、メジャーレーベルでしっかり売っていくべきだと思うのだ。


 海外のレコード会社であると、色々と条件は変わったりする。

 海外展開の時のみ、レコード会社を変えるという選択。

 そもそも日本のインディースでは、海外にまで宣伝をするという、そういう選択自体が出来ない。

 このままでもノイズの知名度は、上がっていくであろう。

 時間をかけて、じっくりと目指していくという手はある。

 メンバーにしてもまだ若い。

 そんなに急ぐ必要があるのか、ということは言えるのだ。


 俊は急いでいるという意識はない。

 ただやれることがあるなら、ずっとやっていきたい、という気持ちがある。

 自分の中から才能のようなものが、いつか消えてしまうか。

 あるいは音楽のムーブメントが、ノイズの流れと違うものになってしまうかもしれない。

 だからこそ多くのジャンルから、上手く要素を抽出していく。


 成長ではないが、変化はしていく。

 その場にあった音楽に、果たしてどれだけの上積みを乗せていけるのか。

 ここのところ雑誌の取材なども、かなり増えてきている。

 インディーズを専門とする雑誌ではなく、メジャーの雑誌からだ。

 元々メジャー雑誌からも、取材などは少なくなかったのだが。


 写真までしっかりと撮影して、そしてインタビューを受ける。

 月子の話が多いが、それ以外にも話はある。

 俊や暁の父親についても、今の若者には興味がないだろうが、かつて若者であった人間には、興味を引かれるものだろう。

 かつてムーブメントを作ったのは間違いない。

 それなのに今の音楽には、音楽性という点ではあまり、影響が残っていないのだ。


 音楽だけではなく、ミュージシャン自体への興味が増している。

 ノイズというバンド自体が、商品となってきているのだ。

 そうすると音楽だけではなく、販促物も売れていく。

 バンドTシャツなどというのは、以前からあったものだ。

 それがしっかりと売れていって、どんどんと収入は増していく。




 私生活の切り売りというか、人間性の切り売りだ。

 千歳の両親の事故についても、当時は別に隠されたものではなかった。

 だが今はまた、それが話題になってしまっている。

 誰にも触れられたくないナイーブなところへ、安易に踏み込む人間が多い。

 ただしそれによって呼び起こされる怒りは、悪いものではない。

 感情の爆発というのは、音楽にしっかりと乗っていくものなのだ。


 千歳が珍しくも、触れるのが難しい状態になっている。

 本来なら彼女は、他人との間にあまり、垣根を作らない人間なのだ。

 大学においては完全に、しっかりと割り切った関係を作ってはいるらしい。

 新しい友人も出来て、そこはいいことだと思うのだ。


 興味を引いてなんぼ、の世界ではある。

 俊などは最終的な目的のためには、他の全てを武器にしてしまうところがある。

 ただ他のメンバーについては、しっかりと守ることを第一にしてきた。

 しかしもう若い暁や千歳も、成人年齢にはなっているのだ。

 もちろん相談などには乗る。

 だが甘やかすのも違うだろう。


 ミュージシャンなどというのも、かつては早死にが多かった。

 自殺した人間もいれば、酒やドラッグで体を壊した人間もいる。

 破天荒なことが、ロックスターの条件であったのはいつまでか。

 ただ日本の場合はロックスターでも、そこまで逸脱した人間はいないと思う。


 日本人の道徳規範は、昔に比べれば落ちているなどと言われるが、それでも世界的に見れば真っ当なものだ。

 ただ個性というのは、やはりそれなりにある。

 俊は日本とアメリカでは、売り方が違うだろうなとは分かっている。

 実際に90年代、アメリカに挑戦して失敗した例は、それなりに知っているのだ。


 対して今は、自由度が高くなっている。

 ネット社会というのもあるし、またアニメとのタイアップが本当に強烈だった。

 そもそも日本人の使うコード進行やメロディは、海外よりも多様な部分があったりする。

 気づかないうちにコードなどは、特定のものに偏っている。

 それを使うようになって、新たなジャンルが生まれたりもするのだが。


 冬のフェスが迫ってきている。

 紅白の打診があったが、ノイズとしてはもう興味がない。

 レコード大賞などは、インディーズレーベルから出しているので、やはり関係がない。

 年越しフェスのメインステージに、集中することが出来ている。




 来年のことがもう、スケジュールに入ってきているのだ。

 CMやドラマといった、アニメ以外へのタイアップ企画も、少し出てきていたりはする。

 悪くはない話である。

 しかし海外展開を考えるなら、アニメに乗っかるのが一番だ。


 阿部が積極的に営業をかけていくのは、そういったアニメ制作のプロデューサーだ。

 もっともこれはレコード会社から、スポンサーになってもらう必要もある。

 今はもうテレビの深夜時間帯に、枠を作ってもらう必要もない。

 ネット配信のみになっても、採算が取れたりはするのだ。


 俊としてはノイズの音楽は、基本的にゆるい作品には、合わないものだと考えている。

 ただ哀愁に溢れたような曲なら、どうにか作れなくはない。

 OPばかり担当しているが、ED曲も作れるのだ。

 バラードやR&Bというのも、ノイズの多彩さの中の一つである。


 海外の大規模フェスに、国内の30箇所以上のツアー。

 月子が望んでいた、淡路島のライブなども、その中には含まれていたりする。

 スケジュールがいっぱいなのはいいことだ。

 もっとも千歳の学業の縛りがあるので、自由に行動できるわけではない。

 またタイアップばかりではなく、たまには好き放題に曲も作りたい。

 なので俊は、またも気絶するまで作業に没頭してしまう。


 年末までの日程は、あっという間になくなっていく。

 俊を寝床に転がして、月子と信吾は呆れた顔をしたりするのであった。

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